電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

USBメモリについて

2009年01月31日 09時00分41秒 | コンピュータ
先日、電器量販店に行き、今使っているものよりも容量の大きなUSBメモリを購入してきました。現用のもので一番古いのは、hpのロゴが入った32MBのものです。たしか、2001年頃に、月刊ASCIIかLinuxMagazineのプレゼントで入手したものです。
その後、64MBから256MBと容量の大きなものを求め、写真のプリントの依頼やテキストデータの携帯になどに、便利に使ってきました。今回は、データのバックアップのために、1GB程度のものを探しましたら、なんと880円!驚きました。
いまや、USBメモリは、昔のフロッピーディスク並みの存在になっているようです。どれにバックアップしたのか、いつ頃のものなのか、外からは見えないだけに、FDよりも始末が悪いかもしれません。メディアが小型化すれば、目印を書き込むスペースも減少する・・・痛しかゆしです。
ただし、専用のドライブが不要というのは、圧倒的な長所です。USBメモリの個体にカラーペイントで連番を振り、内容をメモした荷札状のカードを一緒にしておくと良いのかもしれません。あるいは、名刺の裏にメモして旅行会社の荷物用タグにはさんでおくとか(^o^)/
最近は、USBメモリ由来のウィルスが蔓延しているとかで問題になっているようですが、他人のマシンと抜き差しした書き込み可能なメディアは、たしかにちょいと気持ち悪い。ただし、当方は Linux がメインですので、実質的にほとんど問題なしです。

さて本日は、夜に文翔館議場ホールにて山形弦楽四重奏団(*)第30回定期演奏会。楽しみです。

(*):山形弦楽四重奏団ホームページ
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私の好きな「第1番」

2009年01月30日 06時50分44秒 | クラシック音楽
先日の記事(*)に関連して、さっそくやってみました、「私の好きな第1番」です。ルールは簡単で、オールジャンルで、作曲家1名につき1曲のみという制約がつきます。前回「私の好きな曲」で取り上げたものとは違うものをできるだけ選ぶようにしましたが、中には同じものも含まれてしまっています。このあたりは、全く迷いのない"My Favorites"ということで(^o^)/

J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲第1番
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番
シューマン ピアノソナタ第1番
ショパン バラード第1番
ブラームス ピアノ協奏曲第1番
ボロディン 弦楽四重奏曲第1番
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番
カリンニコフ 交響曲第1番
シベリウス 交響曲第1番
プロコフィエフ ヴァイオリン協奏曲第1番

こんなところでしょうか。
バッハは、ブランデンブルグ協奏曲第1番と迷いましたが、前回との重複を避けました。シューマンは交響曲第1番「春」とどちらにしようか迷いましたが、交響曲は第3番「ライン」で登場させようとの心積もりです。ブラームスも、交響曲第1番をぜひ、とも思いましたが、青年ブラームスの音楽の魅力でこちらを。ボロディンの弦楽四重奏曲第1番とプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番は、純粋に私の好みです。ベートーヴェンは、ピアノソナタ第1番か弦楽四重奏曲第1番か、最後まで迷いましたが、やっぱり颯爽としたピアノ協奏曲第1番を選んでしまいました。

あとは、サン=サーンスのヴァイオリン・ソナタ第1番とか、フォーレのピアノ四重奏曲第1番とか、あるいはリストのピアノ協奏曲第1番だとか、まだまだたくさんの魅力的な「第1番」がありますが、ふだん手に取る頻度から、10曲に絞ってみました。

(*):「私の好きな○○曲」の楽しさ~「電網郊外散歩道」より
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藤沢周平『闇の傀儡師』(上)を読む

2009年01月29日 06時44分46秒 | -藤沢周平
文春文庫で、藤沢周平『闇の傀儡師』上巻を読みました。物語の始まりは、江戸城二の曲輪内、一橋邸での密談から。非常に緊張感のある会話です。ここで暗示されるのが、一橋民部卿と田沼意次が組み、松平上総介(定信)が話題になっていること、そして八嶽党という陰の徒党の存在です。

