河口公男の絵画:元国立西洋美術館保存修復研究員の絵画への理解はどの様なものだったか?

油彩画の修復家として、専門は北方ルネッサンス絵画、特に初期フランドル絵画を学んできた経験の集大成を試みる

怖ろしいものを見てしまった!!

2021-08-28 10:33:07 | 絵画

3年ほど前には30匹を超える猫たちが我が家には居た。殆ど野良猫出身であるが、我が家に上がり込んできた飼い猫出身もいた。ほんの2年前に何か流行性感染症のせいか、ばたばたと毎月のように亡くなって行った。毎回涙が出て「ううう・・・」とうめきながら墓穴を庭中に掘って埋葬した。中には遺体も分からない何処かに消えて行ったものもいる。消えたものたちは実に元気なうちに居なくなって、「我が家が嫌になったのだ」と言い聞かせて自分を慰めた。

今年の一月二日、寒波が来て天気は大荒れで、多くの猫は嵐が静まってから帰宅したが、いつも夕刻の食事時には顔を見せる子が帰って来なくなった。この子を皮切りに八月までに8匹が減った。元気な行方不明が4匹、具合が悪そうで医者に連れて行くのが間に合わなかった、あるいは捕まらずに死んでしまった子猫3匹、この内、姉の葬儀から名古屋から帰宅すると居間のソファーの下で横たわる子猫には「うじ」がわいていた。遺体が見つからなかった子猫は隣との境の側溝付近で「死臭」がしばらくしていて、遺体を捜したが見つけられなかったが、3日もしたら死臭は消えた。

それから間もなく庭の通り道に猫の白骨遺体が落ちていた。恐らく草むらで亡くなった子の白骨化したものが首輪とともにカラスが持ってきたのだろう。いや、亡くなった青ちゃんが「ここにいるよ!」と訴えてきたのかも知れなかった。

8月に入ってから、長年連れ添った猫が体調不良で動けなくなって、食事もとらなくなった。医者に連れて行き、点滴と抗生剤の注射をしてもらった。点滴は水分補給には役に立ったが、抗生剤は必要でもなかった。二度ばかり点滴に行ってから、二日目に「ぎゃー」と大きな悲鳴を上げて後ろにのけ反って痙攣して、そのまま果てた。私の目の前で最期を迎えた。温かい遺体を私はしばらくなぜてやった。

もう墓穴を掘るのが嫌だ。なんでみんな死んでいくのか!!

でまた、15年から付き合ったトラが具合が悪くなって、また医者に連れて行って点滴とビタミン注射、抗生剤の注射をしてもらった。もう彼は食事をしなくなっていて、危なかった。帰宅すると二日間意識もなく寝込んだ。もう駄目だろうと思って、家の庭に穴が掘れる場所を捜した。石だらけでツルハシで掘らなくてはいけない場所はあった。三日目にしてトラは目を覚まして、小さな声で啼いた。「なんだ生きているじゃないか」「おいチュールを食うか?」と聞くと、また小さな声で啼くから・・・なんと3本食べた。いや食べるというより、殆ど水分でしかないから、水を飲んだようなものだが・・・ひょっとしてまだ生きる気があるのかと・・・。食事を取らなくなったのは、どうも歯が痛かったようで、口の周りによだれが付いていて、硬い物は食べれないようだった。しかし危篤状態ではなくなって・・・「コノヤロー!!心配させやがって!!」と言ったら涙が出た。

その後彼は随分元気なってきた。

それから、この先が本題の出来事だ。多くが死んで行ってとうとう一桁になってから。気が付いたら、触れない野良のまんまのメス猫がどうも妊娠していると気が付いた。また数匹増えると・・・喜んだ!!

