杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

酒米88種の呑み比べ!

2010-08-12 13:42:01 | しずおか地酒研究会

 8月8日(日)は、八ならびの日ということで、今回で88回目を迎える松崎晴雄さんの日本酒市民講座『飲み比べ!88種の原料米』に参加しました。先日、静岡新聞を退職し、フリー編集者兼農業コーディネーターとして新たな一歩を踏み出したばかりの平野斗紀子さんをお誘いしました。平野さんはしずおか地酒研究会の活動や『地酒をもう一杯』編集時に松崎さんと知己を得ており、久しぶりの再会を喜んでくれました。

 

Imgp2792  今、地酒の原料にする酒米って、全国各地で開発が進んでいるんですね。88種の内訳をみると、静岡県はご存知『誉富士』。近年開発された米で今回試飲できたものだけでも、北から、吟風・彗星(北海道)、吟ぎんが(岩手)、吟の精・美郷錦・秋田酒こまち(秋田)、出羽燦々・山酒4号・出羽の里(山形)、蔵の華・星あかり(宮城)、夢の香(福島)、ひたちにしき(茨城)、とちぎ酒14(栃木)、さけ武蔵(埼玉)、ひとごこち(長野)、雄山錦・富の香(富山)、越の雫(福井)、夢山水(愛知)、神の穂(三重)、白鶴錦(兵庫)、神の舞・佐香錦(島根)、千本錦(広島)、西都の雫(山口)、さぬきよいまい(香川)、しずく媛(愛媛)、吟の夢・風鳴子(高知)、夢一献(福岡)、さがの華(佐賀)、吟のさと(熊本)・・・。

 

 

 これに、一般米で酒にも使われる、きらら397・ゆきひかり(北海道)、むつほまれ(青森)、トヨニシキ(岩手)、あきたこまち(秋田)、ササニシキ・ひとめぼれ(宮城)、しらかば錦(長野)、コシヒカリ(新潟)、右近錦(滋賀)、朝日・アケボノ(岡山)、中生新千本(広島)、松山三井・あいのゆめ(愛媛)、

 

 

 さらに復活した古い品種で、陸羽132(秋田)、改良信交・京の華・亀の尾(山形)、渡船(茨城)、山田穂(兵庫)、強力(鳥取)、造酒錦(岡山)、八反草(広島)、穀良都(山口)、鍋島(佐賀)、神力(熊本)・・・。

 

 

 そして現在各地で主流になっている代表品種として山田錦、五百万石、美山錦、雄町、八反錦などが加わり、日本酒が、実に豊かで多彩な米の醸造酒であることを、改めて認識させられました。

 

 

 

 松崎さんは、

Imgp2796 「酒米の世界は下剋上が激しい。新しい品種が次々に生まれても、栽培上や醸造上の欠陥があって、未だに昭和初期に生まれた『山田錦』を超える米が出て来ない」

「新品種の米を醸造するとき、杜氏や蔵人はどうしても慎重にならざるを得ない。吟醸型の、硬く締めた造りになるので、初期の酒はすっきりしすぎて素っ気ない味になりがち。米の潜在的な力が未開拓の状態の酒も少なくない」

「山田錦は全国で一千軒を超える酒蔵で使われ、膨大な仕込みデータが蓄積されている。長く使われているメリットがそこにある。山田錦を超える米が出るか出ないかは、21世紀の酒造業界の大きなテーマです」

と解説します。

 

 

 …確かに、『誉富士』の酒を飲んでも、どこに新しい米らしさがあるんだろうと首をかしげたくなるほどきれいすぎて、素っ気なさを感じることがありますが、それは米の品質上の欠陥というよりも、造り手がまだおっかなびっくり使っているせいかもしれないんですね。

 

 新しい酵母を使うときも、最初はそうだったのかもしれません。たった1回の仕込みの失敗が、その1年を台無しにし、失敗のレッテルを貼られたら蔵の名に傷がつくかもしれない・・・そんな大きなリスクを、雇われ杜氏や社員蔵人では背負い切れない、という部分もあったでしょう。