「八嶽党」
主人公、鶴見源次郎は、生計の糧としている筆耕の仕事で版元に出向いた帰りに、暗闇の闘争を目撃し、斬られた公儀隠密の男から、老中松平様にと、小さな革袋を託されます。公儀隠密は、御側御用取次の命令で動くのだそうです。源次郎は、旧友の細田民之丞と共に、老中松平右近将監清武こと、館林侯と呼ばれる人物に会うことになります。そこで知らされたのが、八嶽党の存在。そこで「八は田に会す」という謎の伝言の意味を知るのです。つまり、「八嶽党は田沼意次と接触」というメッセージだったのです。
鶴見源次郎は、無限流の名手でありながら、剣術修行に夢中になりすぎて、妻が一族の厄介叔父と不倫を働いた現場を見てしまいます。黙って離別したのでしたが、その妻が自害したとのこと。旗本の家を出て浪人をしたのは、そんな浮世がいやになったせいでもありました。そんな事情を知らない義妹の津留は、源次郎を恨みに思っているようです。

「追跡」
そんな中でも、源次郎の身辺は急速に争いの渦中に巻き込まれて行きます。田沼屋敷を見張っていた隠密の探索仲間が次々に倒され、相手の中に古柳生流を使う、相当に腕の立つ男がいる様子。八嶽党の巣を突き止め、床下で忍び聞きますが、気配を察知され、包囲されます。何とか斬りぬけ脱出しますが、忍び聞いた内容は、大納言と狩という言葉でした。これは、将軍家治の世子、大納言家基の暗殺のことではないのか?

「老剣客」
八嶽党との闘争の中で、伊能甚内と名乗った剣客は、古柳生流を使ったことから、源次郎はかつて師匠と一緒に目にした老剣客を訪ねます。若い娘と暮らす老剣客は、娘を相手に、かつて激しくかつ見事な古柳生流の型を演じて見せたことがありましたが、伊能などという男は知らぬとつっぱねます。ですが、娘は、今回はダメでも日をあらためて、と伝えます。
源次郎の友人の民之丞は、狩野派の絵を修行したのでしたが、腹違いの妹を愛してしまい、そのゆえに錦絵に描く画境は深く沈潜していました。その絵の進境を感じとっているのは、版元の西村屋の親父と源次郎です。帰り道、源次郎は義妹の都留に出会い、妻の不貞という、自害の背景を語ります。都留は衝撃を受けますが、しかし「話していただいて嬉しうございました」と言うのです。都留さんは、きっと義兄にひそかに好意を持っていたのでしょう。姉を死なせた男という怨みから、姉のつぐないという気持ちに変わっていったのでしょうか。
源次郎は再び赤石老人と奈美という娘のもとを訪れますが、老人は一手立ち合いをと、木刀での試合を望みます。それは、試合に名を借りた、生死を賭けた対決でした。娘を通じ、伊能甚内が小石川の寺に住んでいることを知るのです。

「忍びよる影」
都留が源次郎の長屋をしばしば訪れるようになります。探索は、伊能甚内と八嶽党のひそむ寺の所在を知るところまで進みますが、源次郎と隠密たちのつなぎ役を果たす男が殺され、源次郎は孤立します。止むを得ず助勢を求めたのが、松平上総介の家臣、白井半兵衛でした。後に松平定信として歴史に名を残す上総介は、八嶽党があまりに表に出て動き過ぎる、田沼に操られているのか、と疑念をもらします。
白井と二人で襲撃した寺は、相手の方で手配りがしてあり、源次郎は毒矢を受けてしまいます。どうにか助けられ、長屋で介抱されたのは、亡き妻の妹の都留でした。

「春の雷鳴」
江戸城内において、館林侯は、田沼意次が世子家基に狩を勧めたこと、そして田沼と一橋治斉とのつながりを知ります。いっぽう、回復した源次郎は、都留が行方不明であることを知らされます。八嶽党に誘拐されたようです。



