杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

POWER TO THE 東北!北関東!

2011-06-23 13:39:00 | 吟醸王国しずおか

 22日(水)は夏至にふさわしく、夏本番を思わせる暑さでした。最近、市内は自転車で動いているんですが、帽子に綿マフラーにアームカバーでUVガードしてると、頭皮や首や二の腕がジドーッと湿ってきてこの上なく不快・・・汗をかくのはダイエット的には◎ですけどね。とにかく夏本番まであと●キロ痩せないと、夏服が着れないぞ!と自分を奮い立たせています。

 

 

 前回の記事で紹介したとおり、昨日は午後から渋谷シダックスホールで開催された地酒試飲イベント『POWER TO THE 東北!北関東!』の2日目、被災地を含む東北・北関東の酒を味わってきました。東京は31℃ぐらいだったみたいですが、渋谷のビル群を歩くと去年の猛暑を思わせる暑さで、会場に到着したとたん、一番入口に近いブースの『豊盃』(青森)さんで仕込み水をがぶ飲みさせてもらっちゃいました。

 当ブログでも紹介した宮城県石巻の『日高見』、同じく石巻の『墨廼江』ほか、青森~栃木の蔵元有志31社が参加され、お客さんは前日をしのぐ400人近い人々で大賑わいでした。しかも若い人が多い!平日の昼間っから400人の若者が、料理やつまみが一切ない、酒瓶だけが並んだ会場で、ひたすら日本酒を飲む光景が、不思議であり頼もしくもありました。

 

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 前日参加の白隠正宗(沼津)の蔵元・高嶋一孝さんが、大学の友人だという山和(宮城)のブースにいたので、「今日のお客さんって何の仕事してる人?料飲店さんばかりじゃないでしょう?」と訊いたら、「このために会社を休んだという人が多いみたいですよ」とのこと。・・・ここに来ている人は、飲酒人口の中のほんの一握りかもしれないけど、日本酒復権の確かな手応えを感じずにはいられませんでした。

 

 

 まずは少しテイスティングの印象を。前日も実感したんですが、今の日本酒の味の傾向は、あきらかに高酸タイプ。そして原料米の種類も増えて、各地で開発改良されたご当地米を積極的に使っているようです。

 使い手が、どこまでその米の特徴を把握し、精米歩合を決め、酸度(=味の濃淡のめやす)や日本酒度(=甘辛のめやす)を計算して造っているのかわかりませんが、私が信頼する蔵元は、「こういう酒を造りたい」というビジョンや設計図がきちんとある。

 そういう酒はお代わりしても呑み飽きせず、地の食材にもうまく合うから、その設計図は正しいんだと信頼できる。静岡は低酸タイプが多いから、造り手が込めた繊細で絶妙なバランスをよくよく吟味してみないとわからない。・・・特徴がわかりやすい酒や1杯で満足したい酒を求める人には、素っ気なく感じるかもしれませんが、もともと日本人の味覚は外国人に比べて繊細で、素材の持ち味や旬を感じ取る感性が高いのですから、静岡酒のような酒の価値も必ず理解されると思っています。『喜久醉』の青島孝さんが、『吟醸王国しずおかパイロット版』のラストメッセージで、「静岡の酒は、酒の王道を行く」と語ったとおりです。

 

 

 今回、試飲した中で、低酸(1・2)で、地元酒造好適米を22%まで精米した酒がありました。他とは違うかなと期待したんですが、高カプロン酸系酵母を使っていたせいか、香りが立ち過ぎというか、くど過ぎというのか、香りでぜ~んぶ持ってかれて、高精白した意味がイマイチ伝わってこなかった。・・・蔵元には「22%まで磨くには精米機を何時間回したんですか?」と他愛もないことを訊いてしまいましたが(苦笑)。

 

 

 

 会場で初めて呑んで自分的に「お代りできる!」と思った銘柄をいくつかメモしておきます。

 

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 高嶋さんの友人の蔵『山和・純米吟醸』(宮城)は、酸度は1・7ぐらいあったけど、後口は重くなく、軽い渋みが残って嫌味がなく、静岡っぽい“さばけ方”だなと嬉しくなりました。今回の取り扱い店は坂戸屋商店味ノマチダヤ(中野)です。

 

 

 

