逆風に抗して Against the wind,♪ we are running against the wind.♪
ここではないどこかへ。モモンガーの旅
2018年に横浜から信州にUターン
自転車と日々の生活を
綴ります。
 



9/28㈭、今日も夏日になると言うので、涼しい美ヶ原を目指して出発したものの、松本から見た美ヶ原は雨雲の中、目的地を平地に変更する。(この2時間後には晴れた!)向かったのは一山越えた会田宿。


善光寺街道の難所、立峠の前にある宿場だ。今は寂れているが、かっての繁栄を示唆する六文銭のマークが入ったお寺。


長屋門を構える松澤家。


立峠に向かう急斜面を登っていく。やがて、車道は立峠への急斜面を諦め、虚空蔵山のほうに逸れていく。


立峠よりは僅かに標高がひくい、峠/切通の石マンボウ到着。


善行寺街道を復元した立峠への分岐点到着。


乱宿の外れで美ヶ原に向けて持ってきた食料を調理する場所をようやく発見、諏訪神社境内をお借りして、カップヌードルをいただく。


強い向かい風のなか、筑北の平坦部を駆け抜け、巨岩を麻績川が穿った差し切り峡へ。


トンネル続きの狭い道を抜け、


犀川との合流点へ。


山清路で一休み。


生坂村でもう一休みした後、国道19号で松本へ。途中、30歳台のローディー2人にドラフティングで引いてもらい、35km/h巡行で10kmほど走る。アシストが切れる領域なので心臓バクバク。
松本美術館で山﨑貴監督展をやっているので、イメージキャラのY-Catsと一緒に。



雨雲にビビッて、特徴に乏しいサイクリングになってしまったが、獲得標高920m/74km走ったのはこんなコース。



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7/29,8/20と播いた種、大根、ホウレン草は何とかなったものの、葉物の多くは雑草の影だ。しかも今年の夏の暑さとそれなりの降雨、そして9月の北海道旅行のおかげで、なにもしていなかった部分の畑は草ボウボウ。


9/26㈫思い腰を上げ、雑草を引っこ抜き、耕運機を掛け、さらに米糠と堆肥をぶちまけ、


再度、耕耘して、ようやく種まきをする体制ができた。

 

9/27㈬に2つの畝に種まき。チンゲン菜、白カブ、レタスミックス


小松菜、そして石灰水で土壌をアルカリ性にしてからホウレン草を撒いた。


追記メモ:9/23㈯には温室内にからし菜、二十日大根、春菊も播いておいた。





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9/25㈪お花畑で諏訪湖と富士山、高ボッチ牧場で牛さんの食事を見た後は、高ボッチの山頂まで自転車と食料を押し上げて、360度視界のランチを楽しむことにする。
オニギリの山脈の向こうに富士山と南アルプスの山波。



若干風が有るのでアルコールストーブを保護する為、北アルプス方面を眺めながらお湯を沸かし、天ぷら蕎麦をスープ代わりに、おにぎりを頂く。



さらにインスタントとは言え、スタバのカフェラテで食後の至福の一杯。


平日と言う事もあり、頂上は数名の方が居るのみなので、方向を変え、景色を楽しむ。


南の方角、そう言えばもうすぐ、御嶽山の噴火から9年が経とうとしている。


反対の北の方を眺めると鉢伏山、今日は足慣らしなので、鉢伏には登らない予定。あの向こうの美ヶ原にもご無沙汰気味なので、次はそちらか?


最後に高ボッチ山頂からの360度の展望を撮影して、


この360度の絶景をもっと楽しんでいたいがそうもいかない、下山せねば。狭い曲がりくねった道をフルブレーキで下る。途中大沢堤で休憩。


平地に降りてくれば、そこいらじゅうで秋の収穫が真っ盛り。秋蕎麦、


井筒ワイナリーのワイン用マスカットベリーAの収穫用コンテイナー。


そして、我家の田圃近くでも稲刈り作業中。


走ったのはたった46kmでも獲得標高は1150m、電池残3/6、残電圧35.4V。一ヶ月振りのサイクリングとしては上出来でしょう。



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真夏の暑さと北海道旅行などもあり、1ヶ月ほどお休みだった自転車活動、9/25㈪気温も秋らしくなり、昨日と同じ様に高気圧に覆われているので、山を見に高ボッチへヒルクライム。塩尻の市街、エプソンの工場の向こうに穂高。