藤沢周平には珍しい伝奇小説ですが、この設定は過去にも例があります。藤沢周平未発表初期短編集に、同じような雰囲気の作品が収録されておりました。作家は、妻の病床で書き上げた初期の作品を、新たな構想のもとに作りかえたのでしょう。そして、前妻を死なせた悔悟は作家自身にも心当たりのあるものでしたでしょうし、源次郎を助ける都留は、もしかすると後妻として一人娘を育てた夫人との出会いの頃が投影されているのかもしれません。
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冬ながら空より花の散りくるは

2009年01月28日 06時41分36秒 | 季節と行事
山形交響楽団のヴァイオリン奏者で山形弦楽四重奏団代表である中島光之さんは、ご本人のブログ「中爺通信」で、若いときに進学塾で教えていたときのことを、ときどき書いています。お酒と音楽をこよなく愛する中島さんの記事の中で、「おお、さすが元国語教師!」と感心する、古今集から一首を引いた、季節感あふれる記事(*)を見つけました。

「冬ながら 空より花の 散りくるは
 雲のあなたは 春にやあるらむ」(清原 深養父)

まったくそのとおりです。雪の花が舞う厳冬期の空の彼方には、たぶん暖かい春が近づいてきていることでしょう。雪国の皆さま、春はもうすぐですね。いま少し、辛抱いたしましょう!

せっかくの和歌ですので、縦書きに挑戦してみました。



それにしても、ピンクの紙に筆ペンの字、音楽選択の競争にあぶれた元書道選択とはいえ、中年おじんとしては少々女性的ですなあ………まあいいか(^o^)/

今週末には、山形市の文翔館議場ホールにおいて、山形弦楽四重奏団の第30回定期演奏会が開かれます。室内楽を主な対象とする音楽ジャーナリスト、渡辺和さんも注目(*2)している演奏会、楽しみです。

(*):冬ながら~「中爺通信」より
(*2):SQ博士の新作演奏[弦楽四重奏]~「やくぺん先生うわの空」より
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今年の備忘録ノートを発見!

2009年01月27日 19時48分52秒 | Weblog
先週、どこかに置き忘れて見失っていた今年の備忘録No.1を、ようやく発見しました。良かった~!
どこにあったのかというと、プリンタとスキャナの複合機のスキャン台にはさんでありました。あるページのコピーを取って、そのまま忘れてしまったもののようです。

最近、注意力の低下か、うっかり忘れが多いような気がします。年齢のせいもありますが、そのほかにアレルギー性副鼻腔炎の治療に飲んでいるジルテック錠の影響もあるのかもしれないとも思います。ただ、鼻づまりによる睡眠障害は、生活の質を著しく低下させてしまいますので、窓を閉め切りがちな冬季間は、うっかりに気をつけて生活する必要があります。せいぜい良く寝て、体調を維持することでしょうか。

ところで、先週の月曜に備忘録を見失ってから一週間、実はA5判のキャンパス・ハイグレード零ペーパーを使っていました。やや薄口の用紙ですが、書き味はたしかに良かった。携帯にはB6判らせん綴じの現規格が良いのですが、この書き味は魅力的です。なにか用途を考えましょう。
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「私の好きな○○曲」の楽しさ

2009年01月26日 06時35分07秒 | クラシック音楽
以前、吉田秀和さんの著書『私の好きな曲』の真似をして、作曲家一人につき一曲ずつ、好きな音楽を選んでリストアップする試み(*)をしたことがあります。これはなかなか楽しい試みで、記事の反響も好意的なものでしたし、自分としてもあれこれ考えたりCDを探したり、たいへん興味深いものでした。もし、その続編を試みるとしたら、どんな題が考えられるのでしょうか。

まず、音楽のジャンル別に分けることができるでしょう。「私の好きなヴァイオリン協奏曲」とか「ピアノ協奏曲」、あるいは「私の好きな交響曲」「室内楽」といった具合です。
それから、演奏家や演奏団体で分けることができます。「私の好きな指揮者」「オーケストラ」「ピアニスト」といった具合。
また、大作曲家の作品をセレクトする「私の好きなモーツァルト」「ベートーヴェン」「ブラームス」とか、何気なく始めてしまった「番号シリーズ」で「私の好きな第1番」「第5番」なども成り立ちます。
作曲された時代区分をもとに、「私の好きなバロック音楽」「古典派作品」、あるいは「私の好きなロマン派作品」「20世紀作品」などという区分けもできるでしょう。
時代区分が可能なら、地理的区分もできるはず。「私の好きなドイツ音楽」「フランス音楽」「ロシア音楽」などですね。
さらに、マニアックな薀蓄を傾けるものとして、「私の好きなマイナー曲」「私の好きなライブ盤」「私の好きなレーベルこの1枚」「私の好きなモノラル盤」などというのもありうるかもしれません。