 『磐城壽・純米』(福島) は原料米が「夢の香」、酵母は福島の「小川酵母」で酸度1・4。とても素直で味が丸く、まとまっていました。

 蔵元の鈴木酒造店さんは福島原発から近い浪江町にあり、避難を強いられ、被災した蔵を放置せざるをえない、最も厳しい状況にあるP1000003
蔵元のお一人でした。

 ブースの酒は小売店に残っていた21BYのもの。もともと生産量が500石程度の小蔵だったため、今は「売る酒が全くない」状態とのことでした。「小さな蔵なんで小回りが利くというのか、今は別の土地を探してなんとか酒造を継続できるよう頑張ってます」と気丈に語っておられました。・・・こういう蔵元さんを、遠くからでも支援できる手段はないものかと本当に切なくなります。取り扱いは味ノマチダヤ(中野)です。

 

 

 

 『大那・純米大吟醸』(栃木) は原料米が那須産五百万石45%精米、酵母は「とちぎ酵母」、酸度1・6。五百万石でも、山田錦並みにきれいに仕上P1000006がっていて、お代わりしたくなる一品でした。

 「ダイナって素敵な酒名ですね」と訊いたら「大いなる那須という意味ですが、響きが洋風っぽくていいでしょう」と蔵元さん。「ダイナをもう一杯」って言い易そうでイイですよね!取り扱い店は坂戸屋商店(川崎)味ノマチダヤ(中野)です。

 

 

 

 被災した蔵元さんは、ぶ厚い消費パワーと直に触れたことで、少しでも前向きになってくれれば・・・と思います。中にはあまりにも状況が酷く、何もできず、こういう場所にも来れない蔵元さんもいらっしゃるだろうし、今回は首都圏の有力地酒専門店の共同開催ですから、そういう専門店と取引関係のない蔵元さんには(・・・地元消費率の高い地域の酒蔵はとくに)直接声は届かないかもしれません。

 

 でも日本酒は下支えする消費者がちゃんといる、若い世代も育っている、と伝えたいですね。ファンがこんな熱くなれるアルコール飲料って、他にないって、改めて感動しました。

 

 主催された酒販店のみなさま、遠路お集まりになった蔵元のみなさま、本当にお疲れさまでした。


新聞掲載&ラジオ出演のお知らせ

2011-06-22 09:25:25 | アート・文化

 

 先の記事でお知らせしたとおり、6月21日~22日と、渋谷シダックスホールで『POWER TO THE 東北!北関東!』という地酒専門店共Imgp4588
催の震災復興試飲イベントが開催中
です。

 

 昨日(21日)は全国の蔵元有志31社が集まって、この時期呑みごろの自慢の酒をふるまってくれました。静岡からは磯自慢、喜久醉、白隠正宗の3蔵元が参加されました。

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 私はこの4月、六本木で『しち十二候』というお店を開業された齋藤章雄さん(ホテルセンチュリー静岡→グランドハイアット東京→コンラッド東京の各総料理長歴任)とお店の酒担当スタッフ渡辺さんをお誘いし、31銘柄を網羅してまいりました!

 

 今日(22日)は東北・北関東地域の酒蔵さんの登場です。チケット300枚は完売で、当日参加は不可のようです)。私は2日間通しチケットをゲットしてますので、今日はこれから午前中、仕事が済んだ後、のこのこ上京し、夜は齋藤さんのお店に陣中見舞いへ行ってきます。詳細は追ってご報告します。

 

 

 

 今週は一般の方に私の仕事を紹介させていただく機会が出来ましたのでいくつか事前予告を。

 

  まず6月24日(金)中日新聞朝刊にて、新たな富士山特集記事『富士山百人一首』を、25日(土)には環境問題特集記事で、静岡県産業廃棄物協会の取材記事を掲載予定です。2本の取材がここ1週間のうちに重なり、テンテコマイでしたが、なかなか手応えのある記事になったと思います。週末の中日新聞朝刊をぜひお目通しくださいまし!

 

そ して6月26日(日)朝8時30分から、FM-Hi(76.9kh)で『かみかわ陽子ラジオシェイク』がオンエアされます。先日の福島県いわき市訪問のお話を、私がインタビュアーになって陽子さんに披露してもらいますので、視聴エリアの方はぜひお聴きくださいまし!


