電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

宮城谷昌光『沈黙の王』を読む

2007年01月26日 19時22分32秒 | -宮城谷昌光
表題作『沈黙の王』は、生まれつき言語に障害を持って生まれ、言葉の大切さを痛感していた商の王子・昭が数々の苦難を乗越え、自分を助け代弁してくれる協力者である傅説を得て即位し、高宗武丁となって初めて甲骨文字を生み出すまでを描きます。奴隷の境遇を脱して都に戻る途中で雪にあい、鳥が足跡を残すのを見て、森羅万象を文字にする着想を得ます。口から出る言葉を形に表すという文字の発明は、はたして個人の偉業なのかどうか、その真相はわかりません。けれども、淡々と語られる重厚な物語は、なかなかに感動的なものがあります。

『地中の火』、弓矢が実戦に用いられた物語。寒足(実際はさんずいに足)さん、惜しかった、もう少しだったね、と慰めるべきなのでしょうか。「それはだめだ」と後から言うのは簡単ですが、激動の渦中にあってそれを言うのは難しいことなのでしょう。

西周王朝崩壊に直面した鄭の君主父子二代それぞれに焦点を当てたのが『妖異記』と『豊穣の門』。『妖異記』では、周の幽王と彼の寵愛した褒ジ(女へんに以)を中心として周の滅亡までを描きます。『豊穣の門』は、鄭公友(ゆう)と、友の子掘突(くつとつ)のお話です。幽王に忠誠を尽くした鄭公友は王に殉じますが、鄭の国民が周の滅亡に巻き込まれないように手を尽くしておきます。その子の掘突は、即位した宜臼の信頼を得て太政大臣となり、鄭を再興します。

特に心に残るのが『鳳凰の冠』です。直木賞受賞作『夏姫春秋』に描かれた、小国鄭に生まれた絶世の美女夏姫。彼女は出会った男を滅ぼす妖艶な悪女と思われていますが、はたして本当にそうだったのか、というのが著者の立場です。ここでも、叔向が出会ったのは夏姫の娘だったのか、それとも夏姫本人だったのではないか、と最後まで気を持たせるところがうまい。叔向に嫁した季ケイ(神社の鳥居の記号におおざと)は夏姫の娘でしたが、彼女もはっきりとは言いません。父が不遇の時代、盗まれた羊への対応から賢夫人と世評は高いが、実は好き嫌いが激しく干渉好きでイヤミな老女に過ぎない生母の叔姫と、ただ一度出会った、鳳凰の冠を求めていった美女が、実は60歳を過ぎていたと思われる老女の夏姫だった、という苦い対比がなんともいえません。叔向が退職した日、兄の遺品の鳳凰の冠を持って待っていた、依然として若々しい優しい妻。なんだか、雪女の娘を娶った男のような気分でしょうね。
いずれにしろ、印象的な短編ばかりを集めた、けっこう読み応えのある本です。
コメント (2)