うーむ、なんとなく、昔のレコード雑誌の特集のような気もしますが、カテゴリーがずいぶんあることにびっくり。音楽ブログを主宰する皆様、もし記事にお困りの節は、こんなネタをお使いになってみてはいかがでしょうか。これなら、「自分の場合は」というコメントを読むのも楽しそうです(^o^)/

(*):私家版「私の好きな曲」
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ベートーヴェン「交響曲第2番」を聴く

2009年01月25日 07時48分23秒 | -オーケストラ
このところ、通勤の音楽で聴いていたのが、ベートーヴェンの交響曲第2番です。この曲は、1802年に完成し、1803年の4月5日に、アンデアウィーン劇場において、ピアノ協奏曲第3番等とともに初演されたのだそうで、若いベートーヴェンの溌剌とした清新さを残しながら、聴覚障碍の絶望を乗り越え、音楽の革命児としての役割に踏み込んで行こうとする、まさにその頃の時期にあたります。
演奏は、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団による全集の掉尾を飾る1964年10月23日の録音と、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が120周年を記念して公開した、マリス・ヤンソンスが指揮する2004年のMP3ファイル。

楽器編成は、Fl(2), Ob(2), Cl(2), Fg(2), Hrn(2), Tp(2), Timp に弦楽5部、というもの。

第1楽章、アダージョ・モルト~アレグロ・コン・ブリオ。セルとクリーヴランド管の演奏の、冒頭のジャジャーン!がすごいです。整然としていながら、実に力強い始まり。♪=84 と指示された序奏部のアダージョが、いかにもベートーヴェンらしいです。主部は、d(2分音符のつもり)=100、アレグロ・コン・ブリオと指定があります。力強い第1主題、行進曲風の第2主題が、対照も鮮やかに展開されます。演奏の緊張感、集中感が、精妙で力強いリズムの対比とともに、特徴的です。
第2楽章、ラルゲット。この楽章には、若いベートーヴェンの魅力となっている、清新な叙情性に通じるものがあります。第1楽章の集中と緊張に対し、清く安らかな緩徐楽章で、なにかエピソードを求めたくなるような、ロマンティックな気分もあります。
第3楽章、スケルツォ、アレグロで。ベートーヴェンの9つの交響曲の中で、はじめてスケルツォ(イタリア語で冗談の意味だそうです)を名乗っている短い楽章です。伝統的な3拍子の舞曲(メヌエット)の性格を離れ、より激しく速く、もしほんとに踊ろうと思っていたら「冗談だろ!」と言われるような、そんな楽章。確かに、冒頭の、音色と強弱の両面で鋭い対比を見せる楽想は、もはやロココ時代の優美なメヌエットではありません。セルの演奏は、シンコペーションによるリズムも抜群の切れ味です。
第4楽章、アレグロ・モルト。本楽章では、速いテンポにもかかわらずまったく意に介さないような、唖然とするばかりの見事に精妙なリズムの処理と、クールな外見とは裏腹に、次第に高揚する熱気に驚かされます。セルとクリーヴランド管の演奏の精華を示す代表例の一つと言ってよいのかもしれません。

一方で、ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏を、MP3 ファイルを再生しながらタイムを引き算して調べたところ、緩徐楽章はむしろ速めで、わりに淡々とした感じです。ふっくらとした響きや、やわらかで滑らかな印象を受けますが、次第に心理的な速度を増し、終楽章の熱狂的なテンポに至る構成などは、曲全体の設計という意味で、おそらく指揮者の意図するところでしょう。