『海峡をつなぐ光』と伝統工芸の未来

2011-06-19 11:41:58 | アート・文化

 先の記事でお知らせしたとおり、6月18日(土)、藤枝市の市民ホールおかべで日韓合作のドキュメンタリー映画『海峡をつなぐ光』の上映会が開催されました。

 

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 今から1400年前の飛鳥時代、ときの推古天皇が愛用していた仏具とされる法隆寺所蔵の国宝「玉虫厨子」。

 これと同じように、玉虫の翅(はね)で装飾された「玉虫馬具(鞍)」が、韓国慶州の古墳皇南大塚から出土されました。制作時期は玉虫厨子よりも100年古い1500年前。新羅王朝期のものです。

 

 

 

 映画は、玉虫を介した古代両国の文化交流を再認識しようと、日本と韓国の現代工芸作家が、この2つの美術品の復元作業に取り組んだ・・・その過程を追ったドキュメンタリーです。監督はテレビ朝日「ニュースステーション」ディレクターを経て様々なドキュメンタリー作品を手掛ける乾弘明さん。俳優の西岡徳馬さんがナレーターを務めています。

 

 

 

 岡部での上映は、映画で紹介する復元プロジェクトが、20年間玉虫を研究し、世界で初めて人工ふ化に成功した岡部町の芦澤七郎さんが無償提供した1000匹の玉虫あってのことゆえ。玉虫の取材・撮影には、藤枝の玉虫研究所や玉虫愛好会のみなさんが全面協力され、芦澤さんも映像に登場します。

 

 殺生を禁じた仏教の道具になぜ虫が?と、私も一瞬思いましたが、玉虫は朽ちた老木の中でも生を受け、生をつなぎ、死んでもなお翅の鮮やかなエメラルドグリーンやオーシャンブルーの色が朽ちないという虫だから。汚泥の中でも花を咲かせる蓮に通じる、と解釈されているそうです。ちなみに韓国では玉虫は天然記念物で、むやみに採取することは不可能。・・・この復元プロジェクトには岡部の芦澤さんの玉虫が必要不可欠だったというわけです。

 復元にあたったのは、韓国で数々の文化財の復元作業に実績のある崔光雄さんと、石川県輪島の蒔絵師・立野敏昭さん。崔さんは新羅王朝の馬具の完全復元を目指し、一人ですべてこなす職人タイプ。立野さんは玉虫厨子を2台制作し、元通りに限りなく近づけた“復元版”を法隆寺に、独自のテクニックをほどこした“平成版”を茶の湯美術館(岐阜県高山市)に納入。平成版では蒔絵装飾の部分も玉虫の翅を使ったり現代の蒔絵手法を取り入れたりと、クリエイターらしい一面をのぞかせます。

 

 上映会には駿河蒔絵師の故・中條峰雄先生の奥さま良枝さんをお誘いしました。鑑賞後は「峰雄さんが依頼される復元作業は、伝承されてきた技法に一切手を加えることが許されない完全復元が鉄則だったわ・・・」と懐かしそうに振り返っておられました。

 私はどちらかといえば、こういう職人たちの、1400年前の技術に挑むプロフェショナルの矜持というのか、職人魂みたいなものをじっくり観てみたいと思っていたのですが、映画のテイストは少し違っていました。職人の生の姿や声のパートは少なく、ナレーターの西岡徳馬さんがぜ~んぶ語りで説明してしまうので、どこかテレビの教養番組みたい・・・。在日韓国人の女の子がソウル、釜山、対馬、輪島等を訪ね歩くナビゲーター役になっていて、やはりどこかBS紀行番組的手法だなあと思いました。テレビディレクターが監督さんだからかな。

 今更ながら、『朝鮮通信使~駿府発二十一世紀の使行録』の山本起也監督の作り方との違いを実感し、映画というのは監督の感性・思想・哲学がすべてだと再認識しました。

 

 いずれにせよ、「玉虫」という生き物が日本の伝統文化財の中で特異な存在にあり、日韓文化交流のかけ橋になり、今は藤枝岡部で育てられているという事実を知ることができ、大変有意義な作品でした。

 

 

 

 帰路、良枝さんをお宅までお送りし、中條先生のご仏前にお線香を上げさせていただきました。先生が亡くなって早3年・・・美術館やホールの壁面でしか展示できない大型の蒔絵作品がご自宅に何点も眠ったままだそうです。「古い家だから震災の後は不安で不安で、貸金庫に預けられる小作品は預けたけど、大型作品を守る方法を早く考えないと・・・」と心配しておられました。

 

 伝統工芸の世界が置かれた環境は想像以上に厳しいようです。後継者問題はもちろんのこと、二度と制作できない既存の作品をどうやって後世に伝えていけばいいのか。静岡浅間神社の造営から連綿と培われる駿河工芸の技の継承はどうなるんだろうか・・・。

