河口公男の絵画:元国立西洋美術館保存修復研究員の絵画への理解はどの様なものだったか?

油彩画の修復家として、専門は北方ルネッサンス絵画、特に初期フランドル絵画を学んできた経験の集大成を試みる

はみ出し者の生き方Ⅰ

2017-11-28 10:33:15 | 絵画

前回は自分を取り巻く社会環境への不満を書いたが、本来はみ出し者にとって、身の回りの出来事に右往左往するメンタルはふさわしくない。しかしどうしても、島根県浜田市という小さな町で生きていくうえで感じたことを、知り合った友人の為にも考えないわけにはいかない。(自分としては高校卒業までを過ごした山口市に引っ越したいのだが・・・)

この小さな町は、この国の地方の衰退の典型でもある。2030年には行政区として、人口減少、住民の老齢化、税収減と、これまでの自治体の体を成さなくなるといわれている。そんな町はあらゆるところに見つかるだろうが、自民党が言ってきた「地方創生」は形ばかりで、高市早苗が総務大臣では(改造後、野田聖子になっていた)、上から目線で眺めているだけだろう。ふるさと納税では、本来自分の故郷に貢献する制度であったろうに、特産品と税金を交換する特典が、小さな町にとって過激な競争で浮き沈みの激しい競争がおきて、あらぬ方向に行ってしまったが、地方を活気づけたことは確かだ。一方でやる気のない、あるいは担当者の無能で差がついていたことも明らかだ。地方創生は特産品のあるなしだけではなく、担当者の資質のあるなしも見えるようにしただろう。

この町で一番の問題だと思うのは、行政のレベルだ。地方では行政が上から目線で住民にものを言う。彼らはなるほどこの町の最も安定した高給取りで、生活不安のない連中だ。行政の問題点を見つけて新たに取り組もうとする気持ちはゼロに近い。そもそも地方行政の在り方を勘違いしていて、「市民を管理指導する」ことが仕事だと思っていて、「上から与える」態度が出来上がっている。朝昼晩と防災無線で時報音楽を流し、「浜田市民の歌」を無理やり聞かせるのは「市民に向けて行政の側からプッシュすることの一つ」と担当者ははばからず言う。これで市民に対して、「市民意識の高揚を図る」のだそうだ。これを「押し付けは強制」だと思わない。他にも教育委員会が「いじめがあったとは認識していない」と答弁するのを、あちこちのニュースに登場するのも、日ごろから自分たちは「偉い」と思い込んでいて、プライドの高さから頭を下げる方向に、まずは向かわないのが日本の行政機関の性格を象徴している。外の世界が観たいものは都市に出てしまう。そこで活動し故郷は遠くなってしまう。この国の政治は中央集権主義だから、地方から資質のある者が居なくなるのは自明のことだ。(この町にも結構多くの住民が、一度も東京に行ったことがないと言う)

何故、地方がこのような性格を示すのか明らかだ。とにかく体系を見ることが出来ないのは、町の外の世界を知らないというか、観ようとしない地方に残った人たちの閉鎖性が原因だ。外からIターンで来た者たちからすれば「井の中の蛙」でしかない。その井戸の中では「自分は偉い、権力を与えられている」と勘違いしている。正職員と非正規職員との態度の差もあからさまだ。市の職員の態度は街の住民の態度にも反映してしまうから悲しい。この町は特に、平らな土地が少なく、山が海近くまで迫っている漁師町だから、他人には本心を言わない漁師の性格(どこで大漁であったか、絶対口外しないのが当たり前になっているのだ)があって、まず自分の利益確保が生活のベースにある。そのための他者の排除は当たり前だ。

この町でお互いの信頼関係を大事にしたいと思っている人たちもいるが、大方失望を味わい諦めて過ごしている。そういう人が友たちになってくれた。ここに書いた私の町に対する批判も、彼らの失望を理解しての内容だ。普通は誰しも自分の住む町に「良くあってほしい」と願うもので、自然な欲求だ。私は彼らの欲求をもっと掘り起こしたいと思った。なぜなら批判精神亡くして明日が無いように思えるからだ。

思考停止する人々

くたびれると人は休む者だが、最初からずっと休み続けている人もいる。日常生活で考えること、感じることがあまりない人々は、つまり変化のない日常の繰り返しに、精神性に刺激が失われる。それは生活環境の変化が乏しいということだが、それはその者の欲望の乏しさで、自分の中から外界に積極的に接点を持たずに生きているということだが、原因は個人の性格の他に、周囲の環境から刺激が少なく反応がしにくいということの他、外から人為的に規制を押し付けられたことで、変化を感じ取りにくい状況にも起因すると思う。

人為的なものとは、相手との力関係によって、強い者の指示をそのまま受け入れることを意味する。追従することで自発的に考え、感じることをせず、楽な道を選んでいるのだ。「忍従」と言う言葉もある。日本人の国民性として、裁判官の間で認識されている要注意事項だ。物事のあり様に発展性を求めても、今まで通りで良いと考え受け入れる。権力が言うまま成すがままで、多くの国民が自分のことを考えず、リベラルであることを望みもしない。「忍従」は権力者の思うつぼで、集団の価値観を押し付けるにはもってこいの国民性だ。個人性を求めないからだ。基本的人権を制限しようとする「憲法改正論者」の思惑以前に、自ら人権を求めない人が居るのだから。この国の民主主義は危うい。