■セル指揮クリーヴランド管 (LP:SOCZ 38-43, CD:SBK 47651)
I=10'09" II=11'30" III=3'37" IV=6'16" total=31'32"
■ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管
I=11'47" II=10'38" III=3'19" IV=5'57" total=31'41"

写真は、LP 全集の解説書とCD、スコアはネット上のPDFファイルをダウンロードして印刷したものです。こういうのを見ると、著作権で保護される期間が過ぎた後は公共の財産になる、という考え方の美点が、実に良く理解できます。
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堤未果『ルポ 貧困大国アメリカ』を読む

2009年01月24日 06時43分55秒 | -ノンフィクション
第56回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した、堤未果『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)を読みました。娯楽的な要素が強い文庫本と比べて、新書の場合は実用性や知的な新鮮さを感じますが、本書もその例にもれず、たいへん刺激的な内容でした。

第1章 貧困が生み出す肥満国民
第2章 民営化による国内難民と自由化による経済難民
第3章 一度の病気で貧困層に転落する人々
第4章 出口をふさがれる若者たち
第5章 世界のワーキング・プアが支える「民営化された戦争」

第1章の貧困と肥満の関係は、よく理解できます。重労働に従事するからこそ、腹一杯たべなければもたないという食習慣と、フードスタンプによる高カロリーとが、病的な肥満に導く傾向は否めないでしょう。
また、第2章のハリケーン「カトリーヌ」がニューオーリンズにもたらした災害の大きさとその復旧にかかる費用を思うとき、かの地の、治水や防災を民営化するおろかさを、つくづくと感じます。
第3章では、一家の働き手が病気に倒れたとき、若い頃に我が身のこととして体験したように、家族が遭遇する困難の甚だしさを思うと、問題だらけの日本の医療制度のほうが、まだましであると感じます。それは、医療現場に働く人々の自己犠牲によってようやく成り立っている面が強いのでしょうが。
そして、第4章、奨学金制度の予算を削減することが軍隊への入隊者を確保することにつながるという、経済的徴兵制の現実。高等教育が負債に転化するといういうのは、米国の若者にはずいぶん酷な話ですが、日本では親の負債となってのしかかっているのでは?と思います。負担してくれる(負担できる)家族や保護者がいる場合はまだよいのですが、経済格差が教育格差を再生産する仕組みは、たしかに社会の安定にはつながらないでしょう。
第5章、「戦争の民営化」にはドキッとしてしまいました。軍隊の役割をどんどんアウトソーシングしていけば、たしかに戦争がビジネスとして成り立ってしまうわけです。愕然とする現実です。

民営化というと、非効率なお役所仕事が民間企業のノウハウと活力で劇的に改善される、というような印象を持ってしまっておりましたが、社会の安定と国民の幸福のためには、民営化すべきでない分野がたしかに存在するのだな、と感じました。これまでの『居眠り磐音江戸双紙』シリーズから一転してやや硬派な読書でしたけれど、たいへん面白く興味深く読みました。
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アホ猫の近況

2009年01月23日 06時29分53秒 | アホ猫やんちゃ猫
我が家の二匹のアホ猫親子、外出したいよ~と飼い主に催促しますが、いざ戸を開けてやるとあまりの寒さと白い雪に立ちすくみ、尻尾を巻いてスゴスゴと逃げ帰……りはしません。先ほどまでコタツで丸くなり、しっかりと暖を取った後、お天気にさそわれて意気揚々と外出します。雪道に点々と残された足跡は、どこまで続くのでしょう。帰宅すると、「入れて~」と騒ぐので、入り口を開けてやります。ストーブや温風ヒーターの前で、何食わぬ顔で暖を取る様子は、いったいどこで何をしてきたのやら。知らぬは主ばかりなり。
獲物が取れるまでには、まだしばらく間がありそうです。

写真は、恐怖の某家某令嬢(?)たちに、おっかなびっくりエビをもらう様子。荒っぽくつかまえられる恐怖よりも食欲のほうが勝ったようで(^o^)/
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ブログ記事ネタ用の備忘録ノートが見当たらない!

