杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

「駿府から始まる江戸の町」その4~田中久重の万年時計

2012-04-27 10:20:09 | 歴史

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 セイコーミュージアムの後は東京スカイツリーを横目に、ワタシ的には今視察のクライマックス、上野の国立科学博物館にある田中久重の万年時計の実物見学です。

 

 

 

 

 しずおか時の会でも、安心堂の時計技師・金子厚生さんにNHKの特集番組を見ながら解説していただいたことがありますが(こちらを参照)、今回は金子さんのご尽力で、国立科学博物館の名誉研究員・佐々木勝浩さんに実物を見ながら詳しく解説していただきました。こんな貴重な機会、なかなか得られません。つくづく人脈の大切さを感じます・・・。

 

 

 この万年時計、1851年に完成したものです。セイコーミュージアムでいろんな時代の時計を見てきた後だったので、これが和時計の最高峰か・・・と感慨深く鑑賞しました。

 最初の印象は、時計というよりも芸術品。ものすごい機能を持った江戸のハイテクメカという先入観を持っていたのですが、スタイリッシュかつコンパクトにデザインされた七宝・蒔絵・螺鈿細工・透かし彫り装飾・・・工芸技術の最高峰でもあるんだなと思いました。Dsc00204

 

 

 万年時計の本体は、6つの面を持っていて、①江戸期の不定時法時刻、②現代と同じ西洋時刻、③二十四節気、④時打数設定、⑤十干十二支、⑥月位相と日付を同時に表示します。てっぺんには天象儀(=京都から見た太陽と月の地平線における出没の状況を示す)を備えた天文カレンダー時計まで付いています。

 

 これを、手作りの歯車を用いて二重ゼンマイ2組計4個のゼンマイが動かします。ゼンマイは1回巻くだけで1年近く連動稼働できたそうです。・・・ぜ~んぶ手作りなんて、素人目で見てもトンデモナイ技術ですね。

 

 

 万年時計は国立科学博物館で何度か分解調査されていて、2004年には復元・複製プロジェクトが立ち上がりました。複製品は2005年の『愛・地球博』へ出品され、話題となり、2006年には実物の万年時計が国重要文化財に指定されました。

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 佐々木さんの解説を聴いていると、個々の技術はそれなりの技能があれば可能であるけれど、太陽と月の動きとか、日本と西洋の異なる時間のカウントを、一つのパッケージに収める久重のプロダクト能力の高さを実感します。

 

 

 

 

 彼は、からくり技術を極めようと、時計作りに没頭し、48歳で戸田久左衛門通元に天文・数学を学び、天文・陰陽道で朝廷に仕えていた土御門家にも入門し、51歳で蘭学者広瀬元恭に弟子入りして西洋科学を学びます。そして1年かけて万年時計を完成させます(52歳)。万年時計は京都の自分の店『機巧堂』の店頭に飾り、欲しいという藩もあったそうですが値段が折り合わず、そのまま手元に置かれました。

 

 

 

 久重自身はその後、佐賀藩に招かれて火薬の研究や蒸気船・蒸気機関車の雛型製作を手掛け、明治5年に東京へ移住して店舗兼工場を作ってモールス電話機等を製造。83歳で亡くなるまで“日本最後のからくり師・からくり儀右衛門”の生きざまを貫きました。その後、弟子の田中大吉が2代目久重を継承し、芝浦に田中製作所を作ります。これが東芝の前身というわけですね。

 

 

 

 

 

 しずおか時の会で用意してくれた予習用資料の中に、2004~05年の複製プロジェクトにかかわった鈴木一義さん(国立科学博物館)と土屋榮夫さん(㈱精工舎・セイコープレシジョン㈱OB)のインタビュー記事があり、こんなコメントを見つけました。

 

「現代にはより良い機構や材料があるからそれを用いたが、モータを使うなど当時の発想を超えるようなことはしてはいけない。あくまでも当時の発想・制約の中で久重が作りたかった万年時計を完成させた」

 

 

技術は加工方法などの条件によって変わってくる。設計も目的によって変わる。つまり技術に答えは複数ある。久重は、自分の持つ技術の中で最高のものを作った。そこには昔のもの、新しいものという考えはない」

 

「万年時計の意義とは、自然のリズムを機械の中に閉じ込めようとした発想と機構を創り上げた点にある。時計の技術自体は西洋から輸入されたものだけど、それを日本の実生活に合わせた仕様に作り変えた。これは日本だけの、日本でしか作れなかったもの。普遍的なものよりローカルなものを作るという考え方は、日本独自の技術を確立するという意味で現代にも表れている。独自のものづくりに回帰している流れの中で、この万年時計は非常に重要な意味を持つと思う」

 

 

 

 日本製の携帯電話や家電製品がグローバルスタンダードから遅れていると批判されている昨今、この言葉はとても考えさせられるものがあります。私がライフワークにしている静岡の地酒にも共通するものがあります。普遍的なものよりローカルかつ独自のもので勝負する造り手たちの矜持を、ローカルライターである私もしっかり見て伝えて行かねば・・・と思いました。

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 それにしても国立科学博物館、じっくり観るのは初めてなんですが、こんなに見やすく面白くなっていたとは・・・。日本館の中央ホールって昭和5年に建てられたもので、当時の科学技術の象徴でもある飛行機型のデザインだとか。『時を知る』というコーナーでは、万年時計のほか、面白い和時計がたくさん観られます。

 

 

 

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 こちらは線香時計。お線香1本が燃え尽きる時間をカウントするんですね。花街で使われていたそうで、お目当ての女性を線香○本分とオーダーするんです。粋ですねえ・・・。

 

 

 

 

 

 夢中になって観ていたら、閉館時間になってしまって、強制退去せざるを得ませんでした。改めてじっくり観に来ようと思います。・・・というか、何かに行き詰ったら、いつでもこうして万年時計を観に来よう、と思いました。