一昨日の朝、テレビのある部屋の畳の上に、生まれたばかりの子猫が二匹落ちていた。よーく見ると生きているようだったが、一匹は動かない・・・「おーい、ともちゃん、何処に行った??」とえらいこっちゃ・・・生まれたっばかりの子をほったらかしで何処に行った!!・・・と捜すと捜すと簡易ベットの下に母親と他に二匹の子猫がいる。とにかく子猫をつかんでベットの下に入れた。母猫はお腹がすいているに違いないから、またチュールとカリカリを皿に入れて目の前に置いたら食べていた。やれやれ、一度の4匹増えたぞ!…と思ったら。翌日の朝にそっと部屋を覗いたらベットの横にまた一匹がはみ出ていて、死んだように動かない・・・生まれたばかりでは活発に動くことはない。

そこで、またベットの下に押し込んでと思って、覗き込んだら・・・・。

なんと、母親のともちゃんが昨日元気だったキジトラの赤ん坊を「食べていた」のだ。

「ひいぇー!!」「わっ!!こりゃなんだ・・・・」ともちゃんは子猫の半分をむしゃむしゃと食べ続けている。

兎に角、気持ちが悪くなって、立ち上がって部屋から離れた。昨日は4匹みんな生きていたのに・・・。なぜだ。

いや、これまでにも何度か同じようなことはあった。母屋の倉庫代わりにしている奥の部屋で何匹か子猫を産んだ母親が子供を食べて「頭」だけ見える場所に放置していたことがあった。他には胎盤が付いたままの子猫が6匹畳の上に放置されていた。母親は初産で対応が出来なかったようだ。

野良猫の世界ではメス猫が子連れでいることは、大きな危険を伴う。盛の着いたオス猫がやって来て、子猫たちを食い殺してしまうことがあって、メス猫は産後の苦労を一手に背負うのである。家猫でオスとメスが同じ場所で飼われていれば、オスは子猫が自分の子であることは分かるようであるが、生後4週間ぐらいは別の部屋で育ててからお披露目というのが常識みたいだ。家のメスたちも子猫が乳離れする時期には私に子猫たちを見せに来る。「きゃー可愛い!!」とか言って触ろうものなら、猫パンチされる。それほど親は気を使っている。

だが、ともちゃんは子猫を残さずきれいに食べてしまった。今朝、ベットの下を覗いたら、子猫が3匹いた。いや、これからどうなるやら・・・。わたしはホラーは嫌いだ。もうこの先を考えたくない。

ここに続きを書くと、また翌日の朝、一匹の子猫が畳の上に横たわっていた。首に怪我をしている様な傷がある。もう生きていない。ともちゃんはこの子をはじき出したのだ。「ああまた減った・・・」予想されたとおりだ。食べるよりいい。

動物によって、自分の子が死ぬと、像のようにたとえ群れから離れても、子象が生き返るのを待っているように、子象の横に立ち尽くし続ける母親もいる。死臭をかぎつけたハイエナやハゲタカ、他の肉食獣が集まってくるのを追い払いながら。しかしもう生き返らないと悟ると、そっと子象から離れ、後をハイエナたちに任せるのだ。これが野生だが、草食動物と肉食動物では違いがあるようだ。

ともちゃんは自分の子を「間引いたのか」どうか、ただ死んだ子が他の肉食獣に食べられないように、また残りの子に危害が生じないように遺体を消し去ろうとしたのか・・・・分からない。

畳の上に放り出された子は直ぐに私が埋葬する。小さな穴を掘る。

ベットの下を覗くと、ともちゃんのお腹に吸い付く二匹の子猫がいた。只無事に育つのを祈るばかりだ。

行政は「どんどん増えるから、野良猫にはエサをやらないように」と言うが、それは動物愛護法に違反している。そんなに増えるわけはない。私はこの10年の間に家で生まれた子をどれほど失ったか・・・・。家で食事や寝場所があっても、猫たちの生態は過酷だ。

それに野良ネコは「野生の猫」とは違う。野生の猫にエサをあげてはいけない。しかし野良ネコは遺棄された犯罪被害者だ。その子たちに「エサを与えるな」とは更なる犯罪だ・・・。と市役所に手紙したら「改めます」と返事が来た。その後、、去勢不妊手術の補助金が一匹当たり5千円出るようになった。これは自分の圧力のお陰だと「したり顔」をしてみる。

今日も猫を棄てる人がいる。見つければひらう。時に我が家に子猫を投げ込む人も居る。自発的に我が家にやってくる成人した子も来る。「来るもの拒まず、去るもの追わず」

命ある限り長生きして欲しい。