崖の湯口から登り、最初の休憩点、渓流脇にて。


大沢の植林地まで来れば、ほぼ半分登ったはず。視界が開けて、穂高と槍ヶ岳が見えてくる。


稜線上に出た所で、高ボッチの植物観察に足しげく通っているブログ友のMさんとバッタリ。数分お話をして、私は高ボッチのお花畑地点へ。



若干逆光ぎみだが、諏訪湖の向こうに富士山と甲斐駒ヶ岳。


東側の絶景、お花畑から八ヶ岳、富士山、南アルプスを眺める。


少し戻って、西側の北アルプス。ススキの向こうに穂高、槍ヶ岳、常念岳。薄雲があるのだが、かえってそれが山のシルエットを美しく浮き上がらせている。


高ボッチ牧場では、避暑シーズンも終わり、もうすぐ平地に降りる牛達。


穂高、槍を背景に、ノンビリ草を食んでいる。

高ボッチ牧場 V 20230925 112436 vHDR Auto

さぁて、私も、高ボッチ山頂に登って、ノンビリとランチを楽しみますか。そちらのの記事はまた明日UPすることにして、9/25に走ったのはこんなコースの前半。



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行く先てんこ盛りの北海道横断ドライブ旅行も1週間経ち、今日9/16㈯はフェリー乗船前なので、小樽周辺で散策とお土産購入とすることにした。まずは北海道上陸初朝食を狙ったものの、日曜日で振られた小樽朝市食堂へ徒歩で出かける。7時と私としては早朝なのだが、朝市食堂ではウェイティングリストに数Grが記名済み。昨日の人気店訪問失敗に懲り、お隣のいち乃屋さんへ。これが大正解、美味しい朝飯に一組待ちでありつけた。


食事を終わって先ほどのリストを見ると、まだ3組も前に居たし、店内は激混み、訪問店変更は大正解。小樽朝市にて幾つかのお土産をゲットして、一旦ホテルに帰り、クーラーボックスに格納。目の前の小樽運河を散歩する。今日は連休初日なので夜にはイベントがあるらしいが、残念ながら我々は帰途についているはず。


小樽は思っていたよりも大きな、そして明治時代の建物が残っている町だった。旧日銀の周りには三井、三菱、住友など銀行や船会社の大きな支店ビルが立ち並んでいる。


そう言ったビル街を抜けて走る、今はもう使われなくなっている港への引き込み線がかっての栄華をしのばせる。


寿司屋通りを下って、女性陣の関心事、Tourist Catch街、堺町通りへ。出世前広場の傘。


▢〇堂なる気になる屋号のお菓子屋さん?


ガラスの店が立ち並ぶ一角で、


北一硝子へ。小品ゲット。


かま栄でかまぼこも買って、ホテルへ戻り、コーヒータイム、小休止後、チェックアウト。
後は小樽と言えば鰊御殿かなぁと車を走らせる。だがしかし、先週の豪雨の土砂崩れ?で閉館中とのこと。


折角来たので日和山灯台に登り、


見晴らしポイントから青い海を見て、小樽撤退。


小樽の鰊御殿がダメなら、余市があるさと、余市福原漁場へ。


鰊の干場。


漁師の食料他を保管した倉庫。


こちらは重要品を保管した3階建ての倉。


長い番屋が規模の大きさを示している。


そして、福原家の主が住んでいた家とその内部。


買物と散歩が主体であまりドライブはしなかった最終日、出航2時間近く前の15時にはフェリーターミナルに到着し、乗船したのであった。
9/16㈯散策、ドライブしたのはこんなコース。地図ダブルクリックで詳細地図へ。



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9/15㈮、昨日の激しい雨も上がり、川には茶褐色の濁流がながれているが、ようやく青空が見えてきた。



今日は途中2ヶ所見物するも、道東から一気に小樽まで行かねばならない強行軍だ。まずは標高を上げて、大雪山山系を越える為に石北峠へ。


オンネトー、摩周湖、知床と標高の高い所では霧に巻かれる天気だったのが、今日は何とかなりそうだ。雲の出てくる前に、黒岳ロープウェイで一気に標高を上げ、


さらにリフトで大雪山山系の黒岳山麓に向かう。


リフトの下には、人の手で植えられたと思われるリンドウ他の高山植物。


リフト終点から20分ほどぬかるんだ道を歩き、あまりょうの滝展望点へ。見えた滝は遠距離でショボかったが、標高1560mの地点まで登ったので、早くも紅葉が始まった大雪山を味わう事ができて、来た甲斐があった。


