逆風に抗して Against the wind,♪ we are running against the wind.♪
ここではないどこかへ。モモンガーの旅
2018年に横浜から信州にUターン
自転車と日々の生活を
綴ります。
 



上京した時のお楽しみの一つ、秋葉原の散歩。 C国製のパチモンで、ネットでは見つからなかったり、ネットより安いものを見つけるのが楽しい。もちろん、パチモンでない正規品のメモリーなども本物が安く買える。
今回も2時間ほどぶらついて、こまごましたものをGet。

120円のUSB電球ライトと2750円の空調ベスト。このベスト、ファンが小型なのが気になったが、使ってみたらファンは強力の上、着用感があまりなく、いい感じ。


DC電源プラグ各種数百円、128GBの超小型USBメモリーとμSDカードそれぞれ1200円位。SDカードをUSB化できるプラグ210円。そして単四3本のCOBライト99円。点滅できるので、自転車用に使う。


DC12V,9cmと14cmの冷却ファン、1個200円也。


調達先は主にあきば王だが、店により若干の品揃えの違いがあるので、4店舗を梯子。また他の路地裏の店でも、ファンなどを調達した。



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フレンチバロックコンサートの終わった後は、関係者を囲んでのディナーに特別参加させていただいた。


普段とは異なる分野のお話を楽しく聞かせていただきながら頂くフレンチは大変美味しく頂けたので、写真少なし。


デザートまで、話は尽きなかったが、このあたりでお開き。ご機嫌で帰宅したのであった。



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5/25㈭、朝一番の電車に乗って、上野の国立西洋美術館にやって来た。所が、この行列、、、、
良かった、これは当日券を買う人の列だったので、私は入口からすぐ入場。



今日の目的はこれ「憧憬の地、ブルターニュ」


不覚にも知らなかったが、Bretagne(仏)=Brettany(英)、ブルターニュの起源はイギリスから海を越えてやってきたケルト人なんだね。だから、純粋?のフランス人にとってブルターニュ地方は半分異郷、そこにやって来たフランス人画家や日本人画家の絵の展示だ。

まずはモネ


そして、本日のお目当てはゴーガン


シャルル・コッテ


リュシアン・シモン



モーリス・ドニ、



この後に、日本人画家が描いたブルターニュの絵が多数。

ブルターニュを感じる、フレンチ三昧の半日であった。




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5/25㈭午後、友人が企画し、別の友人が製作したフランス様式のハープシコード/チェンバロ/クラヴサンを使ったコンサートが日比谷図書文化館であったので、信州から出かけた。
まずは、日比谷図書館に保管されている1600年代に出版された本を眺める、というか、400年も前の貴重な本を手に取ってページをめくる。日本の地理案内とか、ドン・キホーテとか、ザビエルの本もあり、ずっと見ていても飽きないが、本題はコンサート。


使用楽器は1600年代に製作されたフルート。もちろん木製で7つしか穴がない。


これも改造はされているが、1600年代のビオラダガンバ。4弦のビオラと違って、弦が7本もある。


そして、これが友人のY君が製作したフランス様式のクラヴサン。


これだけは、最近作られたものだが、1600年代のリヨンの工房で作られたものを再現したものだ。友人のY君はこれを鍵盤の部品から手作りしている。


響板に描かれた草花もさりげないが美しい。
さて、コンサートを無心になって聞いていて、良いビデオを撮れなかったのだが、アンコールでY君も参加して演奏された1小節をビデオでどうぞ。

ハープシコード演奏会


9/1に、次回のコンサートが計画されているらしいので、興味のある方は是非参加してみてください。



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なかなか発芽してくれず、5/5に2度目の種まきしたゴーヤの種が5/24にようやく発芽してくれた。育苗箱の温度設定を27.5℃にしたのが良かった様だ。

 

一方、4月にはいつてからあまり暖かくなかったせいか、去年よりは生育のおそかった花苗の植え付けを進めると同時に、余剰分をお裾分けする準備中。差し当たって、マリーゴールド、ペチュニア、アスターなど5人分。



