河口公男の絵画:元国立西洋美術館保存修復研究員の絵画への理解はどの様なものだったか?

油彩画の修復家として、専門は北方ルネッサンス絵画、特に初期フランドル絵画を学んできた経験の集大成を試みる

反逆天使の墜落

2021-06-17 22:47:21 | 絵画

ピーター・ブリューゲルの作品に《反逆天使の墜落》という板絵がある。私はこの作品を1975年頃にブリュッセル王立古典美術館で一年がかりで模写した。この作品は大天使ミカエルが神の使いとして聖書の黙示録の物語にある終末の裁きを反逆の天使たちを天国から追い落とす場面を描いたものだ。悪に染まった天使は化けの皮を剥がれて魑魅魍魎(ちみもうりょう)となって地獄へおちるのだが、彼らは毒を持ったイナゴに刺され、額に悪人の印をつけられる。

西洋のキリスト教にはダンテの《新曲》に表された地獄へ悪人が落ちるという思想が絵画を通して人々に伝えられた。文字が読めなくても絵画であればと画家たちはイメージを作り出した。特にブリューゲルの絵画はヒエロニムス・ボッシュの表現イメージの強い影響で死や地獄を表した。

私はいつの間にかその影響で絵を描いている。美術館という職場では修復家として所蔵作品の保存修復に携わったが、家では他人には見せない絵の世界に没頭した。「生や死」がテーマで、自分の中に溜まっていく世界観が形になり色となる。

山口の大殿中学校時代に姉がいた美術クラブに入れてもらおうとしたら、担任に「自画像を描いてこい」と言われて、それを描いて姉に渡したら、担任に「グロテスクだ」と突き返されたと・・・私の自画像を持って帰ってきた。このことは一生忘れない。私はグロテスクなものが好きなのだろう。学校から帰ると一直線に机に向かい絵を描いていた・・・・近所では「帰宅して直ぐ勉強をする感心な子」として有名であったが、何のことはない。

私に今も絵を描かせる何かがある。コロナで死ぬ人が居ると、人間の社会に落とされた、毒を持ったイナゴの、まるで神の制裁のようにも思えて苦しい。悪いことをしなくても無差別に平等に死を与えるのだから。

次は私の番さ。