家庭教育という言葉が生涯学習という言葉に変わった時、「社会のための学校から、学校のための社会」への変換が為されたはずなのですが、置去りにしてきた皺寄せですね。
国は地方に財源は渡していたと言うし、地方はパソコンなんか金食い虫で、もっと大事な施策につぎ込んだと言うし、保護者は学校より「塾」が大事だと考えるし、先生も大変😖💦だな。
もはや、学校には家庭にない魅力的な道具や機械もない先生の魅力だけで勝負しなければならない場所なんですよね。
そこに、魅力的な道具や機械に囲まれて育って来た人たちが先生しているという事実に誰も気づかないのかな。
人生100年の中で教育をどう位置付けるかを霞ヶ関の省庁間の論議に惑わされ、誰も考えていなかっただけのことですね。与党も野党も同じ、ずーとまえから、政治が官僚の論理で進んでるように思います。
教育の情報化って意外と文科省だけじゃできないんですね。
情報関係の所轄省庁は、経済産業省のはずですよ。情報モラルの取組したとき知りました。
あと、「情報」なので、警察も所轄ですね。日本に情報省が生まれたらもう少し整理されるかもしれないというメッセージが「相棒」でやってました(笑)
学校は役所、病院や警察、消防署と比べると情報化は遅れてるかな。