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最後の一句が語りかけるもの

2011-04-04 20:22:00 | 編集手帳



3月30日付 読売新聞編集手帳



  芭蕉の言葉という。
  〈平生すなはち辞世なり〉。
  門人路通(ろつう)が『芭蕉翁行状記』に書き留めている。
  平素の一句一句が辞世であると俳聖は言う。

  俳諧の高遠な思想は知らない。
  朝は無事であった人同士を夜には生者と死者に分けてしまったあの地震を思うとき、
  「常日頃、これが最後の一句と心得て言葉を紡げ」
  という芭蕉の教えには素通りできないものがある。

  夫と妻は、
  親と子は、
  最後にどんな言葉を交わしただろう。
  なかには口論をして、
  憎まれ口を利き合って永別した人もいたはずである。
  自分をあまり責めないで――と、
  新聞の犠牲者一覧を読みつつ、
  思う。

  最後の言葉を物に託して逝った人もいる。
  宮城県気仙沼市の妻(33)は、
  津波にのまれて亡くなった夫(33)の荷物から指輪を見つけた。
  ホワイトデーの贈り物に、
  こっそり買ってあったらしい。
  アルバム、日記、手帳…被災地では、
  倒壊した家屋から思い出の品々を泥だらけになって掘り出す人が大勢いるという。

  「ありがとう」か、
  「ごめんよ」か、
  「子供を頼む」か。
  残された品は家族の耳もとで何ごとかを語りつづけるだろう。
  泣けとごとくに。
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