4月16日付 編集手帳
その自由律俳句が書かれた額を見たのは4年前、
兵庫県西宮市に朝日新聞阪神支局を訪ねたときである。
ゆたかな筆勢をもって壁に掲げてあった。
〈明日(あす)も喋(しゃべ)ろう 弔旗が風に鳴るように〉
暴力に屈することなく、
明日も喋り、
書く…。
支局に押し入った何者かの散弾銃によって記者2人が殺傷されたあと、
同僚の記者たちはこの句を誓いの言葉にして事件の取材にあたったと、
支局長さんからうかがった。
一句の作者は群馬県伊勢崎市在住の詩人、
小山和郎(かずろう)さんである。
被災地に余震のつづくなかで、訃報に接した。
78歳という。
言論テロと大震災は一緒にできないが、
喋らせまい、
書かせまい、
とする圧力を内に蔵していることではどこか似ている。
言葉を扱って生業とする人ならば誰しも一度は、
津波が押し寄せるあの映像を前にして呆然と立ち尽くしたに違いない。
「これを言葉で伝えられるだろうか…」
「言葉の力にも限界があったのか…」と。
かく言う小欄も、無力感に襲われた一人である。
風に鳴る弔旗の数は尋常ではない。
明日も書こう――
小山さんの句を叱咤(しった)の鞭(むち)に借りて、
わが胸にあててみる。