2009年01月22日 05時59分52秒 | Weblog
数日前から、2009年のブログ記事ネタ用備忘録ノートが見当たらないのです。どこに置き忘れたのか、全く見当がつきません。もしかすると、自宅に置き忘れてきたのだろうか?だとよいのですが、山響の定期演奏会の記事を月曜に書いているから、そのときまでは間違いなくあったはずなのです。おかしい!どこに置き忘れたのだろう?
1月1日からわずかに三週間分なので、量的にはそれほどではないのですが、藤沢周平『闇の傀儡師』上巻の記事素材がほぼ完成していただけに、ちょいと口惜しい。はて、どこに置いたのだろう?
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今、ほしいものは

2009年01月21日 05時43分15秒 | Weblog
昨日は、朝から通勤路で事故が発生したらしく、だいぶ渋滞しておりました。しかたがないので、迂回路を遠回りして出勤しましたが、慣れぬルートの雪道の運転は神経を使います。ただいまの通勤の音楽は、ベートーヴェンの交響曲第2番。2番シリーズの続きで、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管による全集から。これはまた、たいへんきりっとした演奏で、ほれぼれします。

さて、不況で個人消費が低迷しているそうです。そういえば、私の個人消費もいたって緊縮財政型で、昨年はミニコンポとデスクトップ型パソコンを安価に新調したくらい。単身赴任生活も早寝早起き、弁当持参で、まずは堅調、とくに不足はありません。

今ほしいものは………からりと晴れた好天(^o^)/
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満身創痍のお下がりパソコンを起動しログインに成功

2009年01月20日 06時55分39秒 | コンピュータ
娘が使わなくなり、戻ってきてしまったデスクトップ型パソコン、単身赴任のアパートで私が使っている機種よりもずっと高性能なのですが、光学ドライブが壊れて使えない上に、WindowsXP Homeにログインできません。USB メモリーで起動し、インターネット経由で Linux をネットワーク・インストールしようかと思っておりましたが、当方のテキストファイル備忘録を検索、WindowsXP Homeには管理者権限の弱点があったことが判明しました。それさえわかれば、あとはネットで調べられるでしょう。となりの古い Linux マシンで調べると、

(1) WindowsXP Home では、ログイン画面で Administrator が表示されないが、これは管理者が存在しないのではなく、たんに表示されないだけである。
(2) 管理者の名前は Administrator であり、パスワードはデフォルトでは「なし」である。
(3) したがって、セーフ・モードで起動すれば、通常、管理者権限を得ることができる。

とのこと。なんと!それでは、部外者でも管理者権限を奪取できてしまうではないか!これまで、WindowsNT/2000Professional/XP-Professional を使ってきたので気づきませんでしたが、なんとも大きな盲点があったのですね(@o@)

ふむふむ、この機種の場合は、こうしてああしてこうやって(ごにょごにょ~詳細略)、できた~!いとも簡単に Administrator になれてしまいました。で、私はしっかりと Administrator のパスワードも設定します。ユーザーも作って準備オッケー。

とりあえず、WindowsMediaPlayer 必須なサイトを見る態勢はできました。メールは Linux で受信するし、あとインストールするのは、Firefox と Gimp にフリーなテキストエディタの SakuraEditor あたりかな。これで、しばらくは使えるでしょう。
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山形交響楽団第194回定期演奏会でブルックナーの5番を聴く

2009年01月19日 19時46分19秒 | -オーケストラ
日曜の午後、山形交響楽団の第194回定期演奏会に出かけました。曲目はブルックナーの交響曲第5番、指揮は山響音楽監督の飯森範親さんです。当日は、早めに家を出て、途中、某寿司屋ののれんをくぐり、腹ごしらえ。これがうまかった。前回とは異なり、余裕を持って演奏会に臨みます。駐車場には13時半前に入りました。
会場のテルサホールに入ると、前列中央の良い席で、指揮者のわきの高い位置に、三本の録音用マイクが立っています。たぶん、昨日の演奏会と今日の演奏会と、あと他のセッションとともに、どれかのテイクがCDになるのでしょう。楽しみなことです。