 そう考えると、蔵元経営者が杜氏になるケースが増えた今は、リスクがあっても新しい米や酵母に挑戦しやすい環境になってきたといえます。今回、全国から13社の蔵元が参加し、造り手の立場で解説をしました。

 

 

「山田錦の山廃仕込みでは櫂入れを一切せず、麹や酵母の力だけでどれだけのもろみが出来るか試してみた」(雪の茅舎・秋田)

「陸羽132は亀の尾や愛国のルーツとなる伝統品種で、冷害に強く、戦時中は朝鮮半島でも造られていた」(刈穂・秋田)

「五百万石の田んぼで、通常より40㎝も穂の長い突然変異種を発見し、蔵の単独品種“人気しずく”として品種登録もできた」(人気一・福島)

「渡船は山田錦の男親にあたる伝統品種で、脱粒性が高く育てにくい野生種。吸水がものすごく速く、柔らかくて融けやすい」(府中誉・茨城)

「ひとごこちという美山錦系の新品種を自社酵母で醸し、ワイン風に飲めるとお客さんには好評だったが、専門家の先生には高い酸度(1.9)が評価されない(苦笑)」(七賢・山梨)

「広島の伝統品種八反草は、他の伝統品種とは違い、硬くて融けにくい。引き際のきれいな酒に仕上がるので精米歩合を40・50・60%と変えて仕込んでみた」(富久長・広島)

「新品種吟のさとを地元で菜の花農法(3月に菜の花を植えて6月に刈り、その後に田植えする=除草剤が要らない)に取り組む栽培者グループとともに育てて純米酒菜々という酒にした」(瑞鷹・熊本)

 

 等など、酒造りにも米作りにも直接携わる醸造家ならではの興味深いお話をしてくれました。

 

 

 試飲タイムでは、米の個性というよりも、その銘柄の従来の持ち味や使用する酵母の特性のほうが強いという酒もありましたが、1本の酒を介して、造り手との会話がこれだけ弾む会というのも久しぶりで、米の情報とともに、その米に挑戦する蔵元自身の人となり、地域ぐるみの熱の入れようも伝わってきて、その銘柄と地域に対する印象度が以前よりも強まった思いがします。ご当地米で醸すということは、地酒のブランド力を、専門家が品質面にあれこれ講釈を付けるよりもストレートに、より具体的にわかりやすく浸透させるのではないかと実感しました。

 

 

 

 さて、今回の会場の外国特派員協会(有楽町)では、2年前に松崎さんが『吟醸王国しずおかパイロット版第1弾』の試写と静岡吟醸を味わう会を開いてくださった関係で、私に「いまだにあんなすごい酒の映像は観たことない」「完成が楽しみ」とImgp2798 エールを贈ってくれる方もいました。エッセイストの藤田千恵子さんや、オレンジページムック編集長の比留間深雪さんには「早くお渡ししたかった!」と映像製作委員会への入会金までいただきました。本当にありがとうございました。

 

 日本でおそらくもっとも進んだ(業界主導ではないニュートラルな)日本酒の勉強会に参加する、酒の情報感度が最も高い層の人々に期待していただけるのは、制作者としてこの上ない励みになります。

 

 私は今まで、自分は地元静岡に根を下ろしたライターなんだから、外でも静岡の酒しか飲まず、静岡の酒のことだけ応援していればいいと自分を律してきましたが、日本酒の世界は、米だけでもこれだけ地域性が豊かで、造る人それぞれに理想があり、日本を、地域を、そして日本人のモノづくりの息の長さやきめ細やかさを知る価値を、もっと柔軟に学ぶべきだと痛感しました。

 

 学ぶべき対象が、まずは地元静岡県内で、次から次へと湧いて出てきてくれれば有難いのですが、今回の勉強会に関係者が一人も参加していないところをみると、期待薄かな・・・。