杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

SPAC新作・わが町(今井朋彦演出)を観て

2010-11-14 11:28:51 | アート・文化

 13日(土)は、静岡県舞台芸術センターSPACの新作『わが町』を観に行きました。前月、県広報誌の取材で『令嬢ジュリー』の出演者と宮城聰芸術監督にインタビューしたとき、映像とは違う生身の人間が目の前で汗をかいて表現する芸術の価値を再認識し、また芸術局長の成島洋子さんにとても親切にしていただいて、成島さんご自身の演劇に対する真摯な姿勢に感化されました。成島さんとは後日、別の酒の席で偶然お会いし、『わが町』のことをうかがって、13日は終演後、演出を担当された俳優・今井朋彦さんの朗読会があると聞いて、これは必見!と思いました。

 

 

 『わが町』という作品、アメリカのスタンダードな戯曲だということは知っていましたが、恥ずかしながら筋書きはまったく知らず、真っ白な状態で鑑賞しました。時代はちょうど今から100年ちょっと前の、20世紀に切り替わる時代の境目。一つの町で起きる、世紀の変わり目を象徴するような事件や事故が題材なのかしらと思っていたら、特別なことは何も起こらず、ごくありふれた町の日常が淡々と描かれます。

 進行係が登場し、登場人物の背景をいちいち解説するので、舞台と客席を分断させられるような気がして、なんとなく物語にすんなり入っていけず、第一章では眠くなることシバシバ・・・。前から2番目の席だったので、出演者と目が合いそうで何度も姿勢を正しました。隣の席の年配のおじさまが、ハッキリ聞こえる鼾をたてているので、こっちを見られそうでビクビクでした…(苦笑)。

 

 

 第2章では3年後、第3章では9年後の住民たちが描かれます。特別な事件やドロドロした人間関係が展開されるわけでもなく、涙を誘う美しい夫婦愛やしみじみとした家族愛でもない。ついドラマチックな筋書きを期待してしまう自分にとっては、やや消化不良気味の展開だったのが、第3章で舞台上にイスがいくつもランダムに並べられ、ハッとしました。

 そして第1・第2章では進行役が黒の喪服っぽい衣裳だった以外は、登場人物全員、白衣だったのに、第3章のあるパートからカラフルになる。

 

 ・・・ありふれた日常の果てに、誰もが直面する生と死。牛乳配達が毎朝搾りたての牛乳を運び、新聞は週に2日しか発行されず、事件といえば○○さんちに双子が生まれたというのどかな田舎町が、やがて車社会になり、農場は収益を上げるために工業化していく…。衣裳がいっとき、カラフルチェンジしたのが、20世紀ではなく、19世紀の、のどかだった時代の平凡なごくありふれた朝のワンシーンだった、というのが、実に象徴的でした。

 

 

 シンプルだけど、衣裳や装置が実に効果的に「設定の妙」を演出し、おぉ~これこそ舞台演劇の面白さ!。映画だったら、町に車があふれたり若者のファッションが変わった姿をリアルに映し出すところでしょうが、舞台ではピンポイントに変化を付けることで、より主題が際立って伝わります。

 舞台演劇を見慣れない私のような新参者でも、“最初たいくつ→途中でおや?→ひょっとしてこういう意味?→そういう深い意味だったんだ~”とナットクできる、丁寧に計算された作品ではなかったかと思います。 

 

 初めて観る作品だったので、そう思えたのが、もともと作家や翻訳家が意図したものか、演出家の功績なのかは想像もつきませんが、ブロードウエイで初演されたのが1938年で、日本では文学座が1941年に初演だそうですから、戦前の日米で、現代にも通じる「日常の普遍性」を描いて絶賛されたというのは、考えてみればすごいことですよね。

 

 

 ・・・あぁ、でも、2010年の今だから「戦前にこういう作品を発表するのはすごい」と思うだけかもしれない。庶民は、時代のきな臭さに多少の不安や不便さを感じても、ごくありふれた日常を過ごし、面白いものに興味を持ち、クリエイターも人間性の深淵に挑み、観る者を素直に感動させていたはず。・・・歴史の本を読み過ぎて、あの時代はこうだと決めつけるのはよくないのかもしれないですね。

 とにかくエンディングは、最初に居眠りしそうだったのがウソのように、充実感満点でした。隣のおじさまも途中から舞台に集中し、カーテンコールでさかんに拍手してました!

 

 

 

 終演後の今井さんの朗読会は、『わが町』劇中でも音楽を担当されたサックスの松本泰幸さんと今井さんが、『朗読VSサックス』をテーマに即興演奏するユニークなステージ。谷川俊太郎の詩や、ジョン・レノンの『イマジン』の意訳を披露してくださいました。

 

 会場が劇場1階のロビーだったせいか、サックスの音が響きすぎて、今井さんの声が聴きづらかったのが残念でしたが、生演奏での朗読会っていいなぁ~としみじみ・・・。ちょうど今、12月5日の國本良博さんの酒の朗読会用の音楽をセレクトしているところ。いつかは生演奏で実現できたら、と思わずにいられませんでした。