3月31日付 読売新聞編集手帳
生まれてまもない君に、
いつか読んでほしい句がある。
〈寒き世に泪(なみだ)そなへて生れ来し〉(正木浩一)。
君も「寒き世」の凍える夜に生まれた。
列島におびただしい泪が流れた日である。
震災の夜、
宮城県石巻市の避難所でお母さんが産気づいた。
被災者の女性たちが手を貸した。
停電の暗闇で懐中電灯の明かりを頼りに、
へその緒を裁縫用の糸でしばり、
君を発泡スチロールの箱に入れて暖めたという。
男の子という以外、
君のことは何も知らない。
それでも、
ふと思うときがある。
僕たちは誕生日を同じくするきょうだいかも知れないと。
日本人の一人ひとりがあの地震を境に、
いままでよりも他人の痛みに少し敏感で、
少し涙もろくなった新しい人生を歩み出そうとしている。
原発では深刻な危機がつづき、
復興の光明はまだ見えないけれど、
「寒き世」は「あたたかき世」になる。
する。
どちらが早く足を踏ん張って立ち上がるか、競争だろう。
原爆忌や終戦記念日のある8月と同じように、
日本人にとって特別な月となった3月が、
きょうで終わる。
名前も知らぬ君よ。
たくましく、
美しく、
一緒に育とう。