ロープウェイで下れば、早くもガスが出てきた。早めの行動が功を奏した。続いて、来た道を少し戻って、層雲峡のハイライト、銀河の滝と流星の滝を見物に。(写真は現場の案内板で左が銀河、右が流星を少し標高の高い場所から撮ったもの)


流星の滝は木々に阻まれ、全体を見渡せなかったが、銀河の滝は昨日の雨もあり、流量豊富で圧巻であった。


晴れたおかげで少し時間Overだが、次の目的地、旭山動物園に向かい、園前の素敵なサンドイッチ屋で遅い昼食後に園内へ。先ずは目玉のアザラシ。


白熊。


レッサーパンダ。


北海道産の動物も、オオワシ


丹頂鶴。


そして、登別ではご遠慮したヒグマ。


最後に、水の中を飛ぶ鳥類、ペンギン。


駆け足だったけれど、2/3位の展示は見れたかなぁ?

小樽まで325km走って、今日はシティーホテルの素泊まりなので、ガイドブックに従って、夕飯は名物のザンギを食べに、「なると」本店へ。席待ちをする大人数の外国人グループに悪い予感がしたが、30分並んで、いざ食事。所が、注文した品と違うものが来て、それはダダになったのは良かったのだが、油っこすぎて70台の老人の口には合わなかった。テーブルの間に間仕切りは無いし、、、、、名物に成り過ぎて、サービスが低下している印象、慚愧に絶えなかったザンギ定食だった。


と、9/15今日も盛りだくさんの一日だった。走ったコースは下図のダブルクリックで。



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9/14㈭、観光船に乗る為、朝早くあの丘の上のホテルKIKI知床を出る。



ウトロに来たら海から知床を見る観光船に乗らねばならない。されど一年前のカズワンの事故を思い出すと足がすくむ。で出した結論は一番大きな船に乗ること。冬場には流氷観光に使われるオーロラ号なら沈むことはないでしょう。


昨日見たフレペの滝を海側から眺める。



天気予報は雨なれど、何とか知床5山が見えるくらいに雲が後退してくれた、ありがたい。


今日の目的地?カムイワッカの滝。昨日天気が良ければ、車で上流の温泉の流れる、本当のカムイワッカの滝まで行けたのかもしれないが、まあ観光船から下部の滝を見られたので良しとしましょう。


帰港途中、船員が盛んに海岸線を双眼鏡で監視している。その内に、ヒグマが居た!との声。どこどこと眺めるも、私には視認できず。(左側の石ころの辺りらしい)



と、何とか最悪の天候にならなかった1時間半の観光船を楽しんでウトロの町を後にした。トンネルをくぐり、すぐ横のオシンコシンの滝へと向かう。


けっこう雄大な滝、近くで見ると、扇状に広がった滝が美しい。


知床半島を離れ、北海道の広い原野を走る。天に続く道、地平線まで28km続いている直線道路。


2日前、川湯温泉駅併設の食堂に振られたので、止別駅の食堂、えきばしゃで昼食。チョットハズレだったか?


気を取り直して、次の観光スポット、網走刑務所を目指す。カーナビ、Gマップに網走刑務所と入力して降り始めた雨の中を走った。40数年前、網走番外地が有名だった頃、刑務所の入口で写真が撮れた記憶があったからだ。激しく降り始めた雨の中、カーナビの示すまま走っていくと、なんだか雰囲気が違う、辺りを車でグルグルしていたら、拳銃も持っている警察官が飛んできた。んん?何かマズイことしたかな?と思ったら、かっての網走刑務所の建物は別の場所に移築され博物館網走監獄と言う名の観光地になっているとのこと。一応、そちらにも行って見たが、激しい雨もあり、チラ見のみで入場せず。(雨中で写真無し)

網走を離れると、雨も小降りになり、車窓には雄大な農地が広がる。



これで止んでくれるかと思ったが、残念ながらまた激しい雨。サロマ湖のワッカ原生花園は花もほとんど咲いておらず、ネイチャーセンターで雨宿りして、外を眺めるのみ。


9/14の目玉である知床観光船を含む午前中は雨も降らず観光ができたが、午後は残念ながら雨の中、まあ、長旅の内にはこんなこともある。雨の中、温根湯の大江屋さんまでは、走ったのはこんなコース。



