締め切りが迫った東京新聞情報誌〈暮らすめいと〉の小田原特集。連休前に2回現地取材をしたものの、いずれも車移動だったので、実際に旅人になって電車や徒歩で移動してみないと記事にならないなぁと思い、晴天を待って昨日、3度目の現地取材に出かけました。
今回は、小田原市産業政策課が作成した〈街かど博物館ガイドマップ〉を参考に、老舗の漬物、豆腐、菓子、木工などの名店を訪ね歩いてみました。
まず駅前の錦通りにある〈塩から伝統館〉。安土桃山時代に創業という『小田原みのや吉兵衛』で、名物・糀入りいかの塩辛を試食しました。いかのワタと切り身を合わせた塩辛は珍しくありませんが、糀と合わせた塩辛は小田原ならでは。江戸時代、箱根越えをする旅人向けに、塩辛さを糀の甘さでまろやかにして食べやすくしたのが発端だそうです。糀入りのほうは純米酒系に、糀なしのほうは本醸造酒系に合うなぁ…と、すぐに妄想してしまいました。
次いで寛文元年(1661)創業の『和紙茶鋪・江嶋』。お茶と和紙の小売店です。静岡にもお茶の販売店はたくさんありますが、お茶以外に売っているものといったら茶器ぐらい? 新茶を贈る時に、そばにセンスのいい便箋やハガキが置いてあったら、季節の絵柄のひと筆箋でひと言書き添える…なんてこともできますよね。街中のお茶の専門店に買いに来るお客さんが、どういう消費マインドを持っているかを考える…商人として当たり前のことかもしれませんが。
江嶋から歩いて2分のところにある『石川漆器』は、室町時代から続く小田原漆器の製造販売店。ご先祖は大久保藩の槍塗り師だった名工だそうです。漆って、塗る回数が少なければもともとの木目が生かされ、多く塗りこめばツヤや強度が増します。使い古したら塗り直して使えるとってもエコな食器なんですね。
小田原漆器は少し木目を見せるぐらいの浅~中塗りが特徴。ただ、木目が見える漆器はいかにも日本的なので、現代のテーブルウエア用には、朱や黒でしっかり塗り込んだほうが人気があるそうです。
この店は前回リサーチに来た時に偶然見つけ、かわいい箸置きや和フォークが気に入りました。今回は自分用に何か買って帰ろうと思い、ちょうどトースト皿にぴったりの大きさの多目的皿2500円をゲットしました。日常使いの皿に2500円かけるのは、ちょっと贅沢かもしれませんが、割れたり欠けたりする心配がないし、長く愛用できます。
…そういえば、昔、湯布院をひとり旅したとき、ランチした和定食屋で、ご飯が漆器のお椀で、味噌汁が陶器のご飯茶碗で出てきたことがありました。漆の器をどんなふうに使うかで、食卓にちょっとした変化やアクセントが付けられそうです。
昼食は、前回リサーチでお世話になった井上靖文学館館長の松本さんご夫妻&ご友人の山川さんが推薦していた『Natural Chinese KONOMA』へ。小田原城に隣接した報徳二宮神社の社務所会館の中にある、穴場的な中華の店です。窓いっぱいに新緑が広がり、開放感たっぷり。広東料理をベースにした新感覚中華で、ランチは1575円から。席に着くなり生ビールで喉を潤しました。あぁ~車がないって最高!
食事の後、小田原城をひと回りして駅に戻り、みのや吉兵衛の店員さんから薦められた、駅前の人気のあんぱん屋さん『守谷のパン』であんぱんとクリームパンをゲット。このパン屋さん、大好きな沼津の『富士屋製パン』と同じように昭和のテイストのする店で、給食のおばちゃんみたいな白衣・白帽姿の職人さんたちが、奥の工房から焼きたてを次々に運んできます。焼きたてアツアツのあんパンは、すぐにでもパクつきたかったけど、さっき買った石川漆 器のパン皿に載せて写真を撮ったら面白いかも…と思い、グッと我慢しました。
箱根登山鉄道に乗ってひと駅。箱根板橋駅で降りて、前回は車で行った松永記念館・老欅荘まで歩いて時間確認。その途中で、旧東海道沿いにある明治39年創業の『下田豆腐店』に寄って、人気の創作がんもどきや玉葱揚を物色。店は関東大震災後に建てられた出桁造りで、独特の雰囲気がありました。
松永記念館までのルートをチェックした後、3月28日から5月10日までの土日祝日に運行する200円乗り放題の〈小田原宿観光回遊バス〉に乗って、小田原市街地まで戻り、明治26年創業のかつお節店『籠常』を訪問。店頭で量り売りするかつお節屋さん、ホントに珍しくなりましたよね。
駆け足で回った老舗ツアー。塩辛、がんもどき、こんぶ等など、買ったお土産はあんパン以外はみんな酒のつまみ(苦笑)。そういえば肝心の地酒を忘れてた…残念ながら、小田原の街かど博物館リストに酒蔵や酒小売店はありませんでした。
街角で、日本酒の看板が目立たなくなった原因は何だろう…。これまでも数多くの街で、数多くの老舗を訪ね歩き、老舗の専門小売店が頑張っている街っていいなぁと思いつつ、どうしてもその疑問が頭から離れずにいます。
先月、『湧登』や『狸の穴』のご主人たちが、静岡の街中で「地酒」の存在感を示そうと立ち上がったはしご酒イベント。蔵元や愛飲家ボランティアが駆けつけて、ともに汗を流しました。湧登の山口さんや、狸の穴の成岡さんは、儲けどころか赤字覚悟で、多くのフリーのお客さんに地酒の素晴らしさを伝道しました。
かつて静岡の酒が無名だったころ、やまざき酒店(現・ヴィノスやまざき)の山崎巽さんは自分で資金を集めて「静岡の酒を見直してください」という新聞広告を打った。「小売屋が蔵元からカネをとって広告を打つとは何事だ」と周囲から非難されても、「これが、静岡吟醸の価値を一般に広く伝える有効な手段であり、酒で商いをする者の使命だ」「今立ち上がらないと、小売店に将来はない」と腹をくくり、背水の陣の思いで断行したのです。
造り手と飲み手の大事な橋渡し役である小売店主は、もっともっと街に出て、あるいはメディアや街おこし事業等を積極的に利用して、自らの存在感を示すべきじゃないでしょうか。
飲食店主が酒のイベントを仕掛けたり、私のような業界部外者がずうずうしく酒の映画やテレビ番組を作ってニュースになることを、街中の小売店主は「恥だ」と思わなきゃ…!