毎日が日曜日・でも多忙です!

おかげさまで、毎日を元気に楽しく過ごしています。普段の出来事、思いつくことなどフリーの立場で記録したいと思います。

義父の延命治療はお断り

2014-01-10 10:40:46 | 日記
前日のブログに[我が家の食中毒]。夫婦で苦しんだと投稿した。

夫婦で下痢に苦しみながら、その夜遅く食器棚のそばにかけてある「日めくり暦」をめくった。

1月9日の暦には「28宿・奎」、「友引」、「病んで初めて健康の有難さがわかる」とある。まさに、昨日の食中毒を戒めるような言葉。時宜をおかずその日の暦に出てきたことにびっくり。

          (1月9日の日めくり暦・写真をクリックしてください)

少し下痢も納まり、今年初めての碁会にどうにか出席することができた。
体調不慮のためかその成績は下の下。最悪だったが「病んで初めて健康の有難さが分かる」とつぶやきなが、皆勤賞はちゃっかりといただいた。

正月2日に救急車で集中治療室に入った義父。集中治療室で5日を過ごし一般病棟に移ったものの、救急病院の入院はかぎられ、さらに9日には自宅近くのかかりつけ病院に転送となった。

素人眼になるが、病状は一つも改善したようには思えない。むしろひどくなったかの感もある。

ベットの上でたびたび行われる痰の吸引。”ぜいぜい”と苦しむ義父の姿は壮絶。どろどろの流動食を流し込む食事。意識は少しあるが、話すこともなく寝てばかりの入院生活。高齢とはいえ何のために生きているのだろうと不安な気持ちでいっぱいになる。

医師のいう延命治療は義母が断った。その決断、義母にとっては大変なことだったろう。

義父の長期間の療養は世話する家族にも大きな負担がかかる。義母の負担はとても大きい。義母も高齢。

長女である我が家の奥さまに「精いっぱいおかあさんのお手伝い」をと告げるのが、私にできる精いっぱいの努力かな。

お正月早々の食中毒・まいったまいった

2014-01-09 10:31:33 | 日記
今朝の寒さは格別だ。熊本の今日の最低気温は零下2度。年のうちにそう沢山はない冷え込みだった。東北や北海道も猛烈な冷え込み、陸別町では零下20度という。日本一寒い町だそうだ。

一方、米国中西部や東北部でも大寒波が襲来し、零下38度を記録したところもあるという。ナイアガラの滝も凍りついたそうだ。航空機も欠航が相次ぎ、市民には外出を控えるようにとのこと。新聞には眼出帽をかぶった男性の鼻ひげが凍りついた写真が掲載されていた。

それと比べると熊本の寒さなんてたいしたことはない。今年もがんばるぞと思った瞬間………。

我が家にも大異変。食中毒が襲ってきた。

昨夜はお正月料理の残りものでの豪華な食事に舌鼓。ところが3時間もたったころだろうか、お腹がぐるぐる騒ぎ出し、あわててトイレへ駆け込んだ。

ピーピー・シャーシャー。まるで小水のような下痢便だ。(お正月早々下の話、失礼の段お許しください)

下痢は一晩中続き、1時間おきに10回以上はトイレのお世話になっただろうか。その苦しいこと苦しいこと。明日はいつも楽しみにしている月に1度の碁会。出席できるだろうかな。これもまた心配。

我が家の奥さま、話を聞いて即座に食中毒と診断(素人)を下された。

昨夜いただいた夕食で、下痢の原因になると思われるのは、長崎で買ってきた "クジラの百尋"と牛肉が2切れ。

「クジラがあたったのよ、クジラを食べたのはパパだけだから」。その後ただちに残っている高価な”クジラの百尋”はゴミ箱へ直行。

その後が大変。昼過ぎになって、今度は奥さまが、腹痛と嘔吐と下痢に悩まされることとなった。

「下痢の原因クジラではなさそうね。わたしも痛くなった。お肉かも知れないね」とクジラを食べていない奥様がおっしゃる。昨夜の肉は私が2切れ、奥さまは1切れをいただいている。

「食べた量が半分だから、症状のでたのが半日遅かったのね。」またまた、都合のよいにわか医師の素人診断。食中毒の原因がクジラからお肉屁とたちまち変身した。

始めて食中毒の怖さを知った老人夫婦。よい結果もありました。
冷蔵庫の中がきれいななりました。お手洗いやうがい、それに歯磨き、しっかりやりましょうと話しがはずんだのです。

