前は親しい仲だったが疎遠になった人を、「ふるさとは遠きにありて思ふもの」なんて言う時がある。この言葉、元の詩ではそんな意味でなく、ふるさとから出られない悲しみというか境遇への叫び。
波風氏の「遠くにありて思うもの」は、同じ時代を共有した先生と教え子や先輩と後輩、同級生も含めた親しい人間関係で今は少し距離のあるイメージだ。
教師は教え子にとって理想的な解釈をさせるような人であって欲しい(松本清張)と思う。先生は時々、子どもから予想外に良い先生の記憶になっていて驚くことがあるが、割増し評価のされる職業だと思う。先生で無くても、若い時にお世話になった人はずうっと信頼や尊敬の人でいて欲しい。あこがれは心を明るくしてくれる希望だ。だが、こうした気持ちの持続は、簡単では無い。年齢や立場の変化、日々の忙しさ、会う機会の乏しさが疎遠の主な理由だ。思いは変わらないのに時間と空間が希望の輪郭をぼんやりさせる。そしていつか、実際に会って気をつかったり落胆したりするのなら、会わずに今ある希望を絶やさないようにしておく方が良いと思い始める。そんな時、「・・・・は遠くにありて思うもの」と呟いたりする。残念とか悲しいとかでなく、そういうものなんだと。
波風氏は、「遠くにありて思う」人たちから励まされて暮らしている気がする。中学生の時の恩師に羊羹のお礼にカステラを作って送ったら桜桃の手作りジャムが届いた。小学校の担任時代に赤ペンを入れた日記ノートをもうすぐ還暦を迎える教え子に返したら電話来て20代前半を思い出した。今はお母さんになっている中学校の教え子が退院し、奇跡の話を聞かせてもらい鍋焼きウドンで祝った。みんな『縁距離(遠距離ではない)関係』の懐かしい人たち。ここまで書いて、「遠くにありて思うもの」は疎遠な呟きでなく、有り難い時の感情でもあるような気がしてきた。
新聞掲載の教職員人事異動先で、懐かしい名前を見る。年々見知っている先生は少なくなり、互いに「遠くにありて思うもの」が世の常なんだなあと思う。波風氏が一番必要な「遠くにありて思ふもの」とは、自分をより客観的に見つめるというか、自分をうんと小さくし周りをうんと広くして眺められる心の余裕かもしれない。
ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの/よしや/うらぶれて異土の乞食となるとても/帰るところにあるまじや/ひとり都のゆふぐれに/ふるさとおもひ涙ぐむ/そのこころもて/遠きみやこにかへらばや/遠きみやこにかへらばや(室生犀星『小景異情』の部分から) 「便利は不便」を身体に刻み込まなければもったいない。修理で波風号不在の日々続く 当地の70歳対象福祉施策、バスと温泉の代金割引カード用にカメラで写真を撮る。ママヨさんは理容院、波風氏は髭剃り、そして服を少しましなのに着替えて画像は陶板にクレパスと鉄針使って想像の春景。