日曜の朝、何気なくFM放送を聴いたら、素晴らしい音楽が耳に飛び込んできました。ああ、シューマンのピアノ協奏曲だ、と思って耳を傾けていると、いつも愛聴しているレオン・フライシャー(Pf)とジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏でした。NHK-FM「20世紀の名演奏」で、レオン・フライシャーを特集していたのです。
番組では、このシューマンの協奏曲を手始めに、左手のピアニストとして活躍した時代の、バッハ「シャコンヌ」(ブラームス編)やゴドフスキ「“宝石のワルツ”の主題による交響的変容」、さらにコルンゴルドの室内楽作品「2つのヴァイオリン、チェロ、左手ピアノのための組曲」などを紹介、最後に奇跡的に病から回復した後の演奏として、バッハ「主よ、人の望みの喜びよ」(マイラ・ヘス編)、「羊は安らかに草をはみ」(エゴン・ペトリ編)を放送しました。遺伝子レベルでの研究の進歩が難病の治療を格段に進歩させたことが背景にあり、音楽を愛し続けていたからこそ奇跡的な回復もあった、という放送のまとめはいささかステレオタイプな気がしますが、なかなかいい番組でした。
で、シューマンのピアノ協奏曲イ短調です。私は、LP時代からこの演奏ひとすじ。本日は、この音楽と演奏の魅力を、勝手に、存分に、語ることにいたします。
R.シューマンのピアノ協奏曲イ短調Op.54は、クララと結婚した翌年の1941年に管弦楽作品をたくさん書きますが、その中の一つが「ピアノとオーケストラのための幻想曲」でした。ところが、盟友メンデルスゾーンのピアノ協奏曲に刺激を受け、この幻想曲を第1楽章に改作し、第2・第3楽章をくわえた全3楽章の協奏曲として1845年に発表したのがこの作品です。このピアノ協奏曲について、クララ・シューマンは
「私は長らく、ロバートの作曲による華麗なピアノ曲を望んでいた。この曲をオーケストラとひくことを思うと、私は王様のごとく幸福である」
と述べているとのこと。(原田光子『真実なる女性-クララ・シューマンの生涯-』角川文庫、下巻p.6、昭和43年、第4版)
LPの解説によると、シューマン本人はこの曲を「交響曲と協奏曲とスケールの大きなソナタとの混成」と語ったとのことですが、実際この曲は、オーケストラの役割がきわめて大きな協奏曲で、それだけに指揮者の腕前が問われます。シューマンの管弦楽作品を愛し、その真価を認めさせるために努力したジョージ・セル(*1)は、シューマンの交響曲だけでなく、ピアノ協奏曲においても、ほぼ私の理想となる演奏を遺してくれました。1960年の録音にはやや不満が残り、第3楽章のくしゃみがなんとも絶妙のタイミングで入りますが、実際の演奏会ではよくある話。この名演が記録されただけでも良しとすべきでしょう。
第1楽章、アレグロ・アフェットゥオーソ。冒頭の導入がなんとも素晴らしい。甘くなく、決然としています。この後オーケストラが主題を提示すると、これを引き継ぎ、ピアノの音が上昇し下降しますが、それが毎回少しずつ違う響きを持っています。夢見るようなカデンツァのなんとロマンティックなこと。そして巨匠的な華麗さもちゃんと併せ持っています。オーボエに導かれてピアノが静かに語ると、オーケストラが余裕を持って応えます。
第2楽章、間奏曲。アンダンティーノ・グラツィオーソ。軽やかに入る第2楽章は、前の楽章の主題との関連を思わせながら、美しい抒情性を見せます。そして、オーケストラが、なんともいえず憧れに満ちた旋律を響かせます。この楽章でも一番のお気に入りの箇所です。
第3楽章、アレグロ・ヴィヴァーチェ。前の第2楽章から休みなしに入り、生き生きとしたシンコペーションが特徴的。大きな演奏、絢爛と羽ばたく情熱の奔流です。
写真は、今回参考にした、フライシャー/セル/クリーヴランド管によるLPとCD(右2段目)、LPの下段は、左側2枚のCDがセル/クリーヴランド管によるシューマンの交響曲、間の文庫本二冊が原田光子著『真実なる女性-クララ・シューマンの生涯-』上下巻、右側がアラン・ウォーカー著『シューマン』(横溝亮一著、東京音楽社)、右上は、もう一枚よく聴いているCDで、ナクソスのヤンドー(Pf)盤です。こちらは、録音が新しい分、鮮明です。オーケストラもたいへん良い演奏なのですが、セルのシューマンと比べてしまうと、ちょいと相手がすごすぎる(^o^;)>poripori
■フライシャー(Pf)、セル/クリーヴランド管 (録音:1960年)
I=14'47" II=5'32" III=9'58" total=30'17"
■イェネ・ヤンドー(Pf)、アンドラーシュ・リゲティ/ブダペスト交響楽団 (1988)
I=14'01" II+III=16'12" total=30'13"
フライシャー/セル/クリーヴランド管の演奏は、1970年頃にはCBS-SONYからSONW-20105~6という2枚組2500円のLPで出ておりました。そしてセル没後に1300円シリーズ(13AC-808)で復活。単身赴任時代に、偶然入ったレコード店でCD(SRCR-1838)を見つけたときは、舞い上がるほど嬉しかった。グリーグのピアノ協奏曲も素晴らしい演奏(*2)です。
原田光子さんの本はクララ・シューマンの伝記で、1976年の夏に仙台市の古本屋で見つけたもの。以前はダヴィッド社から単行本で出ていましたが、今はたぶん入手不可能だろうと思います。11月の山形交響楽団定期演奏会(*3)で、ブラームスのセレナードとクララ・シューマンのピアノ協奏曲、そしてローベルト・シューマンの交響曲「ライン」が取り上げられる予定ですので、しばらくぶりに読み返しているところです。
それから、岩波文庫でシューマンの『音楽と音楽家』(吉田秀和訳)が復刊されるとのこと。古いものを持っておりますが、文字のポイントが小さく、つらいものがあります。改版されているのかどうか、文字は大きくなっているのかどうか、興味深いところです。
(*1):
ジョージ・セルとシューマンの交響曲
(*2):
セル/フライシャーのグリーグ「ピアノ協奏曲」を聞く
(*3):
山形交響楽団ホームページ