私が最も愛する映画『アラビアのロレンス』の完全版リマスターが6月5日まで静岡シネギャラリーで上映中です。完全版はDVDで観ていますが、劇場で観られる機会はめったにありませんからね。4時間近い大作で、途中でインターミッションが入ります。往年の名画らしいですよね。
初めてこの映画を観たのは中学生の頃でした。ちょうど『スターウォーズ』が公開されていた頃で、どこかスターウォーズ的スペクタクル映画として愉しんだ覚えがあります。ただし、スターウォーズのルークやハン・ソロと違い、ロレンスの、複雑な性格から来る一貫性のない行動には違和感を感じたものでした。アリも、序盤のシーンではカッコいいのに、最後のほうは無力でメソメソした感じで拍子ぬけ。スターウォーズのオビ・ワン(アレック・ギネス)がうーんと若くてアラブの王子様を演じていたのは面白かったけど、この王子の人物描写もよくわからなかった。
…理屈はよくわからないんだけど、作品全体が持つ圧倒的なスケール感というのか、美しい映像と音楽の見事な調和、50~60年代の俳優たちの落ち着いた大人の演技、3時間を超える大作なのに見飽きない構成の素晴らしさ等など、女子中学生の心を打つものがあったんだと思います。
その後、何度かリバイバル上映されたり、ビデオで観たりするうちに、登場人物の人間性が少しずつ理解できるようになり、今回、何年かぶりで観て、“自分は凡人とは違うという思い込みが激しいインテリで、不可能はないということを顕示するため大胆な行動を取る”“運命は自分で変えると言っておきながら、思い通りにいかないととたんに弱音を吐き、周りからおだてられると図に乗りやすい”ロレンスの精神面の脆さがよくわかりました。とくに軍のお偉いさんとのやり取りの場面でわかりますよね。今まであんまり気に留めていなかったシーンでしたが、少しはオトナの鑑賞が出来るようになったのかしら(苦笑)。
この作品の舞台は、第一次大戦中の中東で、日本人にはとっつきにくい時代背景です。しかし、中学の頃から、時代背景が難しいという印象を持ったことは一度もありませんでした。
最近公開された『レッド・クリフ』も、予備知識が必要なくらい複雑な時代背景で、事実、レッド・クリフではご丁寧に冒頭で時代背景の説明をしてくれてました。アラビアのロレンスはそれが一切ないのに、本編を通してみればちゃんとわかるし、「こういうことをイギリスが仕掛けたから、今みたいに中東情勢が混乱したんだ」と、現代史を理解できるほどになる。登場人物が全員、中国人で似たような顔をしているレッドクリフと比べ、ロレンスのほうは、欧米人、アラブ人の区別が付けやすく、見た目からしてわかりやすいという利点もあったかと思いますが、いずれにしても、全体の構成や人物の描き方は、さすが巨匠デビット・リーンです。
…やっぱり映画は、人間をきちんと描くこと、構成をしっかり決めることが大事だと再認識しました。
骨太の名作の感動に浸りながら帰宅したら、5月6日放送の『しずおか吟醸物語』に対する新たな感想メールが届いていました。『吟醸王国しずおかパイロット版』との比較で、「わかりやすい構成にする」ことと、「感動する」ことの違いを考えさせる内容でした。
■真弓さんはテレビで放映されることに、素直に喜んでいるのかどうかわからなかったし、今回はあくまでテレビ版なので、私の感想を送ることはやめようと思っていたのですが、ブログを拝見して、テレビ版の感想を送ることにしました。
第一には、とても分かりやすいものに仕上がっていたと思います。多分、ナレーションの説明が分かりやすかったからだと思います。静岡の酒蔵はいかに丁寧な酒造りをしているかを、吟醸造りとはどれほど大変なものかを、大勢の人々に知ってもらえてよかったと思います。
一方で、分かりやすいという反面、もう一つインパクトに欠けるように感じました。私はパイロット版を4回見ました。何度見ても映像にひきつけられるものを感じていたのですが、今回のテレビ版にはそれを感じなかったのです。
真弓さんが目指すものが何かはわかりませんが、真弓さんがブログに書かれていた「この作品は、制作側が被写体側の仕事を疑似体験するような、不思議なプロジェクトです。そのことを伝えるだけの力が、もう少しあったら…と今は、反省しています。」とのこと。制作側が被写体側の仕事を疑似体験するように、見る側も酒蔵の中に自分がいて、杜氏の仕事を息を呑んで見ているような疑似体験ができれば素晴らしいと思います。パイロット版にも十分その力はあると私は思うのですが。
多分、初めてパイロット版を見た人は、それぞれの映像が一体何なのか分からず、映像の中にまで入り込めなかったと思います。今回テレビを見た人があらためてパイロット版を見たら、おそらくパイロット版の素晴らしさを認識できると思います。
酒造りの基礎知識がない人には、分かりやすい編集や説明が必要なのでしょうが、一方、基礎知識のある人には分かりやすいということは妨げになる、ということをテレビ版を見て感じた次第です。(公務員)
パイロット版に関しては過去のアンケート調査でも賛否両論で、そもそも映像の編集は初めてというド素人が作ったものだし、内容的にも観る人の静岡酒や日本酒の知識の度合いによって差があるのは仕方ないと思っていました。パイロット版制作の目的は資金集めのためのプロモーションで、対象はこのテーマの作品に製作援助をしてくれる可能性のある人=ある程度知識のある人や業務でかかわっている人、と決めて作ったので、不特定多数の視聴者に向けたテレビ番組はまったくの別モノ、という意識でいました。
最初に成岡さんから話をもらったときには、「この映像はテレビ向きではないと思うけど…」と正直に言いましたが、テレビの世界でキャリアのあるプロたちが「十分テレビで通用する」と評価し、金銭的な負担なしで制作するという話だったので、“この映像が不特定多数の人にどれだけ理解してもらえるのか、またとないビッグリサーチの場になる”と、頭を切り替え、協力することにしました。
パイロット版とテレビ版は違って当然です。目的はもちろん、構成や台本や選曲も違う人間の手によるもの。同じ素材でも違う人間が調理すると別の料理になるという理屈です。別の言い方をすれば、テレビ版は誰もが気軽に楽しめる大衆居酒屋みたいなもので、パイロット版は素人が趣味で始めた裏通りの隠れ家的呑み屋かな? みなさんも、呑みに行く時はTPOで使い分けるでしょう、仲間で楽しく呑む時は前者で、一人で静かに呑む時は後者…というように。でも、置いてある酒(=映像)はどっちも素晴しくて、酒自体に優劣は付けられません。
パイロット版に「ひきつけられるもの」を感じてくださった人は、たぶん、一人呑みの達人ではないかと想像しながら(笑)、感想メールを拝見しました。
大衆店でも隠れ家店でも、せっかくのいい酒(映像)を雑に扱ったら、味を台無しにしてしまいます。そのことだけは肝に銘じ、これから本番を迎える本編映画用の編集作業に臨みたいと思っています。
…大それた願いですが、アラビアのロレンスのように難しい題材でも、丁寧な解説ナシで、映像の力と構成力によって多くの人に感動を伝えられる作品になれますように。