杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

真夏の京都大阪行脚その5~文楽『心中宵庚申』鑑賞

2011-08-14 09:17:34 | アート・文化

 8月7日(日)は大阪シンフォニーホールの『東西4大学OB合唱連盟演奏会』の後、ミナミに移動し、国立文楽劇場で近松の『心中宵庚申』を鑑賞しました。大阪で文楽を観るのは3~4年ぶりかな。ひところよりも若い人や外国人客が増えた感じ。見た目は“人形劇”でも、内容は歴史ハードボイルドや昼メロ顔負けの男女のドロドロ劇というミスマImgp4736
ッチ感を、どんなふうに彼らは感じるんだろうと想像しました。

 

 

 『心中宵庚申』も男女の心中劇ですが、相思相愛の夫婦が心中する変わったお話です。・・・といっても嫁姑や婿舅の関係でやるせない思いをしている人にとっては身につまされるお話で、現代人が観ても辛~くなること請け合いです。

 

 

 ストーリーは、

●三河浜松の武家出身の半兵衛が大坂の八百屋へ養子に入り、お千代というバツ2女性を妻に迎えるんですが、八百屋の女主人(半兵衛の養母)はお千代が気に入らない。

●半兵衛が浜松に法事で帰省している間に、難癖をつけてお千代を実家に帰してしまいます。お千代の実家には病気の父がいて、男運のない娘が不憫でならない。

●そんなときに浜松から大坂へ帰る途中の半兵衛が手土産を持ってお千代の実家に立ち寄る。妻が帰された事情を知らなかった半兵衛は舅から厳しく詰問され、切腹覚悟で「養母がなんと言おうとお千代を守る」と宣言し、舅も「灰になっても戻るな」と二人を大坂へ送り出す。

●半兵衛がとりあえず養母の様子を探ろうと一人で帰宅してみると、養母はお千代連れで大坂へ戻ってきたことを察して「お前が追い返さなければ私は自害する」と脅します。

●養子の身で逆らえない半兵衛は、お千代の父にも顔向けが出来ず、思い悩んだ挙句、お千代に離縁状を渡した後で心中する道を選ぶ、というもの。

 

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 こんなお話が人形劇で演じられるんですから、文楽ってスゴイ・・・。ほとんどが実話をベースにしたお話なんですよね。

 

 事前に一応ストーリーの大筋は予習しておいたんですが、実際に太夫の語りと三味線の相打ちによって進行するドラマは、単独の朗読劇としても価値あるもの。文楽ってついつい人形の動きに目が行きがちですが、改めて太夫の語りというものがドラマに抑揚を付け、感情を盛り上げてくれることを実感しました。

 

 音譜なし・太夫の語りに絶妙の相打ちを入れる三味線奏者のスキルも凄いと思いました。太夫の語りは現代口語と違い、ちょっと耳になじまない義太夫節ですが、舞台の頭上に字幕の電光掲示板が付いているので大丈夫です。外国人向けに英訳表示があってもいいですね。

 

 そして人形遣いの見事さ。人形1体につき3人の遣い手がいるので、登場人物が3人いれば、9人もの人間がひしめきあって人形操作をするわけです。ところが遣い手の存在がまったく気にならず、表情が変わらないはずの人形の顔が、泣いたり怒ったり絶望したように見えるのが本当に不思議です。

 

 江戸時代、文楽でヒットした演目が、歌舞伎にそのまま採用され、次第に江戸歌舞伎のほうが盛りあがって上方の文楽興行は苦境に立たされたそうですが、書き手の創作意欲は衰えず、名作が次々に生まれました。歌舞伎のように役者の人気や実力によって同じ演目でもいろいろ見方が変わってくるのと違い、人形が演じる文楽は、その物語の世界観をシンプルに、じっくり、深く堪能できるような気がします。逆にいえば、「太夫」「三味線」「人形」という3つの要素しか表現方法がない・・・その制約があるがゆえに、磨き切ったパフォーマンスが発揮されるのかもしれません。

 文楽は伝統芸能の中では比較的、“敷居の低い”ほうだと思います。ネットで簡単にチケット予約・購入ができますので、未見の方はぜひ!

 

 

 

 国立文楽劇場を出て、梅田を22時発の夜行バスで帰路に付きました。2日間、行き当たりばったりの旅でしたが、アート、酒、スポーツ、音楽、伝統芸能をフルコースで楽しめた贅沢な夏休みとなりました。