私が大好きな
帯津良一さんのこんな言葉を読んだことがあります。
我々はビッグバンと共に生まれ、この地球にたどり着いた。
死んだらまた故郷に帰る。
往復300億年旅の途中にある
私は、う~~ん、そうかぁいいなぁ

と、思わず遥か彼方の星空を思い浮かべたものでした。
でもでも、「ん? あほらし、つきあいきれへんわ

」と思う人も、きっといらっしゃるでしょう。
帯津さんは、そのどちらの受け取り方もアリで、こだわらなくていいんだよ~と、いたっておおらかな方です。だから好きなんです。
帯津さんの最近のご本に『<達者な死に方練習帳>』(文春新書)というのがあります。
これまた愉快なので、興味のある方はどうぞお読み下さい。
養生や生き方について、色々と深いことを書かれていますが、いわゆる、こせこせした養生法なんかは蹴飛ばして「命を正しく養う方法」について、昔の賢人から学ぼう! という本です。
私が気に入ったのは
☆楽しく、小さなことでもいいから、ときめいて生きよう!
☆生きているうちから、臨終のときのことについてつべこべ考えないほうがいい
☆やがて死ぬことを念頭に置いて、今をしっかり見つめて生きる
このあたりのことでした。
さてさて閑話休題

昨日の朝日の夕刊に、こんな記事がありました。
「人・脈・記」というシリーズの中の8番目の記事です。
優れたF300のレーサーだった村松栄紀が事故死したときのことです。
婚約者でマネージャーでもあった女性が、心配してくれる仲間に、こう言ったそうです。
「
こんなところで悔しいといういう思いはあるけれど、それは残された側の問題。彼は持って生まれたものを使い切ったんです」
私、この人の言葉にしびれました!!
自分にとって、すごく大事な人が、突然にこの世から去った時、これだけの言葉をさらっと言えるすばらしさ・・・・
レーサーですから、ご本人も彼女も、こんな日が来るかもしれないとは、いつも覚悟して生きてきたでしょう。
だからこその言葉だと、思います。
それにしても、生きていた彼も、死んでいった彼も、ともにしっかりと受け止めてのこの言葉、とてもさわやかだと思いませんか?
上に書いた、帯津さんの言葉の中の
<やがて死ぬことを念頭に置いて、今をしっかりと見つめて生きる>ことを実行しておられたのでしょう。

最初に書いた記事の中で、村松栄紀がF1レーサーであったと書きましたが、コメントでF1の前のF3000であると、小坊主さんがご指摘くださいました。加筆訂正していましたが、最終的にF1→F3000と、訂正させていただきました。小坊主さん、いつも感謝です!
なんだか上手くまとめられなくて、もうしわけありませんでした。
なにか一つでも、あなたのお心に残る言葉がありましたら、とてもうれしいです
最後までお読みくださって、ありがとうございました。
恒例のお茶を、どうぞ。 甘党の方にはケーキもありますよ♪