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5/23、庭の小梅収穫。

今年は暖かかったこともあり、沢山実がなった。

まだ木には実があるが、欲張らず、5kgのみとし、梅干し製造してもらう予定。



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と言っても、我家のことではない。我家の庭/畑は中央線と中山道に挟まれているので、動物の侵入は殆どない。猫やモグラくらいか? 私よりも本格的に農業をやっている兄が、毎年せっかく育てた作物が鹿やハクビシン、猿にやられると嘆いていたので、電気柵を設置することにした。ネットを巡回し、C国製の安い電撃発生器を提案するも、リッチな兄からは却下された。チャチイC国製の3倍ほどの値段の日本メーカーのものが良いと言う。ネットを徘徊し回ったら、通常ネット価格の2/3程の値段で売られているゲッターエース3のセットを発見したので、発注してあった。
ブツが届いたので、一緒に据付することにした。まずは絶縁支柱を立てて、


黄色いアース線とアース杭を埋めて、


電撃線=ゲッターコードを張っていく。線は安いし、長さ500mも有るので、下側を20cm、上側を60cmで張って、さらに幅広の60cm部分は斜にも張る。四隅には倒壊防止の杭も打つ。


電撃器を杭に固定すると伴に、盗難防止の為、地中杭及び、コンクリート柱に鎖で固定しておく。


電源は当面単一乾電池8本=12Vだが、C国からその内届くだろう太陽電池パネルとコントローラーを来月取り付ける予定。


危険表示の札を取付け、


畑1と畑2の間も接続して、道路側からの侵入を阻止する。


さて、これで獣害が防止できるようなら、電源に余裕はあるし、ゲッターコードも十分余っているので、畑全体をカバーすることも考えてみたい。ただその場合は雑草が伸びて電気柵が働かなくなる可能性が増すので、当面は様子を見ることにした。



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色々と予定やら約束やらが立て込んでいて、この日しかダメと5/20㈯に遠山郷はしらびそ峠へと出かけた。一応、天気予報では晴れ時々曇りなのだが、今日の目的地、しらびそ高原のあたりは雲の中。


ここは長野県の南端、もう半分静岡のような場所なので、そこここでお茶の栽培をしている。


一方、かっては林業も主力産業だったので、森林鉄道もあったらしい。


国道152号を遡っていくと、家の脇にこの大岩、蛇岩と言うらしいが、名前からして、上流の急峻な沢を土砂崩れ/鉄砲水で流れてきた岩と思われる。ここに住む人はどんな心構えで住んでいるのだろうか?


やがてこの先で通行不能となる国道152号を離れ、いざ、しらびそ方面へ。


まだまだ先は長い、しらびそまで10km、700m登らなければならない。


やっと半分、あと5km。


ようやく視界が開けてきたが、期待していた中央アルプスは全く見えない。


しらびそ峠到着! ここは中央構造線と直角に走る断層が作った断層峠なのだそうだ。


最後の急傾斜を登って、しらびそ高原到着。なぁ~んも見えないよ。本当は南アルプスの普段見ることの無い3000m超えの山々が見えるはずなのに。


雨はパラついてくるし、ガスには巻かれるしで、普段なら長居する頂上をそそくさと後にする。途中に日本唯一の隕石衝突クレーター。


その時の痕跡を残す、大岩。


長~ぁい下り、600m以上下って、お約束の下栗の里ビューポイントへ。


こんな急斜面の村で、どうやって生活しているのだろう?


斜面に張り付く、お茶畑で茶摘みをしているよ。


またまたど~んと下って、再び152号線。川は薄緑色。


廃校になった木沢小学校。雑多な昭和物や学校物が陳列されている。


そこの名物校長、たかね。


デポ地の道の駅に戻り、1700m登って、下って、70km走ってきました。期待した南アルプス、中央アルプスの絶景は皆無だったけれど、道の駅で記念のボトルを頂き、帰途についたのであった。


今回は半分偵察のつもりで出かけてきたが、この次は山の見えそうな天気の時にリベンジしよう。獲得標高1700mも有るので、グレートジャーニー改の電池が持つか心配し節電モードで走ったが、終わってみれば、残電池レベル2/6、残電圧35.2Vだったので、もう少しアシストを効かせて、次は楽して登ろう。



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もう露地栽培でOKなのだが、折角地面が開いているので、5/19(金)にビニールハウスの中に、野菜の種をまいてみた。


露地との成長速度の差を見てみたいと思ったからだ。と言うのも、脇芽からの苗作りを目指して、ビニールハウスの中で育てているトマト3種の生育が大分早い。


同じ時期に露地植えしたものとの差は歴然。


花や野菜の苗も順調に生育中。



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佐野坂峠を下って、白馬の谷の入口、神城へ。
黄色のお花畑が広がっているので、菜の花かなと近づいてみると、菜の花ではなく、牧草の一種なのかな?