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9/13㈬今回の旅行のハイライト、知床へ向かうと言うのに、天気予報は雨だった。しかし、朝起きると東の水平線から日が昇って来た。昨日の港は閑散としていたが、


朝の散歩で温根沼漁港に行って見ると、何隻か漁船が水揚げ中。


写真を撮って良いか聞くと、今日は不漁で、暇だよとポーズをとってくれる陽気なおっちゃん。


沿岸の定置網で取った鮭を見せてくれる。


量は少ないとは言いながら、沢山の鮭を、雄と雌、外道の3つに分け、さらに大きさで素早く籠に分けていく。
定置網水揚げ@温根沼 V 20230913 055412 vHDR On~2


朝食後、かすかに見える国後島を横目に、羅臼を目指す。道の駅知床に着くと、雲がでてきて、クナシリは見えなくなった。昆布などの買い物に専念。さらに知床半島の逆側、ウトロに向かう為、知床峠に登る。♪飲んで騒ぁい~で、丘に登ればぁ、はるかクナシリに、白夜は明ける♪ではなく、ここでも高度を上げたら、白霧の中、国後島の方向表示板のみで数m先も見えない。


所が、峠を越えて数百m、羅臼側では雲/霧が切れてきた。知床自然センターで情報を仕入れ、雨になる前に知床五湖へ。


延々と続く高架木道を歩けば、あっ、鹿が居た。


今にも雨が降りそうで、山々はまったく見えないが、何とか五湖のひとつ、一湖へ着いた。


何とか知床五湖を見学することができたので、ここは欲張って、昼食を後回しにして、フレペの滝へと歩く。咲き残りの野の花。


フレペの滝の展望点に到着も、地中から湧き出した水が滝になっているだけなので、残念ながらあまり豪快な眺めではない。



まだ見たい所もあったのだが、雨がパラつき始めたのと、空腹なので、ウトロ漁協婦人部食堂に向かった。お目当てはこれ、山盛りのイクラ丼。


今日の宿はKIKI知床(旧プリンスホテル)、建物は少し古いが、綺麗に改装されていて、広々としたホテル。高中低の3つの温度のお風呂と露天風呂が気持ち良い。夕食はまたもバイキングだが、このホテルでは日本人が多数派、またステーキが柔らかな脂肪注入肉ではなく、少し歯ごたえのある肉でオージービーフに慣れている私としては、こちらが正解、沢山いただいた。


9/13走ったのはこんなコース。



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9/12㈫阿寒湖から屈斜路湖を目指すも、ナビ設定不良で若干時間ロス。事前には駐車場有料との情報だったが、屈斜路湖湖畔の砂湯に着いて見れば、駐車場に車は数台、そして無料。


湖岸の砂を掘ると、お湯がプクプク湧き出していて、この広い屈斜路湖がカルデラ上/火山上に有ることを改めて思い起こさせる。


湖畔にはスコップ貸し出しステーションも。でも砂に埋まっている人は居なかった。


少し車を走らせて川湯温泉の硫黄山へ。


蒸気と亜硫酸ガスが凄い勢いで噴き出している。


あいにく、向かい風で亜硫酸ガス臭が激しいので、身の危険を感じて、あまり近くまでは近寄らず。昼ご飯を求めて、川湯駅へ。丁度釧路から一日5本しかない列車の一つが入って来た。


この駅に付属のレストラン?を期待して来たのだが、本日休業!釧路からわざわざこの列車で食堂をめざした観光客も居たのにねぇ。
次の目的地は摩周湖。急な坂道、九十九折れを600m登って、着いた展望台は、、、、、、、霧の摩周湖だった。この時期、標高の高い所はダメだったみたい。


