杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

イネが教えてくれること

2010-08-31 11:11:13 | 地酒

 8月も今日で終わり。・・・でもエアコンのタイマーが切れた4時ぐらいから目が醒めてしまって、朝からダラダラ汗をかいています。我が家はふだん寝床に使う和室にエアコンがなく、この夏は、エアコンのあるリビング兼仕事部屋のソファーで寝るハメになり、結局、ひと夏ほとんどソファー寝でした。布団と違ってやっぱり寝心地は悪いし、シーツ代わりにバスタオルを敷いてもひと晩でぐちゃぐちゃだし・・・こんな夏は経験したことがありません。

 快眠できない日が続くせいか、生活全体にハリがなく、外はカンカン照りなのに気分はドヨ~ンと澱んだまんま。体調もさることながら、ここしばらく、張り合いのある仕事をしていないせいかもしれません。

 

 

 先日、とある事業で自分の仕事やキャリアについてアンケートとインタビューを受ける機会があったのですが、ひとしきりエラそうに自慢話をした後、「・・・でも今はぜんぜん充実してない」と自己嫌悪に。人生、そうそうつねにフルスロットル状態でいられるわけじゃないけれど、フリーランサーの不安定感というのかな、こういう先行き不安なご時世だと、「いつ食えなくなるだろう・・・」という焦燥感が日ごとに増してきます。いくら年齢やキャリアを重ねても、つねに付きまとうんですよね、こういう不安感って。

 

 

 昨日(30日)は久しぶりに藤枝の松下明弘さんの田んぼを訪ね、出穂間近の山田錦の様子を見てきました。「イネはもともと短日性だが、中でも山田はコシ(コシヒカリ)より短日だからなぁ」とポロッと言うので、その意味が解らず訊いてみました。夏至から冬至までの間に花が咲く植物は、昼が短くなると開花の準備をし始めるので“短日植物”と言うそうです。イネも、夏至が過ぎて日光が当たらない夜の時間が長くなると、いちはやく秋の訪れを察知して花を咲かせる準備をします。

 

 

 こ~んな暑い日が続くと、イネの感知能力も狂うのでは?と心配になりますが、松下さんの山田錦の花は、例年通り8月末~9月初旬に開花するようです。夏至のころに比べたら、毎日少しずつ昼が短く、夜が長くなっているのは確かなんだって、山田錦がちゃんと教えてくれるんですね。

 

 食用の米は、北海道や東北など夏や秋の短い地域では、短日を感じて穂を出すのを待っていたら間に合わなくなるので、昼夜の長さにかかわらず穂を出すことができる品種が選ばれます。コシヒカリが食用では一番おいしく、たくさん作られるというのは、日本全国どんな地域でも育つ強いイネで、いろんな条件でたくさん作られるから栽培技術の実績が豊富に蓄積され、より進化し、作りやすくなった・・・というわけです。

 その点、山田錦は繊細な短日植物で、やっぱり日本全国どこでも作れる品種じゃない。松下さんは健康なイネが育つ土壌の環境保全を日頃からしっかりやっているので、今年も繊細な山田錦の開花センサーを狂わせることはないようですが、これだけ暑いと、今まで出て来なかった害虫が出てきたりして、さすがの松下さんも「こんな夏は初めてだなぁ」と驚いていました。

 

 

 そういえば、この夏って蚊にあんまり刺されなかった気がするけど、気のせいかと思ったら、「暑さのせいで地面が乾ききって、(水たまりを好む)蚊が生きていけないらしい」と松下さん。

 毎年の気候変動で、虫の種類まで変わる環境の中でイネを育てるというのは、フリーライターなんかとは比べ物にならないくらいリスキーで不安定な仕事なんだろうと思います。彼の山田錦作りを見守り続けて早や15年になりますが、日々、気が休まることはなかっただろうし、どんな出来の米であっても全量買い取って酒にする青島酒造の責任もハンパじゃないでしょう。

 

 

 今年は、米は全体的に豊作といわれていますが、この陽気で山田錦のような米は品質がピンからキリまでバラつきが出るだろうから、関係者は値崩れがDsc_0005 起きるのでは、と心配しているようです。

 

 リスキーで不安定だからこそ、人間がやれることは120%手を尽くしてやる、手を抜くことは(自然を相手にする以上は)許されない・・・。松下さんと青島さんの表情を見ていると、当たり前の職業意識を改めて教えられた気がして、自分も、やりがいのある仕事がナイナイなんて贅沢言ってる間があったら、今ある仕事を1%もおろそかにしちゃいかん、と思えてきます。

 

 

 

 帰路、以前、日比野ノゾミさん作陶展のオープニングパーティに参加した時、日比野さんとイラストレーターやなぎもとなおさんに教えていただいた『NAKAYAMA COFFEE STORE』(藤枝市前島)に寄って、シティローストブレンドを購入しました。コーヒー豆の解説や淹れ方ノウハウが、なおさんのイラストで描かれていて、とても楽しく拝見しました。お店は藤枝駅南の県武道館の南、窓のない不思議な外観で、2回ほど通り過ぎてしまいました(苦笑)。

 

 帰宅してシャワーを浴びた後、ビールではなく、コーヒーを淹れて飲んだら、これが実に香味バランス良く、なおかつやさしくて上品でホッとする、まるで静岡酵母の酒質のような味・・・。この夏、ひさしく経験しなかった、温かいものをゆったり飲んで味わう時間がとてもぜいたくに感じました。・・・あっ、酒の味がするコーヒーじゃありませんよ、あしからず(苦笑)。