今日の第二の目的は、先日も安曇野で楽しんだ、代掻き後の田に写る北アルプスを見ること。しかし、天気予報の通り風が強く、水鏡になってくれない。


水深の浅い、既に稲を植えた田なども見て回るが、水面にさざ波が立ったまま。今日はアウトかなとも思いつつも諦めきれず、うろつき回ること10分ほど、一瞬、風が止む。なんとか水鏡になってくれた。


飯森近くでは高い位置から水田を見下ろして、杓子岳と白馬岳を捉えることができた。


白馬の町で昼食後、今日の北限、松川大橋にて。お昼も過ぎて、だいぶ光線の加減が悪くなってきた。


逆光気味である上に、風も強くなって、いくら待っても水面が落ち着いてくれない。白馬三山を正面に見る、水鏡に最適の場所なのだが、、、


これ以上うろついていても、成果はあまり期待できないので、帰途につく。
白馬から美麻トンネルを抜け、青具からの登り道を小一時間、黙々と漕ぐ。ようやく新行集落に到着するも、代掻きの終わった田はまだ少なく、しかも逆光で、コリャだめだ。
2年前の新行の水鏡はこちらから


中山高原に登ると、数日前の雨でできた牧草地の窪みの池に、中山高原の一本桜が映っている。ここの桜の咲いたのを見たいのだが、何時も時期を逸している。


清々しい牧草地の向こうに爺ヶ岳、鹿島槍ほか。


中山高原からの長い下り道を楽しみ、三日町トンネルを抜ければ、そこは大町。今日登った小熊山方向を目指し、車のデポ地の木崎湖へと向かった。


5/17㈬走ったのはこんなコース、63km、獲得標高1150m、残電池レベル2.5/6、残電圧35.4V。



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5/17㈬、五月と言うのに30℃を越える気温となりそうだと言う天気予報、それならと北へ向かう。10時過ぎ、木崎湖畔に母艦を駐車して、小熊山林道に向かう。木陰の林道に入れば、この日の暑さも何とかやり過ごせる。しかも数%~10%の登り道とは言え、そこはe-Bikeのグレートジャーニー改、アシストを2/4レベルにすれば、心地よい汗のみで登っていける。


だいぶ登って来た。林間に出発地の木崎湖が見える。



視界が開け、雪に覆われた爺ヶ岳と鹿島槍ヶ岳が間近に聳える。


尾根道が木崎湖側に変ると、パラグライダーの発進場に到着。残念ながら遠くの松本、塩尻方面は霞んでいて、大町しか見えないが、眼下の木崎湖には吸い込まれそうな感覚だ。


しばらく尾根上の道を上り下りして、鹿島槍スキー場の上部に到達。


二つのピークが特徴的な鹿島槍ヶ岳。



雄大な景色の中、一休み。


スキー場内の林道をバビューンと下って、中綱湖へ。あの上から下って来たんだ。


青木湖で、今日も白馬三山が良く見える。


佐野坂を下れば、今日の第二の目的地、白馬へ一直線だ。



白馬での記録はまた明日UPするとして、小熊山林道~鹿島槍スキー場のルートマップは下図のごとし。



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5/14㈰、「ハザードマップを持って、地滑り現場を見て回る」ツアーで次に向かったのは信州新町の岩倉山。ここは1847年の善光寺地震の際、地滑りが起こり、犀川を堰き止める高さ60mの自然ダムができ、それが地震後に決壊して、川中島扇状地を押し流し、さらには信濃川の下流、新潟県にも大きな被害をもたらした、場所。地盤が弱く、最近も道路崩落で国道19号線がしばしば不通になる場所でもある。


地滑りの結果、下部で犀川を堰き止めただけでなく、不思議なことに地滑りの上部にも大きな池ができている。



地滑りのメカニズムを聞いて、ようやく合点がいったのだが、地滑りは山塊全体がすべり面の上を滑って落ちる。落ちた後には往々にしてU字状、もしくは凹状の土地が残り、動いた山塊との間が窪地となり、そこが池になるのだそうだ。



