子ども食堂の資金的な『自立』を探る新聞記事(7/29朝日)。「子どもの貧困対策にとどまらず居場所づくりや地域のにぎわい拠点としても期待」と「517団体(子ども食堂等の運営団体)の約7割が活動継続の資金が不足」に目が止まる。子どもの7人に1人という貧困問題は、競争と自己責任の社会が生んだ問題。対策なき政治なら、政治が貧困化している大問題。貧困と孤立の無限ループに陥りかねない。
子どもの貧困対策が食堂の目標だが、「貧しい子ども、集まれ」にはならないわけで、間口を思いっきり広げた「子どもなら誰でも」が基本。ここらが資金不足の最大原因だ。子ども食堂の命は、運営面でも資金面でも善意のボランティア活動。携わる大人の「やってよかった」が継続力。行政支援に過度に頼ると、絶えず費用対効果が問題にされ支援の削減や打ち切りにさらされる。これは同じ趣旨の『無料塾』もだ。
子ども支援を応援する大人が必要。杉良太郎氏の心(ブログ『売名のすすめ』)を思い出す。それぞれが自分にあった応援の仕方でどんどん広がっていけばいい。そうしなければ、子どもの孤立が、支援の孤立につながり、『子ども食堂』が分断と孤立の象徴になりかねない。特に、『食』を子どもに提供する活動は、何としても続かなければ逆効果。企業や行政の大きなお金がどんどん入るのも大事だが、名も無い大勢の庶民からの小銭が子ども食堂にどんどん届けられるようになったら良いなあ。