 静岡市は新しい美術館やプラモデル博物館を駅前に華々しく作っても、地元の伝統工芸美はあまり尊重していないように思えるし、浅間神社資料館、駿府匠宿などゆかりの施設も“魅せる”“集客する”熱意がいまいち伝わってきません。おそらく静岡には地域芸術をトータルプロデュースできるアートプランナーやアートディレクターがいないからなんですね。

 

 似たような危機感は、おそらく全国の伝統工芸作家たちが共有しているだろうと思います。映像ーしかも海外との合作映画となれば、日本は伝統文化をおろそかにできないぞ、という一種のインセンティブになるでしょう。『海峡をつなぐ光』のような作品が彼らの存在にスポットを当て、少なくとも映像を通して「残す」「伝える」一助になればと切に願います。

 私もこの先、さまざまな場面で、地域のかけがえのない資源を「残す」「伝える」作業に自分を役立てたい、と思っています。

 

 


志太美酒の価値を世界へ!

2011-06-16 10:34:45 | 吟醸王国しずおか

 1週間経ってしまいましたが、6月9日(木)、恒例の志太平野美酒物語(於・焼津松風閣)が開かれました。今年で19回目を数える日本酒党の大事な年中行事です。・・・思えば私も19回、懲りずに出没し、少しずつ若返り&女性客の増量ぶりを眺め、静岡酒の市場の広がりを実感し続けてきました。

 

 今年は久しぶりに一参加者として心ゆくまで試飲を楽しませていただきました。また『吟醸王国しずおか』の制作に何かとお力添えをいただいた方々をお招きすることもできました。実行委員会のみなさま、本当にありがとうございました!私はカメラを持たず、ひたすら試飲とおしゃべりに没頭してしまったので、会場の様子はこちらをご覧ください。

 

 東京からは、吟醸王国しずおかの『Web酒場・しずおか吟醸伝』にメッセージを寄せてくださった元日本銀行静岡支店長の武藤清さん、吟醸伝に、静岡県酒造組合元専務理事の故・栗田覚一郎さんの思い出をつづってくれた牧之原の菓子処・扇子家の高橋克壽さん(栗田さんの甥)をお招きすることもでき、OFF会のような気分で呑めました。

 

 また、志太平野美酒物語を毎年楽しみに参加してくださった駿河蒔絵師の故・中條峰雄先生の奥さま良枝さんと、今年5月の松坂屋静岡店の個展で酒林の染色画を出品された松井妙子先生にも来ていただけました。

 

 吟醸王国しずおかのカメラマン成岡正之さんは、(パイロット版撮影の3年前とは)雰囲気の変わった会場内を新たに撮りおろしました。こちらからお願いしたわけではないのに、自主的にカメラを持ってきてくれたのです。

 

 成岡さんのお誘いで本プロジェクトに参加することになった映像作家・脇田敏靖さんにも東京からわざわざ来ていただきました。初・志太美酒体験に目を白黒させながら、日本酒ファンのパワーの凄さを実感されているようでした。ご本人は無類の日本酒好き。こちらが誘導せずとも、『初亀』の時間限定酒の列にしっかり並んでいました
 

 

 脇田さんは海外で映像の仕事を手掛け、JAPANに注がれる眼が熱く複雑になっていることを体感し、『吟醸王国しずおか』の世界観にシンパシーを感じてくださって「ぜひ海外へ出せる映像作品にすべき」と協力を申し出てくれた方です。こんな奇特な人、こちらから意図して探そうと思っても、なかなか見つかりません。時間がかかっても慌てず止まらず志を失わず、地道に努力を続けていれば、こういうご縁に恵まれるんだなあとしみじみ嬉しくなりました。

 彼のことはまた改めてじっくりご紹介します。

 

 

 

 

 志太平野美酒物語の開催から1週間経った昨日(15日)、ふたたび焼津・松風閣での宴席に招かれ、久しぶりに『吟醸王国しずおかパイロット版』の上映を行いました。島田信用金庫の焼津地区の顧客で構成された“焼津島信会”定時総会の講演会で映像を流しながら地酒のお話をさせていただいたのです。

 

 志太地区のお膝元で活動される実業家のみなさんですから、そこそこ興味を持っていただけるのでは、と、期待していましたが、終了後は思いのほか、いろいろな方に声をかけていただき、激励され、本当に有難かったです!

