杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

地酒本のロングセラーとは

2009-04-26 14:41:07 | しずおか地酒研究会

 25日(土)からGWに突入という人もいらっしゃるみたいですが、あいにくのお天気でしたね。25日は井川の山間地への取材予定が雨天のためキャンセル。テレビで阪神戦(快勝!)を見ながら本棚の整理をし、静岡県産品愛用活動推進協議会から頼まれていた地酒コラムの原稿書きの資料をかき集めて再読しました。

 

 コラムは3回の連載予定で、1回目は「なんで静岡が吟醸王国?」、2回目は「杜氏の技能王国」。県の予算で運営しているホームページなので、特定の銘柄の宣伝はNG(サミット酒に選ばれたのが「磯自慢」は?、「静岡の酒」と書け)とか、過去に静岡じゃ地酒が売れなかったとか名産地じゃなかった云々の自虐的な表現はNG等など、いろいろ口うるさいことを言われ、一度はキレそうになりました(苦笑)が、自分のちっぽけな沽券にこだわって、せっかくの静岡酒PRの機会をチャラにするのも大人げないと思って指示に従い、現在、3回目を執筆中です。

 最終回は自分の仕事を振り返る意味で「メディアがどう伝えたか」がテーマ。メディアや地域おこし人などが仕掛けてブームになったモノとの違い、地場産品の価値の伝え方などを考察してみたいと考えています。

 

 

 さて、久しぶりの本棚点検で、駆け出しライターの頃よく読んだ本を懐かしく紐解きました。その中から、昔の静岡酒の評価について書かれたものを紹介しましょう。

 

『日本の銘酒地図』 山本祥一郎著 昭和46年刊

 酒評論家の著者がスポーツ紙や旅行雑誌で執筆したコラムの集大成。銘柄紹介というよりも、全国各産地の特徴をざっくりまとめたもの。昭和40年代の静岡県産酒をどう紹介しているかというと…

 

県の醸造試験場の話によれば、県内清酒52銘柄、灘もの10銘柄、伏見8銘柄、東北などその他のもの12銘柄の計82銘柄の県下に行き渡っている酒を集めて分析したら、県産酒の平均は-6,8で、他の地方のものは-5.78だった(酒の甘辛はプラスマイナスで示され、プラスの多いものほど辛く、マイナスの多いものが甘い)。県外から入ってくる酒も、甘い甘いといわれながら、やはり地元のもののほうが甘かった。

 

◆醸造試験場の検査結果ではないが、静岡県の酒は確かにマイルドな甘口が圧倒的に多いようである。一時は雑味やクセのある味を狙ったこともあったらしいが、きれいな型に変えたということである。県酒造組合の宣伝文句も“ソフトで飲みやすい静岡県産酒”と唄っている。

 

◆ご当地は富士山のお膝元にあるが、その富士や周辺の山々の水はあまりにもきれい過ぎて醗酵には弱いといわれる。そこで智恵を絞った挙句、この水を電気分解し、アルカリ性イオン水を造り上げた。“これこそ灘の宮水にも匹敵する成分がある!”というので新聞もいっせいに書きたてたものである。曰く、“宮水の合成に成功、静岡でも灘酒ができる”というものだが、水そのものは確かに醸造に適する諸成分を含有しても、醸造過程において当初含有していた諸成分が妙な風に分解されてしまい、どうも予期した通りにはならない―これ10年も昔の話である。

 

◆富士山といえば県酒造組合も県産酒の愛用促進キャッチフレーズに“山は富士、酒は静岡県産酒”というふうに、当初は看板の富士を前へ大きく出していたようだが、そのうちに灘の「白雪」のほうが全国テレビネットなどで“山は富士、酒は白雪”とやりはじめた。白雪は静岡県下の酒屋が束になってもその販売量にははるか及ばない。そのうちに“白雪のほうが富士山の本家になった感じですなぁ”と酒造組合の当事者まで苦笑する始末である。

 