恒例の指揮者プレトーク。ブルックナーの生い立ちや人柄、版の問題などをかいつまんで説明しました。サヴァリッシュ先生にもいろいろなことを教えてもらったこと、アーノンクールが言っていたことだが、第1楽章はモーツァルトのレクイエムのように始まり、第4楽章はハレルヤのように終わる。しばしば出てくるブルックナー休止は、オルガンで作曲した教会の長い残響が減衰するのを待つ時間だろう。ブルックナーは、1866年にウィーンで第九の演奏を聴いている。第九の4楽章のように、第1楽章の主題を提示しクラリネットが否定、第2楽章の主題を提示しクラリネットが否定、というように、第九のスタイルを取っているのでは、というものでした。

さて、演奏が始まります。コンサート・ミストレスは犬伏亜里さん。第1ヴァイオリンとチェロが向かって左手に、第2ヴァイオリンとヴィオラが右手に並ぶ対向配置です。コントラバスは左奥、弦の奥の正面に木管、さらに金管部隊が陣取ります。奥のほうはよく見えませんが、Wikipedia によれば、弦5部のほかには、Fl(2), Ob(2), Cl(2), Fg(2), Hrn(4), Tp(3), Tb(3), BTuba, Timp という構成とのこと。

第1楽章、アダージョ~アレグロ。コントラバスとチェロのピツィカートに乗ってヴィオラ、第2ヴァイオリン、そして第1ヴァイオリンと、たしかにモーツァルトのレクイエムを思わせる始まり。金管のコラールが入ると、ああ、ブルックナーだなぁと感じます。ティンパニも大活躍。高弦のトレモロの中、ヴィオラとチェロが第1主題を提示。木管は鳥の声のように軽やかに鳴いて見せ、第2主題はぐっと沈んだ表情で。音楽は繰り返しながら次第に高揚していきます。

楽器の汗をぬぐい、まずはチューニングを。楽員の皆さん、集中しているのがよくわかります。

第2楽章、アダージョ。弦のピツィカートに乗って、オーボエがやや物寂しげでミステリアスな主題を吹き、そしてファゴットも加わります。やがてクラリネットとフルートも加わり、ヴァイオリンに引き継がれていきます。クラリネットが下降しティンパニが静かにドロドロドロ~。この後に続く弦楽合奏の美しいこと!ほれぼれします。フルートとヴァイオリンがささやき交わすさまも全体の中に位置づけ、この楽章では金管もあまり突出しすぎず、全体の響きのてっぺんに輝きを加えるような鳴り方で、絶妙のバランスです。ティンパニの静かな連打がベースに低く轟きながらの、見事な終わりです。

第3楽章、スケルツォ:モルト・ヴィヴァーチェ。ようやくピツィカートでない始まりです。でも、前の楽章のピツィカートでの音形がせわしなく奏される中で、木管がテーマを吹きますが、すぐにテンポを落とした別の旋律が現れ、ティンパニが低音で遠雷のようにとどろき、金管が鳴り響く、という具合。弦はやっぱりトレモロの嵐です。スケルツォらしく、やや軽快さを持ちながら、全休止と迫力の全奏が現れます。そして力感をもってクレッシェンドし、楽章の終止へ。

犬伏さんが立ち、再びチューニングを行います。第2ヴァイオリンのトップにすわるヤンネ館野さん、中嶋さんも真剣な表情です。チェロの宮城さん、渡辺さんも、チューニングに余念がありません。客席のほうも含め、ホール全体が静けさに包まれる中で、第4楽章、アダージョ~アレグロ・モデラートが始まります。

この楽章も、コントラバスのピツィカートから。第1楽章の主題が提示されと、クラリネットが否!と答えます。続いて第2楽章の主題も、クラリネットにより否定されます。たしかに、ベートーヴェンの「第九」終楽章を連想させる手法です。主部が始まり、フーガの織り目を間近に見るような時間を味わいます。疲れを知らない金管のコラールは高々と鳴り響き、弦楽は開け放った窓から吹き込む風にレースのカーテンがそよぐ透明感。高揚するフィナーレに酔いました。ブラボーの声も飛び、いや~満足です~!!