 

 

 映像には南部杜氏の多田信男さん(磯自慢)、能登杜氏の故・波瀬正吉さん(開運)、志太杜氏の伝統を継承しようとする青島孝さん(喜久醉)といった職人たちが登場するので、酒造り技能者の地域別の違い等を、志太地域の歴史にからめてお話したところ、「うちの会社(鰹節製造)にも昔、冬場に蔵へ働きに行っていた鰹節職人がいた」なんてご当地ネタを教えてくださった方も。

 また、静岡酵母の力によって吟醸酒の品質が向上したというお話には「うちの会社(食品バイオ)もビールメーカーと技術提携している。スゴイ商品を開発中なんだ」なんて嬉しそうに反応してくださった方も。観光関連の方からは「静岡空港利用者をこの地へ呼び込むのに、こういう映像があると助かる」とも。

 

 ・・・今更ながら、ですが、志太地域のモノづくりにはとてつもないポテンシャルがあって、あまり知られていないけど、ホントに世界基準の技術と技能がある・・・!と実感させられました。

 

 

 そんな地元の方々から、「世界に出す価値のある映像だ」と背中を押していただきました。・・・手前味噌で恐縮ですが、震災の後、初めて通しで観たパイロット版に、自分でウルウルしてしまいました(苦笑)。

 地元の方々に褒めていただいたのはこの上ない励みですが、今のご時世でどんな支援をお願いしたらいいのか私自身、整理し切れていない段階・・・。それでも、成岡さんや脇田さんという映像のプロが、このタイミングで“使命感”を持って取り組んでくれるようになったということは、酒のように一定の熟成期間を経て少しずつ“作品”に近づいてきているのかなと手応えを感じているところです。

 彼らのような世界基準で映像の仕事をしているプロが、自分の作品のつもりで本気で取り組んでいるということも、ちゃんと伝えたいと思っています。

 

 まだまだ地元でも知らない人が多い地酒の価値と、『吟醸王国しずおか』制作プロジェクト。どんな小さな会場でもDVDが再生できさえすれば駆けつけますので、よろしくお願いいたします!

 


福島いわき・道の駅よつくら港へ静岡の食を届けました(その2)

2011-06-13 08:48:55 | 東日本大震災

 お昼を過ぎると、『灯そうふくしまに光を・・・』のイベントの食事ブースに大勢のお客さんが集まり、朝霧につつまれた灰色の広場がウソのように明るく華やいできました。小さな子ども連れのファミリーも大勢来てくれました。Imgp4556_2

 

 「子どもを県外に疎開させている人もいれば、ふつうに暮らしている人もいる。人それぞれなんですねぇ」とつぶやくと、地元関係者は「逃げているのは県外に避難できる親戚の家があるとか、放射能の問題に敏感な人なんでしょう。こっちの人はもともと根が明るくてのんびりしてるんだ。いちいち気にしてたら暮らせない」と苦笑いしていました。

 

 

 ただ、その裏にはやむにやまれぬ事情もあるようで、同じ市内、同じ町内でも、地震本体の揺れの被害はさほど大きくなかったせいか、沿岸部がこれほどの津波被害に遭っていたことを知らない市民が多かったとか。津波に流されたある町内では、被害のなかった内陸部の地区では翌日、予定していたお祭りの準備をしていたそうです。

 

 「いわき市はもともと14市町村が広域合併したまちで、市役所の職員でも沿岸部の事情を把握しているのは一握り。そんな状況の中で原発事故の風評被害に直撃され、ある学校が生徒を原発から遠い学校へ編入させようとしたら、PTAから“偏差値の低い学校と一緒にさせるな”と反発をくらったことも。地域内でも格差や差別がある状態なんです」と地元関係者はやりきれない表情で語ってくれました。

 別の関係者からは、「風評被害で、いわき市には水やガソリンのタンクローリー車でさえ運転手が拒否して入ってこなかった。ガソリンがなければ足がなく、水や食料を買いに行くこともできず、本当に死活問題だったが、幸か不幸か、交渉先が電話でタンクローリーとタンカーを聞き間違え、“(当時、タンカーが接岸できるのはいわき市の小名浜港だけだったので)小名浜に強制的に着けさせられた”と連絡をよこした。笑い話みたいだが、それでやっと凌げた」なんて話も聞きました。

 

 理不尽な差別を受け、傷ついた末に「気にしたってしょうがない」の境地に至る・・・。ひょっとしたら(明るくてお人よしといわれる)静岡県民も、浜岡原発で何かあったら、そんなふうになるんじゃないかなって気がしました。・・・私は「静岡で起きるかもしれない不幸を、福島の人に肩代わりしてもらった気がします」と答えるのが精一杯でした。

 

 

 