◆当県は熱海や伊豆など大掛かりな観光地をかかえ、酒の消費面ではゆうに6大都市に次ぐほどの活気を見せ、県民の経済性も豊か。地元の酒も売り方次第では伸びる可能性がなくはないが、“県民性のためですか、県産酒よりも他県のテレビ銘柄などにとびつく傾向が強くってねえ”と組合専務。“他県のものにとびつくならそれでもいい。そんなに県外のものがいいなら、そういう県民の舌の好みに合わせたものを作ったらいいじゃないかということになって”造り始めたのがソフトで飲みやすい酒だという。

 

◆余談ながら今年の3月から4月にかけて伊豆長岡にある伊豆富士見ランドというレジャーセンターで全国銘酒展というのが催され、東京農大の住江・山田両先生、佐々木久子女史、柳家金語楼、水の江ターキーさんなどと一緒に監修者で引っ張り出された。全国各地の代表的な大手(灘や伏見からは9銘柄ずつ)64銘柄がそろった中に、地元静岡の小さな酒蔵が4軒出品していた。“地元だから出品したんでしょうが、それにしてもこんな小さな蔵元がよく並べたものですね”と山田先生も感心していた。何しろ他に並んだ全国の酒屋とは遥かにスケールの違う小メーカーなのである。味のほうはまずは精一杯に主産地の大手に似すべく努力したあとだけはうかがわれた。

 

 

 文中にあった〈県の醸造試験場〉とは、静岡県工業試験場の誤りでしょう。〈組合専務〉というのは栗田覚一郎さんのことだと思います。栗田さん、思いっきり自虐的なコメントしてますよね(苦笑)。巻末に〈全国主要酒造家・問屋一覧〉というリストが載っていて、静岡県では51の醸造元の連絡先が記してありましたが、なぜか〈開運〉〈磯自慢〉という今現在、静岡県を代表するトップ2の名前が載っていないんですよねぇ??

 

 ちなみに、静岡県を紹介するページは5ページで、代表銘柄として〈富士正〉1社だけ載っています。兵庫県のページは16ページで銘柄は19社。各県の紹介ページは平均5~7ページぐらいなので、兵庫だけ突出してます。日本の銘酒地図ではなくて、日本の銘酒勢力地図というタイトルのほうが正確じゃないでしょうか(苦笑)。

 

 時代は進み、平成15年に松崎晴雄さんが、同じように全国各地域の酒の特徴をまとめたガイドブックを出版されました。

 

 『日本酒のテキスト2 産地の特徴と造り手たち』 松崎晴雄著 平成15年刊

 

 1都道府県あたりの紹介ページ数は2~3ページ。静岡県の紹介ページは兵庫県と同じ3ページ。昭和40年代に評論家に上から目線で見下されていた静岡酒が、その後、いかに自助努力して吟醸王国に生まれ変わったかをコンパクトにまとめてくれています。しずおか地酒研究会のことを紹介してくださっているので、会でも再三PRさせていただきました!

 

 私は昭和40年代の地酒の味を知らないので、山本氏の本は歴史書を読むような感覚。ただ歴史書にしては偏重的かなぁ…。栗田さんの自虐的コメント、すごくリアルで面白いんですけどね。

 

 私が静岡酒を呑み始めて20年ちょっと。この間も、静岡の酒質は変化し続けています。さすがに、みりんや梅酒など一部の変化球を除いて、日本酒度がマイナスの高数値になるような酒はありませんが、甘口→辛口→やや辛と変化したり、酸度も低酸一辺倒(=淡麗)だったのがちょこっと濃醇にブレたりしている。静岡吟醸のハイレベルな造りによって、県産酒質がガーッと向上し、吟醸造りがスタンダードになって、次は各蔵ごとの差別化・個性化です。6年前に松崎さんが書かれた内容も、今はある意味、時代遅れになりつつあります。

 

 ライターである以上、私も、自分が書いたものが末長く読まれてほしいと願っていますが、現在進行形の世界を書くことの難しさを、過去の地酒本を紐解いて改めて実感します。酒のロングセラーはあっても、酒の本のロングセラーって難しいですよ、ホント。