
子供が生まれて以来鶯は常に身近で鳴いてきたが、同時に大晦日の中味そばも恒例だったことが思いだされる。男料理の定番だった。去年のことが思いだされ、思わず身近な者に「また中味そばを作ろうか」と声をかけると、すんなり「そうだね」と返ってきた。1年前が思い出された。大晦日に頑張って、中味そばといなむるちを作ったのだった。今年は昆布と大根を入れたので、去年とはまた少し味が異なった。家族の人数が減った。しかし変わらない。記憶は残り、いっしょに実在している。
詩人のAさんのお電話はすでにいない存在になった家族のことが、悔やまれた。もういないのだ。話したくても話せないことへの喪失感が、氏の深い志情(しなさき)に感じられた。いっしょに思いの限りことばを交わす友を失う喪失感は、実はことばの中に魂を結晶化させてきた者たちだからこそ、深いものがあったのだろうと、想像するだけだが~。心根が共振しあえる喜びは時空を超えたものがある。ことばとことばが互いに響き合う、互いの魂(精神)を鼓舞していく対話がある。
★お昼に敬愛する女性とユンタクを楽しみながら沖縄そばを食べた。1年を振り返り前進するために~。夜中に恋人とカンカラ三線を持ち、明け方まで唄に興じたという朝帰りの姿はズボンは泥で汚れていた。タクシーで戻ってきた彼女はどこで唄三線に興じたのだろうか。
★小雨の中を末吉公園を歩いて末吉宮まででかけた。宮内が開かれているかどうかも興味をもっていた。久しぶりの散歩はいい気持ちだった。連れがいて心強かった。一年の終わりの爽やかな時が過ぎた!
コロナパンデミックが日常を世界を覆い尽くした時が流れ、今も続いている。情報の信憑性がこれほど撹乱したことは21世紀が始まって以来なかったように思えたが、実は21世紀のはじまり、かの9・11以来、メイン・メディアの世界への嘘の報道は今も続いている。真実の姿が見えにくくなった一方で、何か、何やら見えてきたのも事実のようだ。
このHerStoryのブログを訪問してくださる皆様の丑年のご多幸をお祈りいたします。
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★お昼に敬愛する女性とユンタクを楽しみながら沖縄そばを食べた。1年を振り返り前進するために~。夜中に恋人とカンカラ三線を持ち、明け方まで唄に興じたという朝帰りの姿はズボンは泥で汚れていた。タクシーで戻ってきた彼女はどこで唄三線に興じたのだろうか。
★小雨の中を末吉公園を歩いて末吉宮まででかけた。宮内が開かれているかどうかも興味をもっていた。久しぶりの散歩はいい気持ちだった。連れがいて心強かった。一年の終わりの爽やかな時が過ぎた!
コロナパンデミックが日常を世界を覆い尽くした時が流れ、今も続いている。情報の信憑性がこれほど撹乱したことは21世紀が始まって以来なかったように思えたが、実は21世紀のはじまり、かの9・11以来、メイン・メディアの世界への嘘の報道は今も続いている。真実の姿が見えにくくなった一方で、何か、何やら見えてきたのも事実のようだ。
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