長島充-工房通信-THE STUDIO DIARY OF Mitsuru NAGASHIMA

画家・版画家、長島充のブログです。日々の創作活動や工房周辺でのできごとなどを中心に更新していきます。

237.『東京にハクガン飛来す』の巻

2016-03-23 21:38:17 | 野鳥・自然

毎年、晩秋から冬になると東京近郊の野鳥仲間の間でさまざまな「鳥情報」が飛び交う。関東周辺で数少ない冬鳥や珍鳥の出現数の多い季節なのだ。まだ観ていない観察種を増やしたり、貴重な迷鳥の記録写真を撮影したりとバーダー(野鳥観察者)にとってもっとも忙しい時期ともいえる。なかなか腰の重い僕の元にも昨年の秋が深まる頃から冬にかけてさまざまな鳥情報が入ってきた。

ここでご紹介するのはその中の一つ。例によってメールや口コミで情報の飛び交う中、ある鳥友(ちょうゆう)と会った時、「北千住にハクガンが3羽出ているよ」と唐突に言われた。「えっ、北千住?ハクガン!?」一瞬わが耳を疑った。「北千住と言えば思い浮かぶのは駅周辺の飲み屋街、赤ちょうちんと焼き鳥を焼く煙だし…ハクガンと言えば日本では稀な冬鳥だし…いったいどこでこの二つが結びつくんだい!?」と質問すると鳥友はゆっくりとした丁寧な口調で詳しく語りだした。「北千住と言っても駅からは離れた荒川の河川敷でハクガンは幼鳥が3羽である。10月の下旬から出ており人に警戒心がほとんどない」とのことだった。その場は「ふぅん」とたいして感心がないように装って別れた。

以前は友人知人からの情報で珍鳥が出たと聞けば飛んで観に行ったものだが、近頃、珍鳥というものにあまり関心がなくなってしまった。そうした現場に行けばインターネットと携帯電話の普及によりあっと言う間に情報が伝わり何十人、何百人と人が集まり、たちまち超望遠レンズの砲列が並ぶ。こうした中に身を置いて小さな珍鳥が出現するのを待っている空間に嫌気がさしてしまったのだ。最近では「もっと普通に生きている鳥を詩的に観たい」などと言って自分自身の気持ちを納得させている。

ところが、ハクガンは別である。長い間、憧れていた鳥である。1989年にアメリカの自然写真家であるギャレンバレルという人が『ハクガンは再び~When the SnowGoose are gone』という写真集を発表し、和訳されたものが日本でも出版された。その頃日本で野鳥写真と言えばカリカリにピントのあった生態的なものが主流だったが、このバレルの写真集は違っていた。風景的であり、物語的であり、抒情性もあった。それまで生態写真ではタブーとされてきたハイキーな画像や軟調なトーンのものなどを多く用いとても絵画性に富んだものであった。内容としてはアメリカのハクガンの越冬地である太平洋ノースウエスト地域の広大なライ麦畑の四季を追ったドキュメンタリーでハクガン以外にもさまざまな野鳥が登場する。「いつかこの写真集に出てくるようなハクガンの群れを観てみたい」こう思い続けてきた。そうこう思い出しているといてもたってもいられなくなり先月10日と今月18日の2回にわたって会いに行ってしまった。

飛来現場は荒川の河川敷にできた運動公園で野球場、サッカー場などがあるところだが場所によっては雑草が生え放題といったところもあり、ハクガンの若い3兄弟はここで四六時中歩き回っては冬でも青々としたロゼット植物やらクローバーやらの葉を短く丈夫な嘴で根こそぎ抜いては食べていた。ときどき、トビやハヤブサなどの猛禽が上空を飛翔すると警戒し立ち止まる。そして場合によっては川の水面まで3羽揃って飛んで行って身を守る。でも、しばらくするとまた戻ってきては草を食べ歩きそして休息するのを繰り返していた。行動する時はいつも3羽仲良くいっしょである。「ハクガン3兄弟」なのである。バーダーやカメラマン、犬の散歩の人、ジョギングの途中の人がすぐ傍にいても全く気にしないどころか”ククッ、ククッ”と小声で鳴いて彼らから近づいてくることさえある。ここまで人に慣れるととてもかわいい、家に連れて帰りたくなる。

ハクガンはもともと北アメリカおよびグリーンランドの北極圏、北東シベリヤのコリマ川下流域などで春から夏にかけて繁殖し北アメリカ東海岸および西海岸で越冬するカモ科のガン類で日本では数少ない冬鳥として北海道、本州、九州などで稀に記録されるなどとされてきた。この東京での記録も58年ぶりということだ。しかし近年では秋田県や新潟県の日本海側で数十羽~数百羽が越冬している。世界的にみると生息数がとても増えていて繁殖地であるツンドラ地域の植物を食べまくってしまうので有害鳥獣に指定されカナダやアメリカでは駆除の対象になっているらしい。その猟銃で撃たれる総数はハクガンの生息数のかなりの割合とも言われている。日本の鳥で言えば昔天然記念物で今は漁業の有害鳥獣となったカワウを想い浮かべてしまう。人間はいつだってそうだ。増えれば有害だとする。銃で片を付けようとするのはどこかの国の無差別爆撃に似ているじゃないか。有害有害と言ってもこの青く美しい星の上でもっとも有害な生き物はヒトではないのか。自分の同朋を殺すことが本能上できるのは多くの生物の中で「ヒト科・ヒト」だけである。他の動物はこれも本能上安全装置を持っているのだ。

目の前の黙々と草をはむ人懐っこい3兄弟を眺めながらハクガンの置かれた厳しい現状を想像してしまった。どうか春になったら無事に繁殖地のツンドラまで帰ってほしい。そしてハンターの銃弾を潜り抜けながら無事繁殖を済ませ、新しいファミリーで安全な日本に戻ってきてください。憧れの白く美しい姿をたっぷりと楽しませてくれて感謝しています。

画像はトップが東京の町を背景とした3兄弟。下が向かって左からカメラマンが来ても逃げないハクガン、2枚目、3,4,5,6枚目といろいろ、7枚目に顔のアップ。