「故郷の山に向かいて言うことなし、故郷の山はありがたきかな」と言うのは啄木だが自分にとって故郷は東京に出てから5、6年で消滅した気がする、
いわばホームシックみたいな時期が終えればそんなものだったかもれない、
60を過ぎてからたまたま太陽光の開発に関わり、出身地のメリットで幾つか関わる事になり行くついでによって来るようになったが故郷の景色はさっぱりと様変わりしていて自分が見ていた山は全く違う様相である、
山に向かいては別な意味で「言うことなし」である、
まあ60年だ、木は育つし植林は伐採されている、子供の頃はなかった高圧鉄塔は並んでいるわ、挙げ句の果てには新東名のSAは出来る、此処はガキの頃チャンバラの城だったのだが砦なんかは削られ堀は埋められて駐車場である、
曲がりくねった泥道は粗まっすぐに付け替えられてきれいな舗装道路になった、
平日の昼間だから人は誰もいない、まあこれはあの頃から同じか、
出ていった者にすればノスタルジーだが住んでいる者にとっては現実だから変わらないほうがおかしいからそんなもんだが「故郷」は想いも現実も遠い昔の感傷でしか無い、
ついでに啄木で言えば「遠くに在りて思うもの、異土の癩になろうとも帰るところにあるまじや」で言えば自分には納得する部分もいある、
「石持て追われる如く」と言う程の事はなかったが帰った所で歓待してくれる親戚も親しい友人もない、
かと言って故郷に旗を飾るというほどの思い込みもない、
15歳で上京しすでに55年だから当たり前でも有るが老後もし一人になるとしたらやはり都会より田舎が住みやすいかもしれない、
一方、時間を気にしないで何処にでも行けるし、行く場所も不自由しない都会暮らしに慣れ親しんだ自分が暮らせるかも不安は有る、
何れにしても連れ合いは東京生まれの東京育ち、生きている限り絶対に東京から動くことは無いだろう、
平均寿命でゆけばこっちが先に逝くことは間違いないだろうからそんな事を悩むこともないだろうがちょっと憧れもある
いわばホームシックみたいな時期が終えればそんなものだったかもれない、
60を過ぎてからたまたま太陽光の開発に関わり、出身地のメリットで幾つか関わる事になり行くついでによって来るようになったが故郷の景色はさっぱりと様変わりしていて自分が見ていた山は全く違う様相である、
山に向かいては別な意味で「言うことなし」である、
まあ60年だ、木は育つし植林は伐採されている、子供の頃はなかった高圧鉄塔は並んでいるわ、挙げ句の果てには新東名のSAは出来る、此処はガキの頃チャンバラの城だったのだが砦なんかは削られ堀は埋められて駐車場である、
曲がりくねった泥道は粗まっすぐに付け替えられてきれいな舗装道路になった、
平日の昼間だから人は誰もいない、まあこれはあの頃から同じか、
出ていった者にすればノスタルジーだが住んでいる者にとっては現実だから変わらないほうがおかしいからそんなもんだが「故郷」は想いも現実も遠い昔の感傷でしか無い、
ついでに啄木で言えば「遠くに在りて思うもの、異土の癩になろうとも帰るところにあるまじや」で言えば自分には納得する部分もいある、
「石持て追われる如く」と言う程の事はなかったが帰った所で歓待してくれる親戚も親しい友人もない、
かと言って故郷に旗を飾るというほどの思い込みもない、
15歳で上京しすでに55年だから当たり前でも有るが老後もし一人になるとしたらやはり都会より田舎が住みやすいかもしれない、
一方、時間を気にしないで何処にでも行けるし、行く場所も不自由しない都会暮らしに慣れ親しんだ自分が暮らせるかも不安は有る、
何れにしても連れ合いは東京生まれの東京育ち、生きている限り絶対に東京から動くことは無いだろう、
平均寿命でゆけばこっちが先に逝くことは間違いないだろうからそんな事を悩むこともないだろうがちょっと憧れもある