杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

福祉と環境の下支え

2009-04-14 10:58:08 | NPO

 昨日(13日)は、難しい社会問題に果敢に挑むエネルギッシュな経営者2人を取材し、大いに刺激を受けました。

 

 午前中に浜松でお会いしたNPO法人くらしえん・しごとえん代表理事の鈴木修さんは、障害を持つ人の生活と就労支援をサポートしています。似たような肩書きの福祉団体はたくさんありますが、鈴木さんは数々の現場経験を通し、障害者を支援する人のスキルアップの重要性に着目し、行政がなかなかできない障害者支援者・指導者・ジョブコーチ等の研修事業を行っています。

 

 国や自治体や企業側も、障害者を何人雇えばいいとか、数字ばかりを重視しますが、雇用した・就業した時点がゴールではなく、本当の意味でのスタートなわけで、障害者が働き続けるための支援もすごく大切なんですね。鈴木さんは「まさにジョブコーチのような支援者によって、その人の一生が決まるといってもいい」と言い、「それだけシビアな専門職にもかかわらず、ジョブコーチに対する理解や認識が足りない。ボランティアやパートタイマー的な扱いをされ、ジョブコーチという仕事で自立できないのが現実です」と指摘します。

 ジョブコーチと聞いて、私も、単純に職場における職能向上支援みたいに思っていましたが、障害者を支援する場合は生活支援全般にかかわってきます。障害者といっても、障害者手帳を持っている人いない人さまざま。鈴木さんは「一人一人が抱えている問題に向き合う」ことが基本だと言います。

 

 

 Imgp0799 鈴木さんご自身は、生まれながらに障害を持つお子さんの子育てに長年向き合い、また高校教師として生徒の生活指導や就職支援の現場を担い、市民有志の出資によって開校した全寮制校・黄柳野高校(愛知県)の設立にも尽力。日本障害者スポーツ協会公認スポーツ指導員の資格を持ち、盲人マラソンランナーの伴走者としても活躍しています。

 

 身近に障害を持つ人がいるとき、周囲の人間に対して鈴木さんが強調するのは、「障害者を特別扱いしすぎない」ということ。盲人ランナーの伴走をしていると、どうしても上下関係が出来てしまうので、いいパートナーになることを常に心がけているそうです。

 

 「障害者も同じ人間。性格が合う合わないもある。何でもかんでも障害者だから優しくしてやらなきゃとか面倒見てやらなきゃ、ではなく、同じ人間同士だからという発想が大事」と鈴木さん。「ふつうの若者だって、工場で同じ単純作業を長々強いられていたら嫌になるでしょう。障害があるというだけで単純作業しかできない、させられないという見方はあまりにも短絡的。彼らだって可能な限りスキルアップしたいと思っている。彼らを特別扱いせず、当たり前の生活者目線で見守ること、それがジョブコーチの第一歩」と真摯に語ります。

 

 NPO法人くらしえん・しごとえんは、全国で4か所ある厚生労働省認定のジョブコーチ育成支援団体の一つ。毎年行う研修会には全国各地から受講者が集まります。「いい支援者に出会うことで、その人の将来が決まる」という鈴木さんの台詞は、障害者支援に限らず、どんな人のどんな状況にも当てはまること。お話を聞いていれば、鈴木さんは、当たり前のことをしているんだ…とわかるのですが、こういう団体がまだまだ少ないというのは、当たり前のことをしたくてもできない人が圧倒的にいるという現実の裏返しなんですね。

 

 

 

 夜は、(社)静岡県ニュービジネス協議会中部サロンで、08年度静岡県ニュービジネス大賞を受賞した静岡油化工業㈱の長島磯五郎社長のお話をうかがいました。

 

Imgp0804   長島さんは50歳を過ぎてから、倒産した会社を亡兄から引き継ぎ、つねに「どんな仕事でもいい、自分で一から事業を立ち上げ、自分の腕を試すチャンスだ」とポジティブに考え、事業を立て直したものの、会社が落ち着くと「この仕事ではしょせん業界一位にはなれない」「社会に貢献できるわけでもない…」とモチベーションが落ちてしまったそうです。猪突猛進型の経営者ならそうでしょう。私もただのローカルライターですが、安定を求めつつも、安定しっぱなしの状態は居心地が悪いという気持ち、なんとなく解ります。

 

 

 そんなとき、豆腐のおからの処理に困っているという業者に出会い、「自分が子どもの頃は、おからといったら大事なたんぱく源だったのに、今は産業廃棄物として全国どこでも厄介者扱いされているという、その現実に驚いた」そうです。