指揮者の指示でホルンが立ち、聴衆の大きな拍手を受けます。そしてティンパニが続き、さらに金管が、木管が拍手を受け、最後に弦楽セクションも立って、すばらしい音楽と演奏の感動を分かち合いました。

ほんとにいい演奏会でした。堪能しました。個人的には、フィナーレの見事さやティンパニ、金管部隊のタフな熱演はもちろんのこととして、それに加えて、第2楽章の弦楽合奏の美しさを、心から讃えたいと思います。


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満身創痍のお下がりパソコンをどう料理するか

2009年01月18日 07時55分57秒 | コンピュータ
昨春、娘が大学院を修了し、就職して自宅に同居を始めました。妻は、家事の手伝いやら話し相手を期待しておりました。今のところ、家事の手伝いの面では不満たらたらではあるものの、私の単身赴任の留守中も、除雪機を動かして自宅の除雪もしてくれているようで、だいぶ安心できるようです。
ところで、問題はまたしても増えてしまったパソコンの扱いです。今まで大学で使っていた hp のノートパソコンを自分用に使っており、それまでアパートで使っていたデスクトップが、不用物として戻ってきてしまいました。ちょうど2002年春型の、Celeron-1.2GHz, 256MB-RAM, 80GB-HDD というスペックの WindowsXP Home 機です。
これは、今私が単身赴任アパートで使っているパソコン、
(1) FMV-6450CL3 (PentiumIII-450MHz, 320MB-RAM, 10GB-HDD), VineLinux3.2
(2) NEC Lavie (PentiumIII-650MHz, 128MB-RAM, 20GB-HDD), Windows2000
と比較するならば、かなり上等な部類です(^o^)/
ところが、あいにく CD-R ドライブが壊れているらしく、CD-ROM ブートして Linux を導入するという方法も使えません。娘はもう使わないと言いますので、データのバックアップの必要もなく、ユーザーを新規に作って従来のユーザー(娘)を削除してしまえばよいのですが、パスワードがわかりません。さて、困りました。

近頃のディストリビューションは、どうやら起動FDを作成してFDブートし、ネットワークインストールするという手段をサポートしていないようです。うーむ。ここが思案のしどころです。
(1) なんとかして Windows の管理者になり、ユーザーを作る
(2) それができなければ、USB メモリーでブートし、Linux をネットワーク・インストール
(3) 外付けCD/DVDドライブを接続して外部メディアで起動し Windows/Linux をインストール
(4) 別PCでHDDに Windows/Linux をインストールし、HDDを移設
などが考えられます。満身創痍の出戻りパソコンの対処法を、ゆっくり考えましょう。どうやら、単身赴任先での冬ごもり生活でも、しばらく楽しめそうです。

写真は、VineLinux 上の Emacs で作成したカレンダーのスナップショット画像をトリミング加工したもの。作成したカレンダーのdviファイルを紙に印刷して、仕事用のルーズリーフにセットしました。
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JetStreamに4色+1の新製品が出ていた

2009年01月17日 10時25分01秒 | 手帳文具書斎
たまたま行きつけの文具店のウェブサイトを発見、各文具メーカーのリンク集が掲載されておりましたので、三菱鉛筆のサイトを見に行きました。すると、なんと JetStream 4色+1 の新製品が出ていたようです。さっそく文具店に行き、MIO ペーパーの B5 スリムノートとともに、白と黒の二本を購入してきました。定価は1000円ですが、840円で購入。白はお嫁に行った娘のダンナ~いわゆる婿殿(^_^)~にプレゼント。







インクの色は黒、青、赤、そして新色の緑を加えた4色です。ボール径は各0.7mm。もう一つの「+1」のほうは、0.5mmのシャープペンシル。こちらは使う頻度は少ないでしょうが、あって困るものでもないでしょう。軸はけっこう太く、メカニカルな重さもあります。なかなかいい感じです。これは、妻と娘にもプレゼントしようかな。



ただし、太さの関係で、システム手帳用のボールペンとしては不向きです。油性で書き出しの重いクロスのボールペンは、まだ現役続行です。


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