



富山県・八尾(やつお)の「おわら風の盆」に行ってきました♪
9月は誕生月だし、夏の間余り出かけられなかっただけに、
とても楽しみにしていたツアー。
9月の1日から3日まで行われるという風の盆は、
210日の厄日に五穀豊穣を祈って、3日間踊り
続けるというもの。
三味線と胡弓が奏でる哀愁を帯びた音色、高く響く歌声、
優美な踊りが一体となって、幻想的な世界が広がるのだとか。
以前から、ぜひ行ってみたいお祭りのひとつだったし、
高橋治著作「風の盆恋歌」からもその内容が連想され、
出かける前に小説を何度も読み返していた。
出来れば、主人公の都築とえり子が過ごした「諏訪町」
辺りで踊りを見物したい!
あと踊り手が華やかで見応えがあるという「鏡町」の踊りも。
◆「越中おわら風の盆」
東新町、西新町、諏訪町、上新町、鏡町、東町、西町、
今町、下新町、天満町、福島
11の町がそれぞれに舞台踊りや町流しを行うというもの。
その中でも特に、「諏訪町」と「鏡町」の支部は人気が高いらしくて、
狭い道幅に人がいっぱい溢れ、期待通り見られるのかなと。(^^;)



それにしても、八尾は坂の町ということで、いったい
どこまで上って行けばいいのだろう!
井田川の橋を渡った所で、DJポリスの女性に、
「まだまだ坂道はこれからですよ、がんばって!」
と励まされ、駅から40分ほど歩いてようやく辿り
着きました!!
既に諏訪町では、多くの観光客が押し寄せて
いました。 ほら、やっぱりね!
石畳とぼんぼりがの灯りが情緒があって、ス・テ・キ♪



こちらは、東新町の町流し。
諏訪町で踊りを待つつもりでいたのだけど、地元の方の話に
よると、あと2時間以上待たないと始まらないという。
集合時間にはとても間に合いそうになく、場所を移動して
いると、運よく町流しに出会えた!
踊り手はみなさんお若くて、子どもの頃から練習に励んで
おられるようですね。


更に坂道をどんどん下って行くと、輪踊りにも遭遇しました!
天満町支部の輪踊りです♪





天満宮の前で輪踊りをしばらく見物することに。
こちらでは笠をかぶっていない人が多いのですね。
鏡町の踊りもやはり時間が遅くなると思い、諦めようと…
あとで知ったことですが、ツアーの仲間から諏訪町、鏡町の
両方とも見物出来たと聞かされました。
うーん、不覚なり!!




それでも、町流し、輪踊り、ステージ踊りをひと通り
見物出来ただけ、よかったかなと思う。
実は、23時を過ぎてからの「風の盆」が凄くいいらしい!
朝がた近くまで踊っているとも。
最終日の3日には、「見送りおわら」が行われるという。
朝方まで踊ったあとに別れを惜しんで、八尾駅前の始発
電車を見送ってくれるそうな。
感動的なシーンが目に浮かんできます。
そう、絶対また八尾へ、
「風の盆」に会いに来ますから!
どこまでも続く坂道での踊り、神社のステージでも。
駅前の特設ステージでも見ました。
訪れたのは数年前なので毎年見に行きたい気持ちで
9月1日を気にしていますが、想いかなわずです。
「そう、絶対また八尾へ、『風の盆』に会いに来ますから!」
と書き込んでいますがまったく同じ気持ちです。
やはり、そうですか!
毎年9月になると、「風の盆」へ行きたい!行きたい!
ずっとそう思っていましたからね~。
いざ実現することになると欲張って、あれもこれもと…(^^;)
でも時間に制約があるので、1ヶ所に留まってゆっくりとは
見られませんでした。
今度行く時は、諏訪町、鏡町の町流しは絶対はずせない!
深夜の踊りもぜひ見たいし、「見送りおわら」も体験したい!
輪踊りにも参加して始発電車で帰ろう!
などと思っていたりしますが。
今なお、「風の盆」の響きに酔いしれているみたいです~♪
と云う人が多いのでしょうか。
私も読んで「行きたい」と、でも願いが叶ったのは数年先
でした。帰ってからもう一度読み返しました。
そして私の体験記も再度読み返して思い出しています。
「見送りおわら」があるんですね、23時からが凄いとか。
そして朝まで観て、真似して、輪踊りに参加して。
でも徳島からは遠いです。
いろいろ思い出がいっぱいです・
その頃の「風の盆」は知る人ぞ知る穴場だったと思います。
一度、計画しましたが都合でとりやめになりました・
残念・です。でも又.いつか・?
「風の盆恋歌」のファンはきっと多いでしょうね!
儚い物語ですけど、風の盆の幻想的な世界が描かれて
いて、ぜひ見てみたいという思いがずっとありました!
胡弓の哀調ある音色と優美な踊りが、心に染みて…
元気な踊りもいいけれど、しなやかで艶っぽい踊りに
どうしても惹かれてしまいます。
今までは時間と勇気がなくて、八尾まで来れませんでした。
でも今度はもっと深く、「風の盆」を見てみたい!と
思っています。
徳島は「阿波踊り」の本場ですものね。
どうしてもそちらの方に力が入りますよね~!
私の兄も熱心なファンで、毎年阿波踊り見物に
行っていますよ。(^^)
転勤で、富山に住んでいらっしゃたのですか!
その当時のおわら風の盆は、今ほど混雑していなかったとか。
「風の盆恋歌」が刊行されたのも、その後のようですしね。
昭和59年というと、私は子育ての真っ最中!
2人の子どもと毎日格闘していましたね。
主人は余り協力的ではなかったし、まあタイヘンでした!
今、テレビから石川さゆりの「風の盆恋歌」の歌が
流れています。 しびれました~!!