摩周湖温泉に戻り、昼食後、下道で野付半島を目指す。
セイコーマートで地物の名物を幾つかゲットして、着きました、野付半島。
♪はるか国後にぃ~♪


9月では残念ながらあまり花を見ることはできず。自然観察センター、野付崎灯台と巡って、


ナラの木が枯死してできたナラワラの見える地点へ。荒涼とした風景だ。


本日の宿は今までの宿と違って、純日本旅館、野付うたせ屋。海岸端の尾岱沼漁港隣接なので、料理は珍しい魚尽くし。温泉は源泉が熱すぎて、加水だが、凄い湯量。


ドライブしたのはこんなコース。



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9/11㈪今日は登別から360km走って阿寒湖に辿り着かねばならない。日高山脈を越え290km、途中トイレ休憩一回のみで、足寄までひたすら高速道路を走る。片側一車線の所も多いが、車の密度が低く、道が真っ直ぐなので、クルーズをONにして走れば、3時間のドライブもそれほど苦痛ではない。足寄は40数年前、2月の一番寒い時期に足寄発電所の事故対応で2週間ほど滞在した町だ。足寄道の駅銀河ホール21でドライバー交代/昼食とする。足寄と言えばこの人、デビュー当時は好きだったのだが、今では鈴木宗男さんと仲良しになってしまった残念な松山千春。道の駅に展示室がもうけられ、写真が飾ってある。この辺りが特産の螺湾蕗の下で。


一応予定より少し早く足寄を出発できたので、オンネトーに寄っていく事にする。だがしかし、今日も標高を上げると雲や霧が掛かって来る。せっかくオンネトーに辿り着いたのだが、売り線のブルーの湖面は見えず。


ただ、ほんの一部だが、紅葉が始まっていた。


欲求不満が高まる中、次の目的地、阿寒湖を目指す。事前調査が不足していて、阿寒湖の遊覧船の出発時刻や出航場所をグーグルマップで検索しようとするも、北海道は広い!ずっと電波圏外だ。阿寒湖近くになってようやく接続、良かった、3時の船に乗れそうだ。待つこと30分、船がきたよ~ぉ。



雲ってはいるものの、時折日差しが覗き、何とか雌阿寒岳が見えた、幸い当面雨は降りそうもない。



所々の紅葉の始まり。


例年ならそろそろ紅葉の見頃だったのかもしれないが、今年のこの天気では、あと2週間後に来るべきだったかも?


チュウルイ島上陸、マリモ展示観察センターへ。


正しい地形と波があると、こんな風に大きなマリモになるのだが、


条件が整わないと、こんな風にバラバラになってしまうようだ。


数十年振りにマリモを見て、満足してホテルニュー阿寒にチェックイン。
阿寒湖を見下ろす、絶景の部屋。

そして、このホテルの売り、混浴!の天空ガーデンスパへ。鼻の下を長くして行ったのだが、男女ともダブダブの浴用水着を着ているので混浴なんてどうでも良い。遮るものの全くない360度の視界の半分を阿寒湖が占め、その水面がスパの水面とほぼ一体になっている。湯温は38度位、何分でも湯につかって、暮れていく風景を楽しめた。(ホテルのHPから)


夕飯は昨日より少し人数は少ないものの大宴会場/日本人少数派のバイキング。ベニズワイガニの脚が有ったので、4人分をハサミと手で剥き始めて気が付いた、まだ指を消毒してない!! まあ、トングには数回触っただけだし、酢をしっかり効かせればOKとは思うものの、若干の食欲減退であった。

と、9/11北海道横断ドライブで走ったのはこんなコース370km。



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9/10㈰、朝5時にフェリーから下船し、小樽の町へ。朝ご飯は早朝から開いているはずの朝市食堂でさっそく海鮮丼だ!と意気込んで向かったものの、日曜日のみ早朝営業が無い、ナイ!
旅の第一歩から予定外だ。Gマップで小樽市内で開いている食堂を探すも、松屋他のファーストフードしか開いていないよ。小樽市内を観光とも考えたが、早朝故見られるところも無い。仕方なしに高速道路に乗り、途中のPAで簡単に朝食、また走り始めた。白老を目指すも、朝の7時頃に到着では、ウポポイを見学する訳にも行かず、そのまま洞爺湖まで走り続けた。


8時には洞爺湖到着。あいにく羊蹄山には雲が掛かっている。阿寒湖や知床で遊覧船に乗る予定なので、洞爺湖では湖畔を散歩するにとどめて、次の予定地、昭和新山へ。


こんな山が突然畑の中からムクムクと出現したら、本当に驚くだろうなぁ。
さらに全景を楽しむ為、隣の有珠山にロープウェイで登山。


絶景ですね。


先ほどの洞爺湖も見える。


だがしかし、洞爺湖も昭和新山も、そして有珠山もすべて火山活動の結果できた地形。有珠山や昭和新山に至っては、ごく最近も噴火している活火山なので、心の隅で不安の種が芽を出している。予定よりずいぶんと早いが、洞爺湖周辺とはサヨナラ。
台風の影響もあり、平地では晴れていても、登別への山越え、オロフレ峠では雲の中。せっかく期待していた眺望も望めず、崩壊地盤を遠望で来たのみ。


