電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平『よろずや平四郎活人剣』(上)を読む

2007年01月29日 06時53分13秒 | -藤沢周平
藤沢周平の場合、ある時期以降の小説には、たくまざるユーモア感覚があるように感じます。たとえばこの『よろずや平四郎活人剣』では、ともに剣術道場を開こうと誘った見かけ倒しの詐欺漢・細谷半太夫にいっぱいくわされる場面から始まります。知行千石の旗本・神名家の妾腹の次男坊、神名平四郎は、気は優しいが剣は無類に強い独り者です。冷や飯食いの立場から一転して自由な市井の暮らしに馴染んできてはいますが、持ち逃げされた五両が口惜しい。生活に窮して仕方なく始めたのが「よろず揉め事仲裁」業でした。

このあたりの導入が、なんともとぼけたユーモアがあります。そして、次々に依頼される揉め事も、浮気妻にたかる虫退治や養子の斡旋といったやわらかいものから、敵討ち取り止めの談合や盗賊の強請との対峙といった強面のものまで、さまざまです。また、兄・神谷監物が幕府の高官から命じられた権力争いの裏業務まで手伝わされるわ、商家のおかみ連に人気で、女難の気配もあったりするわで、なんとも多事多忙です。

さらに、仕事の合間には、先方の家がなんらかの罪に連座したために破談になった許嫁・早苗の消息を訪ねるなど、多事多忙。不幸せの気配がただよう早苗さんは、このどちらかといえば能天気な物語に、やわらかなかげりを示しています。文春文庫版で上巻の最後は、あづま屋のおかみが心配する幼なじみで意地っ張りの「一匹狼」のお話。結局は子どもが和解の糸口となりますが、しつけの良い働き者の子どもたちの内面が、実はじっと我慢して小さな胸を痛めていた、というあたりに、ほろりとさせるものがあります。

内容は比較的軽めですいすいと読めますが、やっぱり藤沢周平作品に特有のしっとりした味わいがあります。ひきつづき下巻を読みましょう。

※NHK BS-2で火曜日の夜に放送されている金曜時代劇の再放送枠で、今年あたりこの作品も放送されるといいなぁ、と思います。
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