青春いろいろ
最近、井上荒野氏の本を読むようになった。きっかけは『だれかの木琴』という小説を読んでしっくりきたから。さらに本を探すべく図書館でじっと井上氏のスペースに佇んでみる。『だれかの木琴』は主婦がストーカーに変容していく様を描いたずっしり重たい小説。そういうタイプの作品が多いのだろうかと思って背表紙を眺めていると、ポップな書体で可愛いタイトルの本を発見。『キャベツ炒めに捧ぐ』。そうか、料理にまつわる本か。こういう軽めな本も面白そう。なんて思って手に取る。そうして読み始めたら、夢中になって一気に読み終えてしまった。舞台はお惣菜屋さん。働くのは、60歳をちょっと越えた3人の女性たち。60年生きてきているからこその、じんわりと深みのある物語が紡がれるのが素敵。離婚や死別や、報われなかった恋や、我が子の死などを乗り越えて生きる。決して表には出さないが、抱えて生きていくことの寂しさや苦しさも垣間見える。だからこそ心に染み入るような、大人の青春小説。軽めの本、だなんてずいぶん失礼なことを思って読み始めてしまった。重ねた年の分だけずっしりと重みのある、読み応えのある本だったなぁ。
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ちなみに後で調べてみたら、この小説の中の「キュウリいろいろ」というお話。2018年のセンター試験に使われていた。受験生は必死ゆえ内容を理解するのがやっとだったかもしれない。けれどどんな形であれ、青春ど真ん中の彼らがこのお話とふれあえたことはきっと幸せなこと。そう、思う。
【波風氏談】手違いで『言葉のケイコ』掲載が遅れましたことを、ケイコさんと読者の方々にお詫び申しあげます。