岩倉山の地滑りの規模は想像を絶していて、数kmに渡って山が流れ、犀川を60mの高さで堰き止めたため、八坂、生坂は水没したらしい。岩倉山から数km下り、犀川の閉塞点に立つと、その時流れてきた土砂とオリジナルの地表との境が、川岸に露出している。
下の写真、川面から1m位上の割れ目がその境界線だ。



この地点は道の駅のすぐ近く。いまだに国道19号が動くのも当たり前だね。


つぎに向かったのは長峰山、ブラタモリで大塚教授がタモリに扇状地の説明をした場所。残念ながら雨で見通しが悪い。それでも、右側の扇状地が何となく白っぽく、左側の扇状地が少し黒っぽいようなきがする。


長峰山をくだり、次は熊倉の渡しへ。


犀川の左岸をサイクリング中に、この熊倉の辺りだけが、奈良井川や安曇野よりも10m位高く成っていて、不思議に思っていた。多分河岸段丘の残りだろうかと思っていたのだが、河岸段丘ではなく、実はここはフォッサマグナの段丘なのだそうだ。


ここは断層の上だが、地盤も固く、犀川が洪水を起こしても安全なので、耐震性の高い建物なら住むのには良い場所なのだそうだ。
と言う事で、大塚教授の授業を聞きながらバスツアーのできた一日、非常に有意義であった。



ツアーで立ち寄った場所は下記の地図を参照ください。

 



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信州大学の市民教養教室で開催された、「ハザードマップを持って巡る地形と地質」なる催しに5/14㈰参加した。案内役はブラタモリでも有名になった信大の大塚特任教授だ。
あいにくの雨の中、長野道で長野市の地附山へ。
ここは1985年7/20に大規模な地滑りが発生し26人が亡くなられた現場である。



多くの方が無くなったが、そのすぐ後に日航機の墜落でその20倍の方が亡くなったので、あまり記憶に残らなかった事故だった。
地滑りのメカニズムとしては、滑りやすく水を通しにくい粘土層とその上の水を通しやすくやわらかな凝灰岩があり、そこに長梅雨の雨が浸透/溜まって山の斜面を滑り落ちたもの。



これが、原因の一つ、裾花凝灰岩。


そこここにこの凝灰岩の露頭があり、その周辺にはボロボロ崩れる凝灰岩の風化した土がある。


崩れ落ちた現場で見ても、それほど急な傾斜とは思えず、普通のなだらかな山なのだが、条件が整うと、崩れるというより、山の数分の一が一体になって、斜面を流れ落ちるのだそうだ。被害直後の写真には、山の表層とその森林がかなり残っているし、この時、地滑り事前調査の為、現場入していた県職員は流れ落ちる樹木にしがみついて助かったとのこと。


現場は今は公園となっており、さらに地滑りが進まないように、粘土層の下の固い地盤まで数十mの鋼製パイルを打ち込み、


地滑りの原因となる水を抜くように、四方八方に排水トンネルを巡らせて集水タンクに集めて排水しているらしい。


しかし、現場を眺めても、地図を見ても、事前にここが地滑りを起こすとは、専門家には分かっても、にわかタモリには分かんないよね。と言うのが私の感想。

地附山の場所と地形は添付の地図をダブルクリックして拡大してみてください。



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冬の間、屋外放置時に凍結して、ヒビが入ってしまったジョロ。安物だから買い替えれば良いのだが、修理の虫が疼く。



割れた部分にUV硬化樹脂を塗り、硬化させる。さらに強度を高める為、グルーガンでホットメルトを塗り付け補強。これでまた使えるようになった。

農事メモ:5/11、第二回目の野菜の種まき。
ルッコラ、リーフレタス、ニンジン、春菊、小松菜、二十日大根。



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垣根のバリカン刈りをしていたら、中山道ライド中とおぼしき方が写真撮影にSTOP。一声かけて自転車を見ると、BESVのJG-1じゃないですか?数分遅れで到着した方は、Specialized のMTBのe-Bike。


これは話が合いそうと、わたしのグレートジャーニー改を取り出してきて、試乗してもらう。


予備電池を持って走行中のお二人に、自作のグレートジャーニー改の航続距離の長さを自慢してしまった。



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