17日(金)は大阪・河内長野の観心寺へ行ってきました。お目当ては、年に2日間、4月17・ 18日にご開帳されるご本尊・如意輪観音像です。
限られた日しかお目にかかれない、いわゆる秘仏といわれる仏像。本来、ほとけの教えを世に広めるために造られたのに、わざわざ人の目から遮断するというのは腑に落ちない話ですが、仏像写真家で知られる小川光三氏は「日本には昔から高貴なものを視角から遮蔽する風習があり、まったく目に見えないものを祭典の主体とする神祀りに親しんできた日本人は、特別な時だけ仏の姿が現れるという神秘性を重視したのではないか」と解説します。
そりゃ、いつでも好きな時に拝観できるほうがいいとは思いますが、自分がほとけさまにお会いしたいと思ったときに、タイミングよくお会いできれば、それはそれで素敵な仏縁。秘仏の最大のメリットは、なにしろ保存状態が素晴らしいことに尽きるでしょう。
3年前、広島県甲山町の龍華寺・十一面観音像(8月20日午後のみ開帳)にお会いしたときは、そのスマートで洗練されたお姿に感動し、東大寺法華堂の執金剛神像(12月16日のみ開帳)にお会いした時は、1300年前に造られたとは思えない鮮やかな色彩に驚きました。
そして今回お会いした如意輪観音像(国宝)。
弘法大師の孫弟子にあたる真紹が承和年間(834~848)に造ったとされ、室町時代に再建された金堂(国宝)の内陣中央におわすご本尊です。龍華寺の十一面観音も法華堂の執金剛神も本尊ではないので、もちろんセンターポジションではなくて、開帳時も“扉を開けただけ”という感じでしたが、今回はまさに主役。本来は参拝者が踏み入れることができない内陣の中にまで入って拝謁することができました。
脇侍に不動明王と愛染明王(ともに秘仏)と、それをお守りする四天王像。内陣の柱と柱の間には板製の両界曼荼羅。仏像ファンにはとって最高の“舞台装置”がそろっています。
蝋燭の光と、小さなライティングに照らされた観音さまは、ため息がつくほど麗しく、じんわり涙がにじんできました。
内陣の中は信者や仏像ファンでぎゅう詰め状態でしたが、窮屈さはまったく気にならず、観音さまのお姿から目が離れません。世の中にこんなに美しい造形物があって、しかも1200年前の人の手によるという事実。…日本人に生まれてよかったなぁとしみじみ思いました。
(実物はもちろん撮影不可ですから、この写真は小川光三氏の作品を複写したものです。実物の写真も、もっと素敵なので、機会があったらぜひ小川氏の写真集をご覧ください)。
国立博物館のような立派な鑑賞施設で、仏像をより多角的に美しく見せてくれる機会は確かに得難いものでした。先日の興福寺阿修羅像も、昨年の薬師寺日光月光菩薩像も、ふだん観られない後ろ姿や横顔が間近に見られて素晴らしかった。…それでもやはり、今回の感動は比較にならないものでした。
お側に寄れなくても、正面しか見られなくても、1200年間、日本人が護ってきたものです。戦前は60年に1回しかご開帳されなかったそうですから、一生のうちに1度お会いできるかどうかわからないほとけさまを、こうして年に1度拝謁できるようになっただけでも有難いこと。
博物館で360度可視化できることと、あえて視覚を遮蔽すること…今の日本人にどちらがいいのかわからなくなってきます。
河内長野駅に戻ると、お昼時。行きに乗ってきた南海電車でふたたび難波まで戻れば、食いだおれの街ですからランチ処も選び放題です。
しかし、如意輪観音像の感動からしばらくは醒めたくないし、ミナミの街の喧騒が気持ち的に重いかなぁと思っているうちに、フラフラっと隣のホームの近鉄電車に乗ってしまい、車内で沿線図を見ているうちに、室生寺に行こうと思い立ちました。愛読誌である『あかい奈良』06年秋号に室生寺門前の橋本屋旅館の山菜料理のことが紹介されていたのを思い出したのです。
橋本屋は高浜虚子、会津八一、水原秋桜子、井上靖、土門拳、五木寛之ら文化人に愛された老舗旅館で、昼の山菜料理(2100円~)は予約なしでもいただけます。白身魚のようなふんわりとしたとろろ汁やこんにゃくの刺身など、手の込んだ山菜メニューは、『あかい奈良』に書いてあったとおり、まさにスローフードそのもの。何よりの極上ランチでした。
室生寺は花散らしのサクラとまだミルい新緑、そして咲き始めのシャクナゲが、金堂や五重塔の周りを彩っていました。
内陣の中まで入れた観心寺とは違い、室生寺では釈迦如来や十一面観音は外からしか見られません。本来、仏像はこのように御堂の外から遠巻きに拝むのが普通なので、これはこれで正しく、常時拝観できるだけでも有難いこと。…ちょっぴり物足りなさを感じつつも、遠目からもわかる十一面観音の澄んだ面ざしに心打たれました。
ほとけさまとは、観る者の立ち位置で、実際は遠くても心に迫るものを感じ、間近で見ても感じないことがある…心にかける遠近両用眼鏡が必要なんですね。