前回に引き続き「春の渡り」のシギ・チドリの話題である。ゴールデン・ウィーク中にもう1か所、鳥見に出かける場所がある。それは千葉県習志野市にある谷津干潟国設鳥獣保護区である。ここは埋め立てによってわずかに残された干潟で現在も2本の水路により東京湾とつながっており、潮の干満がある。干潮時には干潟が広がり、この季節には渡り途中のシギ・チドリが観察される貴重な場所となっている。
5日の子どもの日。いつものように望遠鏡やカメラを入れたザックを背中にしょって電車に乗って訪れた。京成谷津駅を降りてテクテク歩いて行くと周囲は住宅地やマンション高速道路などで囲まれているのだが干潟からは風に乗ってツーンと潮の香りがしてくる。心地よい瞬間でもある。干潟の端に着くと潮が引いていてチラホラと野鳥の姿が観られた。近くにいた1羽を胸にぶら下げた双眼鏡で確認するとチドリ科のダイゼンが忙しく歩き回ってはゴカイなどの餌を捕えていた。今日の潮の状態は「中潮」と呼ばれ、ここでは正午頃、干潮となり17時過ぎに満潮となる。干潟の野鳥を観察するには、そこそこ良い「潮回り」となっている。時計回りに遊歩道を歩いて行くと東側に大勢の人たちが集まっている。ここは全国でも有名なシギ・チドリの渡来地で連休ということもあり、さまざまな団体による「探鳥会」が開催されている。そしてこの時期、普段なかなか会えない鳥仲間に再会することができるのも楽しみの一つだ。今日は千葉で長年野鳥保護に関わってきたH.T氏、児童文学者で鳥の本も多く執筆しているT.Kさん、水鳥の図鑑を執筆しているベテラン・バーダーのM.K氏、東京湾近郊の野鳥写真を撮影しているA氏などと挨拶をかわしシギ・チドリの情報交換をした。
南側にたどり着き、いつもの屋根つきのパーゴラで大休止。ザックから望遠鏡とカメラを取り出して腰を据え観察し始めた。潮の引いた干潟面や水路にはダイゼン、メダイチドリ、トウネン、ハマシギ、キョウジョシギ、オバシギ、オオソリハシシギなど種によって数に多い少ないがあるものの春の渡りの常連のシギ・チドリ類を観察することができた。しばらくすると、ここで40年以上、野鳥のカウント調査をしているI氏とそのグループに遭遇した。3日に工房近くの水田にシギ・チドリを観察に行った時、あまりの少なさに愕然としたことを話し、気になっていた干潟のシギ・チドリの生息状況について伺う。すると「ここでも同じだよぉ。ハマシギは最盛期の半数以下、メダイチドリは三分の一、トウネンなど普通に来ていたけど今日は10羽くらいしか観ていないよ。全国的な現象なんじゃないのかなぁ」という答えが返ってきた。そしてここでも越冬地、中継地、繁殖地それぞれの状態が悪化している話題が出るのだった。
鳥談議に夢中になっていた時、干潟の中央に集まっていた数種類のシギ・チドリの混群がいっせいに飛び立った。パーゴラで観察していたバーダーが、こちらもいっせいに上空を見上げた。「ハヤブサだっ!」誰かが叫ぶと恰好の良い猛禽類のハヤブサが上空から干潟面を獲物をめがけ急降下してくる。上がってはまた急降下を何度か繰り返すとハマシギ、オオソリハシシギ、ダイゼンを中心とした群れがパラパラッと飛び上がったかと思うと東京湾方面に出て行ってしまった。ほんとにパラパラッとだった。「これが15年ぐらい前の同じ時期だったら、ザーッという大きな羽音をさせて今の何倍もの数のシギ・チドリが飛び立ったんだが…、本当に少なくなってしまったんだなぁ」 ”キリッ、キリッ”聞き慣れた声がしたかと思うと、ここで最近めっきり数が減少しているカモメの仲間のコアジサシが3羽、水路から干潟に入ってきた。
さらに、観察と撮影を続けていると待ち合わせをしていた家内と次女がやって来た。I氏のグループと別れて観察センター内で開催中の知人でプロ・カメラマン、T.K氏の「野鳥写真展」で日本の美しい風景の中に生きる野鳥たちの姿を堪能してからレストランに移動しコーヒーとケーキで休憩。窓から見える淡水池にはエレガントなセイタカシギの番(つがい)が長いピンクの脚でゆったりと歩きながら移動していた。環境省編の「Red Data Book(日本の絶滅のおそれのある野生生物)」という冊子が出ている。この本は鳥類を始め哺乳類、魚類、昆虫類など日本に生息する絶滅のおそれのある生物が網羅されたリストなのだが、その危険度に応じて「絶滅危惧Ⅰ類」、「絶滅危惧Ⅱ類」などと分類されている。さきほど、干潟で観察したオオソリハシシギやコアジサシ、そして目の前にいるセイタカシギなどはこの中で「絶滅危惧Ⅱ類」に分類されてる。解説に「現在の状態をもたらして圧迫要因が引き続き作用する場合、近い将来『絶滅危惧Ⅰ類』のカテゴリーに移行することが確実と考えられるもの」とある。そしてこのⅠ類はというと「…野生での存続が困難なもの」とあるのでかなり危険な状況に置かれているということである。
平野部の水田や低湿地、そしてこの干潟などに生息する鳥類の未来を想う時、溜め息ばかりが出るこの頃である。目の前で池のセイタカシギを観ている二人に向って呟くように「日本産鳥類図鑑からシギ・チドリの姿が消える日がくるのも大袈裟ではなく、そう遠くはないかもしれないよ」と言ってみるのだった。
画像はトップが絶滅の危機に瀕している夏羽のオオソリハシシギ。下が向かって左からこの日の谷津干潟の風景、チドリ科のメダイチドリ、ダイゼン、シギ科のハマシギの群れ、キアシシギ、チュウシャクシギ、ハヤブサの登場に飛び立つシギ・チドリ混群、淡水池のセイタカシギ。