4月から東京の美術学校、A美術学院で『変容・Metamorphosis』という新授業が始まった。
この学校は3年制の専門学校でデザインとファインアートの専門課程があるが、僕が担当するのは1年生の基礎学年の授業である。描写表現実習として自然物の細密描写や心の中の世界を描くイメージ・ドローイングなど、いくつかの授業とリンクして行われている。昨年までは野外での自然物描写(スケッチ)を担当してきたのだが、年末に専任のF先生より「学生の質が変化してきているので、野外スケッチ授業は今年限りとして新学期から教室内の授業を担当してほしいのだけど、物を描写することを根底とする何か良い授業のアイディアはないですか」という依頼があった。少し考える時間をおいて「アニメやゲームなどサブカルチャーが日常化している若い学生たちに『変容・Metamorphosis』という課題ではいかがでしょうか?たとえばテキストにマニエリスムの画家、アルチンボルドなどを見せたりしてはと思っているのですが」というアイディアを出したところ即答で「それはおもしろい!今日的なテーマでもあるし学生も興味を持つと思う。その方向でいきましょう」と2つ返事をいただいた。
ジョゼッペ・アルチンボルド (Giuseppe Arcimboldo, 1527-1593)はイタリア・ミラノ出身の16世紀マニエリスムを代表する画家で植物や動物などで構成、変容された肖像画が代表作として知られている。この時代特異な画風で一世を風靡した。時のヨーロッパの王族の目に留まり宮廷画家となった。その中でもルドルフ2世は最大のパトロンで多くの作品がコレクションされている。わが国でも少し前に文学者などが紹介したことでブームとなり、最近では変容表現の代名詞的な存在となりつつある。実は僕自身30代に『変容・Metamorphosis』と題した銅版画の連作を50点以上制作している。
「この課題内容はたして今の学生たちの心に伝わるだろうか…」寸前まで不安が残った。ところが心配など吹き飛んでしまった。ガイダンスでアルチンボルドの作品を投影し、課題内容の説明をしてアイディアスケッチが始まるとあれよあれよという速さで自然物などで構成された未知の生物が生み出されていくではないか。「飲み込みが速い!」 最初の授業の昼休みF先生と顔を見合わせて「うまくはまったねぇ」と言い合った。こちらの小さな心配などどこ吹く風、今の学生にはこうしたファンタジー的な想像力を膨らませることなど日常の感覚になりつつあるのだろう。逆に指導するこちら側が毎回どんな作品が生まれるのか楽しみになってきている。画像はトップがアルチンボルドの代表作『春』の部分。下が同じく『夏』の部分と美術学校内の風景。