 おからが処理できないと、静岡の町の豆腐屋は廃業の危機だと言われ、「これは社会に求められる大事な仕事だ」と腹をくくり、乾燥処理して飼料・肥料に。これを事業化したのは全国初めてでした。

 

 

 

 が、いざ農家に買ってもらおうとしたら、海外から入ってくる安価な飼料肥料に太刀打ちできず、大量の在庫を抱えることになり、「清水の合板会社が燃料に使ってくれるというので、トラックで運んだが、苦労して乾燥肥料にしたおからを燃料にされるのを見るのは心底辛かった…」と長島さんは振り返ります。

 「長島さんの会社で乾燥おからが事業として成功しなければ、我々も共倒れだ」という危機感を持った県豆腐油揚商工組合が、喧々諤々話しあい、静岡油化工業は、組合指定おから処理工場になりました。

 ところが、せっかく体制が整っても、産廃処理業者としての認可が「前例がないから」という理由でなかなか下りない。業を煮やした長島さんは、石川知事に直接嘆願書を送り、この事業の必要性を理解した知事が即決。なんとかおからの回収とリサイクルの事業が軌道に乗りました。

 

 

 

 次いで、長島さんのところには「油揚げを作った後の天ぷら油をなんとかしてほしい」という相談が。子どもの頃、学校へひまわりの種を持っていき、油を搾りとって、それが戦闘機の燃料に使われたという記憶を持つ長島さんは、試しに自前の漁船に廃食油を入れてエンジンをふかしたところ、ちゃんと動いた。

 「調子に乗って外海まで行ったら、ちょうど台風直前の凪の状態で、鯖や宗太鰹が面白いように獲れた。気を良くして戻ろうとしたら途中でエンジンがストップし、大慌て。見る見るうちに空は暗くなり、風雨が激しくなり、船の中にかろうじて残っていた軽油を使ってエンジンをふかしなおして、危機一髪で戻ってきた。漁港では私の船が行方不明だと大騒ぎになっていて、大目玉をくらったが、天ぷら油のせいでエンジンが止まったとは言えなくて(笑)」と長島さん。

 ただしその経験から、エンジンが止まったのは廃食油にゴミが混じっていたせいだとわかり、徹底した精製によって廃食油のバイオディーゼル燃料(BDF)化に成功しました。

 

 現在、静岡油化工業のBDFは、自社車輛30台をはじめ、県内21市町の公用車やゴミ収集車等に採用され、しずてつジャストラインの定期運行バス15台にも使われています。

 「廃食油は全国で年間45万トン排出され、うち業務用の20万トンは回収され、飼料や燃料にリサイクルされていますが、残り25万トン(家庭用)は未回収のまま無駄に捨てられている。資源のない国がこれでいいのかと思う。静岡市内では月70トンの未回収廃食油があり、これをBDFにすればゴミ収集車が200台動かせます」と長島さんは力説します。

 

 さらに、おからをバイオマス醗酵させ、蒸留して得られるアルコール燃料(=バイオエタノール)をガソリンに3%加えたバイオエタノール混合ガソリンの製造プラントが今年1月に完成。おからを中心としたゼロエミッション(廃棄物ゼロ)システムを構築中とのこと。

 ただしこちらも制度が現実に追いついておらず、長島さんがバイオ混合ガソリンを精製しようとしても、購入するガソリンには税金がしっかり乗っかっており、精製後のガソリンにも二重に税金が課せられる。普及価格になかなかなれないのです。

 

 

 

 さらにさらに、バイオエタノールの原料を増やそうと、昨年から今年にかけ、磐田市の遊休農地でサツマイモを無農薬栽培し、杉井酒造でいも焼酎「磯五郎」を仕込んでもらいました。発売は6月6日とのこと。長島さん、いかにも酒銘に合いそうなお名前でよかったですね(笑)! 酒蔵が、間接的にせよ、こういう形で循環型社会の構築に貢献できるというのは素晴らしいことです。

 

 

 障害者の生活支援も、廃棄物処理も、社会に必要不可欠であるにもかかわらず、かつては社会の片隅に追いやられていた仕事でした。中でも、鈴木さんや長島さんのような仕事は、なかなか表には見えてこない下支えの立場です。

 福祉や環境が脚光を集め、期待される社会というのは、幸せなのか、行き詰まりなのか、鈴木さんが言うようにいろんなことが「当たり前」になるまで一体どれだけ時間がかかるのか、私自身がしっかり実感し、判断できる取材を続けていかなければ…と思いました。