首都圏は緊急事態宣言が2週間延長となりましたが、新規感染者数は完全に下げ止まり状態・・・
このままの状況が続くと、緊急事態宣言の解除も難しくさらに延長される可能性さえも出てきました。
そして、その余波で来週の金曜日から「金沢」に行く予定であった息子の修学旅行の中止が決定となりました。
人生最後の修学旅行でもあり是非行かせてあげたかったのですが、残念ながらこればかりはどうしようもない。
東日本大震災からちょうど10年を迎え、死者や行方不明者、関連死を含めると22,000人にも上る被害者・・・
そして今なお避難生活を送っている40,000人以上もの人のことを思うと、この位は受け入れないとですね。
例年の修学旅行は、10月に5泊6日で中国(チャイナ)組と九州組に分かれて実施されているのですが、
去年6月の時点で10月の実施が見送られ、春休みに2泊3日に短縮してのリベンジ計画が進められてきました。
東京~金沢間が北陸新幹線でも2時間半のところ、移動時間をより短くするために飛行機を使うことが決まり、
班分けも済み、班ごとの行動計画も出来上がって後は出発を待つばかりだったのですが・・・
息子にとって人生最後の修学旅行が実にあっけなく消えてしまったのが残念なのはもちろんですが、
「金沢」への旅行が中止となったのは人生で2度目となり、つくづく縁遠い場所となってしまいました。
アッピアがまだ存命中に一度「金沢」に旅行に行く計画を立てたのですが、何かの事情で行けなくなりました。
アッピアに「どこか行きたいところある?」と訊かれ、即答で「金沢」と答えたことを思い出します。
息子が「金沢」に行ったことがないのはもちろんのこと、私も北陸三県で石川県だけはまだ行ったことがなく、
「能登半島」と「金沢」はいつか必ず行きたいと思う場所の筆頭になっていました。
「金沢」は、五木寛之が奥さんの出身地であることから5年ほど移り住んだ場所で、よくエッセイにも登場します。
その「金沢」にまつわるエッセイを集めた「金沢さんぽ」という本があり、私の金沢のイメージは完全にそれ・・・
「金沢」の地で小説を書き始め、直木賞の「蒼ざめた馬を見よ」や「青春の門」などのベストセラーが生み出されます。
彼の描く「金沢」は落ち着いた風情と温かい人情の交差する街で、一度はここに住んでみたいなと思わされます。
私の仕事は1年程度の全国的な長期滞在の可能性があるのですが、今は息子を置いて行く訳にもいかず、
息子が高校を卒業するまでは長期滞在を免除してもらっています。
その免除が解けたら、「金沢」に行ける可能性があるのであれば真っ先に手を挙げたいなと思っているのですが、
コロナ禍の日本の中でも感染者も少なく首都圏よりも普通に近い生活が送れそうですね。
そして、オフィスでは昨年から新卒2年目の人と一緒に仕事をしているのですが、彼女が「金沢」出身。
彼女の話すイントネーションが、時々名古屋弁でもなく、関西弁でもなく、東北弁でもない独特の金沢弁に・・・
温かくて何とも可愛げのあるイントネーションが、またまた私の「金沢」への思いをより一層掻き立ててくれます。
「きっといつかは金沢・・・」息子の仇は必ず親の私が取ってやると勝手に誓った春の始まりでした。
2021年3月12日
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このままの状況が続くと、緊急事態宣言の解除も難しくさらに延長される可能性さえも出てきました。
そして、その余波で来週の金曜日から「金沢」に行く予定であった息子の修学旅行の中止が決定となりました。
人生最後の修学旅行でもあり是非行かせてあげたかったのですが、残念ながらこればかりはどうしようもない。
東日本大震災からちょうど10年を迎え、死者や行方不明者、関連死を含めると22,000人にも上る被害者・・・
そして今なお避難生活を送っている40,000人以上もの人のことを思うと、この位は受け入れないとですね。
例年の修学旅行は、10月に5泊6日で中国(チャイナ)組と九州組に分かれて実施されているのですが、
去年6月の時点で10月の実施が見送られ、春休みに2泊3日に短縮してのリベンジ計画が進められてきました。
東京~金沢間が北陸新幹線でも2時間半のところ、移動時間をより短くするために飛行機を使うことが決まり、
班分けも済み、班ごとの行動計画も出来上がって後は出発を待つばかりだったのですが・・・
息子にとって人生最後の修学旅行が実にあっけなく消えてしまったのが残念なのはもちろんですが、
「金沢」への旅行が中止となったのは人生で2度目となり、つくづく縁遠い場所となってしまいました。
アッピアがまだ存命中に一度「金沢」に旅行に行く計画を立てたのですが、何かの事情で行けなくなりました。
アッピアに「どこか行きたいところある?」と訊かれ、即答で「金沢」と答えたことを思い出します。
息子が「金沢」に行ったことがないのはもちろんのこと、私も北陸三県で石川県だけはまだ行ったことがなく、
「能登半島」と「金沢」はいつか必ず行きたいと思う場所の筆頭になっていました。
「金沢」は、五木寛之が奥さんの出身地であることから5年ほど移り住んだ場所で、よくエッセイにも登場します。
その「金沢」にまつわるエッセイを集めた「金沢さんぽ」という本があり、私の金沢のイメージは完全にそれ・・・
「金沢」の地で小説を書き始め、直木賞の「蒼ざめた馬を見よ」や「青春の門」などのベストセラーが生み出されます。
彼の描く「金沢」は落ち着いた風情と温かい人情の交差する街で、一度はここに住んでみたいなと思わされます。
私の仕事は1年程度の全国的な長期滞在の可能性があるのですが、今は息子を置いて行く訳にもいかず、
息子が高校を卒業するまでは長期滞在を免除してもらっています。
その免除が解けたら、「金沢」に行ける可能性があるのであれば真っ先に手を挙げたいなと思っているのですが、
コロナ禍の日本の中でも感染者も少なく首都圏よりも普通に近い生活が送れそうですね。
そして、オフィスでは昨年から新卒2年目の人と一緒に仕事をしているのですが、彼女が「金沢」出身。
彼女の話すイントネーションが、時々名古屋弁でもなく、関西弁でもなく、東北弁でもない独特の金沢弁に・・・
温かくて何とも可愛げのあるイントネーションが、またまた私の「金沢」への思いをより一層掻き立ててくれます。
「きっといつかは金沢・・・」息子の仇は必ず親の私が取ってやると勝手に誓った春の始まりでした。
2021年3月12日
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