昼過ぎには今日の宿泊地、登別温泉のホテルまほろばに着いてしまった。


幸いにして温泉街はさびれてはおらず、昼食を取りながら温泉街散策後に地獄谷まで歩く。


平地に戻り、晴れてくれたのは良いのだが、日差しがきつく、気温も30℃を越えている。地獄谷の次、登別と言えば、熊虐待?で有名な登別熊牧場なのだろうが、北海道一日目でもあるので、3時にホテルにチェックインして、広い露天風呂でくつろぐ。


しばしの午睡の後、6時に夕食会場へ。凄く、スゴク、広いレストラン、かって勤めていた従業員数千人の工場の食堂よりも広い会場でバイキング形式の夕食。


ありとあらゆる料理が、それなりに美味しく、見た目も良く準備されては居るのだが、この数百人の中には、最低1人はコロナ感染者が居るはずだと、身構えてしまう。
さりとて食欲には勝てず、何人もが触ったトングで料理と取った後、持参の消毒スプレーで手指消毒の後、料理にぱくつく。


北海道一日目、ドライブしたのは260km、こんなルートを走った。



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この所ずっとブログをサボっていた。実は北海道への旅行準備とドライブで忙しく、ブログは後回しになっていたのだが、この間の旅行の記録をまとめておかねばブログの意味がない。
数ヶ月前、コロナもなんとかなりそうなので旅行がしたい、でもこの円安では海外はシンドイ。そんな話をしていたら10歳上の兄夫妻が3年前に計画したものの、コロナでキャンセルした1週間の北海道横断ドライブ旅行に再トライするつもりとのこと。しかし80歳を越え、連日の長距離運転には不安があるとのこと。すでに計画が有り、宿も決まっているので、渡りに船、兄夫妻の計画に我家もドライバーとして相乗りすることにした。



9/9早朝、車で松本を出発、一路新潟を目指す。事前に心配していた台風は予想通り関東に逸れ、雲は多いものの、雨は降らず。まず姨捨PAで休憩、ドライバー交代。


私の運転で米山PAへ。ここでの朝食はヒラメのお茶漬け。


新潟で給油後、新日本海フェリー、ラベンダー号に乗船。


実は台風が関東に逸れた為、大洗~苫小牧航路は運休になったとの事。台風がこちらに逸れなくてラッキー。数年前に建造されたラベンダー号は設備、客室も新しく、快適であった。


出航間もなく、遠く佐渡島を左舷に、粟島を右舷に見ながら通り過ぎる。



夕食はフェリーのレストランで。ひと昔前のフェリーとは大違いで、それなりに美味しかった。


9/10早朝、小樽でフェリー下船、ドライブに向かったのであった。

帰りは9/16夕方、小樽でまたラベンダー号に乗船。



若干の夕焼けの中、これで、楽しかった北海道ともオサラバだぁ。


時速40km/hで巡行するフェリーの露天風呂で風を受けながら旅の疲れを癒し、ひと眠りすれば、爽やかに目覚めることができた。酒田の辺りで本州から朝日が昇って来た。


粟島を過ぎれば、楽しかった旅行も終わりに近づく。そろそろ下船の準備。



新潟港が見えてきた。



新潟港で下船の後、慎重に運転して松本帰着。フェリーで2X690km、車で2X270kmの移動であった。



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この所、なかなか雨が降らず、庭や畑に大量の潅水が必須である。幸いなことに、我家の裏には2m高い位置に宿場用水が流れており、そこから綺麗な沢水をサイフォンで取水できる。所が、この取水口に時々流れてきた落葉や草が絡みつき、流水量が激減してしまう事があった。


取水口には塩ビパイプに多数の3mmの穴をあけたパイプを付けてあるのだが、その大部分が覆われてしまう事もあるのだ。そこで、穴が覆われても、流量を確保できる二重のストレーナーを作ることにした。