私は思考停止した人たちが描く絵を見て悲しく思った。

この島根県の西に当たる石見地方に含まれる浜田市と県政の中心である出雲地方(松江や出雲市など含む島根県の東地区)と距離的にかなり離れ、都市と地方の差をさらに感じさせられる。ここは文化圏も長州(山口県)萩文化圏である益田市、津和野町とは、それらの中間に当たり文化圏も隔絶している。市の標語は「人が輝き、文化が香る町」ということだが、街中を流れる浜田川の護岸工事で石垣を取り去り、コンクリートにし、川沿いにあった大正期の木造建築の旅館を解体撤去し、やはりコンクリートの建物にしてしまい、奉行所跡の木造建築や池も失わせてしまう町である。元より浜田城の城主は徳川の血筋、松平の殿様で、長州征伐で大村益次郎率いる長州軍に返り討ちにあって、城と街に火をつけて遁走したので、日本的な景観も文化的遺物も見る影もなかったであろう。おりから1874年(年数は不確か)には浜田地震が沖合の海で発生。民家は倒壊、死者は2500名を超えたと聞いている。そのせいだとは言いたくない。

要は文化的意識が薄く感じるのだが、町のあちこちで週末には石見神楽の太鼓の音が時々聞こえる程度だ。この伝統芸能が町を支えることはできない。音楽が盛んであることも聞かない。美術に関しては、友人の画材屋さんのところに案内が少しある。前回、私が市の美術展に参加した話を書いたが、あれが町一番の活動で、他に港の片隅でグループ展が行われている。このグループに属することは、意外と簡単ではないのだが、この町には東光会と呼ばれる美術団体に属する人が多いのだそうで、美術館関係者の話によると「学校の先生」が主軸の美術団体で・・・・と聞いて、そうかなるほど難しそうだと理解した。岡山大学の教育学部を出た教員が多いという話を書いたと思うが、高校教師には戦後は代用教員が美術を教えていたような時代があって、その教え子たちは田舎の町で、絶対的な教え方をする教師に教わった人たちが大勢いたのである。美術を始めたばかりの生徒は、先生の言うことは初めて聞く美術の世界に従うのみであった。広く美術の世界を知りえた教師から教えられるのならともかく、「西洋美術の古典の世界から学ぶことはない」「個性が失われる」などと教えてしまう者が絶対的な存在であったことが、この町の「表現様式の一部」にまでなっている現状を見て、絶句してしまう。

今日の話であって、戦後直ぐの話ではない。広く欧米の歴史も、文化も学ぶことが出来、海外旅行で様々な美術品を納めた美術館、博物館を訪ねることも出来る時代だ。画集もネットで見るほどに色彩が良くなってきたし、それらを見て何も感じないで、考えることもないとしたら、人生は何であろうか?

小さなグループだが岡山大学の教育学部を出て、高校教師もした人たちが、それ以前のだ織要教員をして生きた人と同じ考えで、グループに参加している人たちに、教えるのである。「こんなのは絵じゃない」「薄く描かずにこってりと厚塗りしろ」「8号以下の筆は使うな」とか・・・・。40年もグループで絵を描いている女性が私に近寄って来て、絵を見て欲しいという。題名は「リンゴ」であったが、赤いものが中央にあるだけで、トマト、柿、リンゴでも何とでも言えるが、それ以外の赤いものであもあり得た。「いきなりぶっつけで描きましたね?」というと、笑ってうなづいた。このグループに共通しているのは、下描きデッサンもなく、つまり作画の計画もなく、エモーショナルに始めてしまうことだ(そこに値打ちがあると教えられている)。だからプロセスも完成も見えない。元より考えていないのだから、完成しようがない。欠点が見え見えなのだから、それを言ってあげるしかない。「モデルさんが休んでいるときにバックは描いたほうがいいです」「ポーズ中にバックを描くなんて受講料がもったいないじゃないですか?」と言ったのは、彼女がバランスを無視したバックを描いているのが見えたので、そう助言した。彼女が描いている現場にいたわけでもないの、それが見えることに不思議がっていたが、要するにモデルに気が集中していないからばれるのだ。この女性の絵画は40年前とあまり変わらないだろうと思う。

彼女は私の絵を見る機会があったが、何も言葉を発しなかったと友人は言っていた。その言葉に反論されるのが怖かったのだろうと思った。人は自分の思った通り、つまり感じたとおりに感想を述べるべきで、自分に自信を持つべきだ。彼女のように集団の価値観を押し付けられてきて、そこから自由に解き放たれられないことは悲しい。この人の眼の前にくっついた「うろこ」を掻き落としてあげたい。一気に絵が変わるだろう。

折角生まれて来て、楽しいはずの人生が、どんより曇っていたのではつまらない。空は真っ青に晴れているものが良い。もし自分に押し付けられたものがあれば、振り切って空の青さを感じるが良い。