 我々のブースには、茶娘に「静岡茶?」と一瞬眉をひそめる人もいたImgp4549
のですが、「静岡も頑張らなければね」と励ましてくれたり、「沼津に姪がいるよ」「静岡駅前で開かれた結婚式に呼ばれたばかり」等など、一生懸命静岡との縁を語ってくださる方もいました。

 「ここで安倍川もちと静岡茶がいただけるなんて」と大喜びで、募金をしようとした人がいたので、「そんな・・・、地元の方からはいただけません」と断ろうとしたら、「前橋から来たんですよ」とのこと。すぐ近くで、破裂した下水管の周辺に土嚢を積むボランティア作業をしていた前橋の社会福祉協議会のみImgp4547なさんでした。

 

 
 

 人手が足りなくなって私もブースをお手伝いし、葉しょうがをみそマヨでトッピングしてビールのおつまみになることをアピールしました。葉しょうがの味はみなさん大絶賛でした!

 「美味しImgp4525かった、ごちそうさま。お返しにせめて献血でも・・・」と言われた時はビックリ!日本赤十字社のテントを借りていたことを思い出し、一人笑いしてしまいました。

 私もまさかここで群馬の人に安倍川もちや葉しょうがを褒めてもらうとは思いもしませんでしたが、こんな状況でも、遠く離れた地域同士が交流し合うっていいなあと思いました。

 

 

 

 

 

 

 震災直後はいわき市内の飲み屋街も沈んだ状況だったようですが、5月過ぎぐらいから“外呑み”する人が増え、今ではどの店も満杯状態とか。「ずっと我慢していたから、みんなパーっとやりたくなったんだ」そうです。

 

 

 道の駅よつくら港の運営団体であるNPO法人よつくらぶの佐藤代表が、帰りのバスで飲んでってくださいと、会津若松の地酒『名倉山』地元いわきの地酒『又兵衛いわき丸』を差し入れてくれました。

 道の駅に出店していた『とうふ屋大楽』さんの寄せ豆腐を買ったので、それを酒肴にいただいたんですが、これが涙が出るほど美味しかった・・・。

 

 

 名倉山は普通酒、又兵衛は本醸造で、9日夜に志太平野美酒物語(焼津・松風閣)で浴びるほど呑んだ静岡吟醸とはまったく違うけど、なんていうのかな、労働の後の一杯だからなのか、思いを寄せた福島いわきの人々に愛飲されるレギュラー酒だったからなのか、とにかく立て続けに2合飲んでもノドにスーッと通って、素直でひっかかりがなくて、体中にしんみりと染み渡るようでした。

 

 私はこれまで、地酒の美味しさを、どちらかというと造り方や造り手の姿勢をみながら客観視するクセがありましたが、酒には、受けとめる飲み手の気持ちが美味しくするという不思議な作用があることを、再認識できました。

 酒が入って参加者が打ち解けた気分になって、それぞれ印象に残った話をしてくれました。

 

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「ブースを片付けて帰ろうとしたら、“今日は来てくれて本当にありがとう”とわざわざお礼を言いに来てくれた人がいた。その人は涙ぐんでいた」

「“母がまだ行方不明なの。でも今日は安倍川もちが美味しかった、ありがとう”と言われて目が熱くなった」

「黒はんぺんを美味しいと言ってくれた男性は、3人の子連れのお父さんで、寿司屋を営んでいたが店が流されてしまったそうだ」

「“静岡って本当にいいところですね、この3ヶ月間、ここに住むのが不安で名古屋方面に転居先を探していたけど、静岡も考えてみます”と言われた」。

 

 

 ブースに来てくださったいわきの方々は、明るくて大らかで我慢強いように見えましたが、こちらが差し出したものを受け取るときに、何か一言、自分たちの境遇を聞いてほしい、知ってほしいという本当の心の内を垣間見せてくれたように思います。我慢強いこの地の人々が、ほんの少し、心を縛った我慢の紐を緩められる・・・そんな時間を与えることができたなら、我々のミッションはひとつ意義があったのではないでしょうか・・・。

 

 いわきの人々の心根を知って、我々も「この人たちは、抱えきれない不幸をじっと堪えて生きているんだ」と解る。よく、ボランティアや支援物資を運びに行った人が、逆に励まされて感動したという話を聞きますが、これって本当のことですね。

 でもこちらが感動して自己満足して終わってしまっても意味がありません。福島の人々の痛みを理解し、寄り添い、継続してつながる努力をしながら、わが静岡の防災の在り方を真剣に考え、地域力の研鑽に努めなければと思います。