外側には4mmの穴を開けた大径の塩ビパイプ、内側には2mmの穴を開けた小径の塩ビパイプ。


2つを組み合わせて、2重ストレーナーの完成。


万が一外側のストレーナーが草などで覆われても、下流側は開いているので、そこから水が流入し、内側の小径パイプから取水できる仕組み。


これで、一月位掃除せずに使えるようになればありがたい。



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8/31の野麦峠サイクリング、岐阜県側に下って開田高原を経由して帰ればループ状の経路となるのだが、そうすると獲得標高が2千数百mになってしまい、グレートジャーニー改の電池が持たない。おとなしくもと来た道+αの経路をたどることにする。乗鞍岳にオサラバして、


500m登った坂道を少ない対向車に注意して下る。
途中見かけた、川浦の石室、雪の積もる冬季の旅人の緊急避難小屋として使われたらしい。(但し復元なので、入口のアーチ状の積石が凄くウソっぽい)


奈川に掛けられた、木製の大橋(但し、中身は鋼製)。観光用に作ったのだろうが、メンテが行き届かず、今は閉鎖。


そこ、ここに観光客の減少の跡が見て取れる。寄合渡で右にそれ、奈川村の中心に向けて下ると、観光よりも林業なのかもしれない。


梓湖まで下ると、登り返すのが面倒なのと、標高が低くなるにつれ、気温が急上昇してきたので、おとなしく引き返す。寄合渡の公民館内部には、伝承文化の一つ、獅子舞の練習セットが置かれていた。



しばらく登ったおかげでようやく小腹が空いてきた。寄合渡の蕎麦屋、仙洛に寄るも、本日休業、お隣のそばの里奈川へ。
出てきた盛り蕎麦が予想外(失礼!)にうまかったので、満足してオバチャンとだべっていたら、調理場から氷で冷やした枝豆がおまけでついてきた。


さあここからもう一登り、境峠へ。境峠から薮原へど~んと下ることも考えたが、まだ電池は残っているし、体力もありそうなので、ちょっと寄り道、味噌川ダムへ。


木曽川最上流のロックフィルダム、ダム湖を周回する道路がある。


ダム湖の上流を渡る橋から木曽駒ヶ岳が良く見える。


力水とか、


北緯36度線とか、ダム建設時に作った?ミニ名所あり。


最後にダム資料館に寄って見学するも、めぼしいものは見当たらず。車デポ地の薮原に戻って来たのであった。
結局8/31に走ったのはこんなコース、83km、獲得標高1800m、残電池レベル1/6、残電圧34.5V。



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サボり気味のブログも、長距離サイクリングに出かければ書いておかねば。
8/31㈭は車の多い19号線、中山道高速?を避ける為、車載でたった数駅先の薮原駅へ。


まだ行ったことの無い野麦峠を目指す。緩やかな坂道から傾斜が10%になろうかという所で小休止、後ろを振り返れば木曽駒が見える。


古いのか新しいのか良くわからないが、別荘地に住み着いた住民の集会所になっている縁結び神社まで登って来た。


ようやく今日の中間点? 500m近く登って、第一の峠、標高1486mの境峠へ。


寄合渡まで下ってきたら、山の向こうに、高山が見える。何時も見ている形と違っているが穂高連峰だ。


寄合渡から野麦峠まではまた500m登らねばならない。最初は数%の長閑なサイクリングだが、


その内傾斜がきつくなる。されど、せせらぎ沿いの日差しの遮られる森の中、しかも気温は23℃と快適なので、黙々と登る。


県道と旧野麦街道の分かれ道に女工哀史の案内板が立っている。


県道は谷筋の旧野麦街道を離れ、横に迂回、林の中の急斜面にへばり付いて九十九折れで登っていく。標高1562m、獲得標高も1000mを越え、なお傾斜度は10%越えだが、気温20℃に大いに助けられる。


ようやく森林限界に到達し、見晴らしが良くなってきた。旧野麦街道はこの下の谷を直登してきている。人通りの絶えた街道の上を、今は交流の送電線と、数年前新しく建設された直流の連携線が信州から飛騨へと越えている。


ようやく野麦峠到着。


標高1670m地点から、乗鞍岳が正面にドンと構えている。


お助け茶屋の店主が店の前の縁台で客待ち中。こちらは補給食を持って上がってきているので、入店する訳ではないが、暇そうなので、しばし雑談する。


大竹しのぶの映画がヒットした頃には、凄い人出だったようだが、少し下の立派な高山市営「野麦峠の館」は昨年閉鎖、平日のお客は10人程度らしい。まさに「ああ野麦峠」状態だ。
と走って来たのはこんなコースの前半。ほぼ同じルートを戻った記録はまた明日UPの予定。



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