波風立男氏の生活と意見

老人暮らしのトキドキ絵日記

手紙を書く日

2021年03月12日 | 日記・エッセイ・コラム

紙をいただいたので手紙で返信する。労作の論文いただいたので、確かに受け取ったとことと、きちんと読んで感想を伝えますと葉書を送った。書き言葉で何かを伝えるという時は、身体の中心からムクムクと熱っぽい「伝えたい心」が湧いてこなければ書けないし、書いても必ず後悔が残る。きたくなる潮時が大きいと一人二人じゃ物足りなくて、あの人にもこの人にも書いておこうということになる。潮がいつまで経っても来なかったり、さざ波の時は仕方が無いからウンウン唸りながら書き、見直すのも避けるから、とんでもないのが送られることになる。れでもメールとは違う「伝えました」という実感が残る。是非その気持ちだけは汲んで貰い何だか訳の分からないところは許してもらう、と勝手に決めている。

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「死者の魂」について

2021年03月11日 | 新聞感想

 

聞の読者欄(3/9朝日朝刊)にあった投稿、簡潔で無駄なく快いリズムで、自然と人間と人生に及ぶ人生観にはっとさせられた。今年は震災から節目の10年目、掘り下げられた情報も多く、今までと少し違った3月11日だった。同時に自分は、自然の猛威とか愚かな原発、未曾有の被害という間接的情報で理解しているだけの「他人事」でしかないとも思った。


の国の庶民が昔から今まで、死者の魂はどこに留まり、生者とどう関わり続けるのか、という柄にも無いことをTV番組(NHK「100分de名著『災害を考える」)で考えていた.。柳田国男の、宗教でなく庶民の常識としての死生観に強く反応する自分。少し前までならさっさと通り過ぎる話だが、自分が遠くない時期に『ご先祖』になる年齢に近づいたせいなのだろうか。いや、これまであの震災を魂のこととして考えたり感じる姿勢をちゃんと取らなかったと指摘された気がしたからだ。だから、90歳の方の言葉が強く心に残った。文末の「変貌していく町の姿を丘の上の墓地から眺めてみたい」は、修辞の表現でなく希望する魂を表現していると感じた。こういう『ご先祖様たち』に密やかに眺められながら生きていき、それに続いて自分も、と思うと世の中も生と死のことも伸びやかに思えてくるのだがどうなんだろう。


魂や祈りのことを思ったのは昨年の『燃え上がる緑の樹』以来。楽しく朗らかに生きるのに外せないことみたいな気がするバーチャル家族・波風家が夫婦別姓を選択して10年超え。立男さんとママヨさんは「それが当然です」なのだが、リアル家族としては夫婦同姓で結婚当時はそれが当然だった。夫婦別姓の場合、『〇〇家』という呼称はどうなるのだろう?

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言葉のケイコ【その七拾陸】

2021年03月09日 | 【保管】言葉のケイコ

 

とある火曜日のできごと

火曜日になると天気が悪くなるのはなぜなのだろう。とある火曜日、ケイコはその日5回目の雪かきに精を出していた。吹雪の時は少しの量でも多く積もると吹き溜まった場所が風で締まってしまうため、重たい雪をかくのが嫌でこまめにやってしまう。なので午後3時、その日5回目の雪かき。これが終わったらアイスを食べてやると決心し、せっせと作業に励む。そうして道路付近の雪を綺麗にしていたところ、下校途中の小学生が歩いてくるのが見えた。低学年くらいだろうか。小さい身体で一生懸命雪道を歩いている。私は挨拶をしようと思い顔を上げたが、そこでほんの少しためらってしまった。このご時世、地域の子どもとはいえ見知らぬ大人が声をかけていいものだろうか。今まではそんなことをあまり気にすることなく挨拶をしていたが、きっと雪かきで疲れていたためだろう。なんだか急に怖くなった。その一瞬の逡巡によりケイコは声を出せなかったのだが、目が合った瞬間その小学生はにっこり笑って「こんにちは」と言ってくれた。ケイコも笑って「こんにちは。気をつけてね」と返す。「はい」と元気よく返事をして通り過ぎたその子の頬は寒さで真っ赤で、それが猛烈に愛おしく思えた。

挨拶ひとつためらうようなそんな大人であることが恥ずかしい。時代のせいにしてしまうことも、疲れのせいにしてしまうことも、何もかもが恥ずかしい。遠く小さくなっていく背中を見送りながら、そういう自分に向き合った。そんなとある火曜日のできごと。


【波風氏談】毎週火曜日の体操サークルに参加しているママヨさんも「どういうわけか今年は、火曜日が呪われてる」と言っています。珍しく今日は快晴ですが深夜から怪しい。

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道内公立高入試問題【国語】

2021年03月06日 | 日記・エッセイ・コラム

天候で1日延期実施の入試問題に挑戦。2問誤答で55点(60点満点)。1月の大学入試共通テストに続き、活字の小ささに難渋しながらもやり切った根性に拍手(笑)。以下、感想。
まず、韻文(詩や短歌、俳句等)の問題が消えたこと、文学史や文法の問いが一切無くなった。10年くらい前に登場し今や必須になったのが情報処理の問題。全体の難易度はコロナによる授業時数減のせいか易しく感じた。漢字や古文も苦労は少ないはず。説明文(牛の食べる時間と寝る時間の関係)と、学校裁量問題(伊藤若冲の時代の文化の特徴)が楽しかった。簡潔な説明文で、普段考えることの無い物事の関係を考えさせる良問だろう。

 

しかったのは、波風氏の好きな小説『雨鱒の川』(川上健一著)が入試問題になったこと。問題を解きながら、なるほど心の動きを身体や物の感じ方で表現していたのか、と思った。ここの4つの小問は全て、17字で書き抜き、20字~25字で書く、70字程度で書く、5字で書き抜きというふうに「書かせる」問題。落ち着いて考えれば妥当な答えが引き出せるが焦ると時間がかかり間違う。波風氏もここで1問ミス。
高校入試と全国共通テストは傾向として重なり連続している感じ。確かに大学が難しいが、頭の使い方というか考え方にはあまり差は無い気がする。母国語『国語』を問いにするというのはそういうことかもしれない。


入試問題解きながら、「授業でどう教えておけば良いかなあ」なあんて考える(笑) 読んでいる『大借金男  百閒と漱石センセイ』(新日本出版社:小森陽一・浜矩子著)が抜群に面白いのは題材と著者と問題意識と、本の構成が卓抜だから。漱石と百閒を再開するかフランツ・ファノン著『黒い皮膚・白い仮面』(NHK100分de名著)のテキスト読みテレビ観る。絶対に必要な、自分に潜む差別を考え続ける姿勢、そこにチクリ

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WILD FOX №14/蒼の世界

2021年03月04日 | 【協力】Wild foxギャラリ

写真を撮り始めた頃の作品。
雪の創る造形がとても素敵だった。

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