「人日」の節句に七草粥

2014-01-07 15:16:05 | 日記
正月7日は七草粥をいただく日。
朝の食事は奥さま手作りの温かい七草粥。暖かい粥をいただきながら無病息災をお願いし、今年一年を楽しい家庭にしようと誓った。

七草(ななくさ)は、5節句の一つ「人日」の節句(1月7日)の朝に、7種の野菜が入った粥を食べる風習のこと。お正月最後のこの日は、七草粥を食べて1年の豊作と無病息災を願うという。

七草粥は、せり、なずな(ぺんぺん草)、ははこぐさ、はこべ、ほとけのざ、スズナ(蕪)、だいこん。この7種の野菜を刻んで入れ、邪気を払い万病を除く占いとして食べる。

また、御節料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能もある。

まだ幼かったころには家の近くで七草を探して回ったたものだ。凧上げ、羽つき、こま回しなど、お正月行事の一つだった。だが、最近はデパート、スーパーでも一式揃えたパックが並べられ、七草は買うものとなってしまった。さらに、健康に配意してというか、豆類やイモ類など七草以外のいろいろな野菜が添えられたものもある。

とにかくお正月行事の一つを無事に終えることができました。

おかげさまで今年傘寿をむかえることができます。健康第一、お願いが聞き届けらる事を期待しながら、午後はテレビの前に座り、高校ラグビーの決勝戦を観戦しました。

穏やかなお正月の一日でした。


仕事はじめは年賀状の整理

2014-01-06 10:54:26 | 日記
今日は仕事始め。遠い昔となったサラリーマン時代を思い出す。

さあ、頑張るぞと、さわやかな気分で家を出る。職場の机の上には、年賀状が積んである。

同僚や他の職場の方々にも元気よく「おめでとうございます。今年もよろしく」とあいさつしてまわる。

先ずは職場で仕事始めの行事に参加し、気も心もさわやかになる。

毎日が日曜日!の仕事始めは我が家の机の前で年賀状の整理。さびしい限り、むしろ侘しいとでも言おうか。

年に1度の年賀状。忘れかけた古き良き時代を思いださせてくれる。

日頃は無音の思いがけない方からの賀状がある。高齢のため今回の賀状で終わりにしますと書かれたものも何枚か。すでに鬼籍に入られた方の家族からの賀状もある。子どもや孫の写真で飾られた家族の嬉しくてたまらないようすが窺える年賀状も。

傘寿を迎える今年のお正月。沢山いただく年賀状には、我が老いたる姿を彷彿させるものがある。年はもう取りたくないものだ

義父は集中治療室

2014-01-04 18:38:39 | 日記
救急車で運ばれた義父の面会時間12時に間に合うように家を出た。
昨日聞いた病状がとても心配。義父は94歳。

病院に着き、救急センターの入り口で首にかける入館証明カードをいただく。それを首に集中治療室の入り口で面会時間を待つ。面会時間は1日4回。時間は30分以内と決められている。

12時になった。面会者がぞろぞろと病室へ向かう。まるで空港搭乗口で検査をうけているような気分になる。中に入り最初に気付いたのは病室の数の多さ。これにはびっくり。集中治療室というから少人数の患者と思っていたが様子は全く違う。患者の多いのにもびっくり。

救急車で運ばれ、集中治療室で治療を受ける高齢者がこんなに多いのか。高齢化社会の縮図のようなこの場の雰囲気に足がすくんだ。

患者はそのほとんどが高齢者。頭の上に沢山の検査機器が繋がれ、点滴が行われている。苦しいのだろうか、うめくような声が病室のあちこちから聞こえてくる。看護師さんが飛びまわっている。

通常では考えられない、この部屋の風景にはけおされた。私は今年「傘寿」を迎える。何かこれから迎えるであろう、自分の終末期の姿を思わせる風景に気がめいってしまう。

お医者さんが「延命治療」を受けられますかと尋ねられた。「延命治療」で意識は戻ることはない。話すことも食べることもない、ただ呼吸ををしているだけ、医療費の負担も大きくなるとの説明に、家族で相談したいと答えたところ、今の時点の状況で決めてください。後で変更は可能ですと言われる。

聞き様によっては「死の宣告」でもあるかのように思われるお医者さんの説明。初めての経験。歳はとりたくないものとつくづく思う。

とりあえず「死ぬまで元気でいたい」と、かなわぬ願いかもしれないが「神様にお願い」することとしよう。