家の台風対策はできたし、19号が直撃する心配は無くなったとは言え、半分近い県外の同窓生が参加できるかとか、色々心配はあったが、この程度の天候で中止するのはいかがなものかとの武闘派の意見で、卒業50周年の高校同窓会本体は強行することになった。
私も実行委員の一人としてお土産のクリアファイルやら、名簿の準備に協力してきた関係から、一抹の不安はありながら、是非強行してほしいと思った次第。

当初は、在校1年生の進路の指針とすべく、21回卒業生から11名の講師を立て、我々の50年間の経験を1時間にわたって講義するクラスを11組やる予定だったのが、学校自体が休校となり、予定していた講義は中止になった。実行委員会からお願いした講師達はやる気満々で、それぞれ数十枚のパワポを準備していただいただけに残念であった。
学校での記念行事は中止されたが、同窓会館での恩師3名による15分ほどの講義は実行されたし、出席予定者の3/4ほど、90余名が参加してくれたので、50周年にはちょっと寂しいが、普段の同窓会程度の盛り上がり具合にはなった。

50年前の写真のスライドを見ながら、あぁでもない、こぅでもない。

クラス毎の写真も撮影して、

宴もたけなわになった頃、女鳥羽川の氾濫危険水位警報が報じられる。会場は丘の上なので何の心配も無いが、帰り道のことが心配なので、2次会は無し。
いつもの奈良井川河岸道路ではなく、東山山麓線より一段下の道路を辿って、帰ってきた。
明けて今朝のニュースを見れば我家よりも台風の中心から離れていた北信地域の洪水が報じられていて、びっくり。結果オーライだが、ちょっと能天気だったのかもしれない。