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大城貞俊著『父の庭』を読み終えた!

2023-04-24 01:46:40 | 書評
家族関係の小説には目がない友人が、これ面白そうだから読んでみてね、と先日手渡してくれたのが『父の庭』だった。最近「庭物語」の詩を連作で書いていて、それも習作に近い出来栄えで、詩誌に掲載して後からも訂正したい箇所がちらほらの状態の新人「詩誌同人」の昨今である。言葉を練り上げ、遂行することの大変さを年を食った今頃痛切している。

さて『父の庭』は63歳の若さで他界した父親の死を悼み、その敬愛する父親の死後、愛してやまない、老いて壊れていく母の姿を息子の立場から丁寧に、残酷なまでにリアルに描いたノンフィクション形態の小説である。
校長で退職してまもなく「右座骨骨腫瘍」(一種の癌)で家族に看取られた父親の人生、そしてその父と母の出自、出会い、結婚から死にいたる人生を父親の手記も中に挟んで構成されている。
大宜味村の同郷の出身で結婚以来いつでもご一緒に人生を共にしてきた夫婦と子供たちの人生物語でもある。作家大城貞俊の自らのアイデンティティの根っこを求めた旅でもあったようだ。父母が存在し、作家や兄弟姉妹が存在したまぎれもない関係の絶対性が描かれる。そしてもちろん、父母には家族が存在した。私小説にもナンフィクションのスタイルにも見えるが、兄弟姉妹の名前は記されていない。父母の名前もかろうじて貞賢とカマルー(幼名)という事が分かるだけである。

狭い沖縄で大城貞俊の親兄弟姉妹の実名は身近で接したことのある人々にとっては容易く特定できる。そこをあえて長姉、次姉、兄、次弟、末弟、叔父、従妹、義親、義嫁というように、実名は登場しない。また兄弟姉妹の事も父母との関連で描かれている。それぞれの家族に気を遣っている。小説の研究者として具体的に分析しているわけではない。所感を書き連ねている。

貞賢校長は中学の時、軟式テニス部に所属していて、いっしょに中庭にあるテニスコートでテニスに興じたことがあった。その記憶が残っている。背はどちらかと言うと低く、武骨なイメージがした。とても家族思いだと、その後伝わってきた。子供たちが皆優秀で教員になっているということも耳に入ってきた。沖縄の教育界は狭い世界ゆえに、人脈や人間関係もすぐ見えてくる。

そうした地理的、人的社会環境の中にあってあえてこの物語を編んだ作家精神は、自らの足元を、自らのアイデンティティ―の根を掘り起こさざるを得なかったパトスのようなものだろうか。

自らの人生を晒す、女優がこれでもかと自らのヌード写真も含めて内臓から感情、思念のすべてを投げ出すほどの剝き出しの自己表現、自己顕示、のようなある種の欲望と類似する何かだろうか。
「私とは何者?」と問うとき、自らに命を与えた者たちを深堀りせざるを得ない。彼らの人生の物語はすなわちわたしの人生を彩る存在であることに変わりはない。作家は書かざるをえなかった。そして形として投げ出された物語は、おそらく大城家の事をよく知らない未知の読者にとっても身につまされる物語になっているに違いない。

家族の物語は、家族の絶対性をそれぞれがもっており、家族としての塊のもつ共通項がすでにある。先祖の、父母の出生の地、出自、そして彼らが過ごした人生を追跡していく。初婚から戦争まで6年間過ごしたパラオ島の体験を認知症の母親と共に兄弟姉妹、叔母が同行する旅が圧巻だ。老いて自らの所在さえ不確かになっていく母親の姿を克明に描いていく。誰もが陥る可能性のある老いて死ぬ人間の宿命のもつ哀感が浮き立ってくる。

意識が鮮明な者たちも、壊れないとは誰も保証はできない。人生の最後のステージをどう生きるか、誰もが問われている。

作者はもはや死は怖くないと言う。生と死のおりなす人生の偶然や必然、宿命、選択がもたらした奇跡のような生と死をすなおに受け入れる気持ちが伝わってくる。

作家が第3章「息子の庭」の中で一つのエピソードのように書いているシルクロードの旅はとても印象深い。パラオへの旅に匹敵する体験だったと締めている。

「農民が士族の上に乗った」などの卑猥なことばは、ハットさせられた。戦前の沖縄がまぎれもなく、家父長制で、出自による差別社会だったことを象徴する。父母の世代は首里から田舎下りした士族は、士族同士で縁組をしていた。戸籍にも士族、平民と記載されていたのだ。しかし、時代は近代化の過程で能力主義に傾斜していった。
 そして戦後はますます個人の能力がアメリカ流民主主義によって増長されていった。そこに伝統回帰の復古調の傾向も見えるが、今や世界を鏡に足元を見据えなければならない21世紀にはいって20年もたった現在である。目まぐるしく変わりつつある世界に対峙してキーストーン沖縄島に生きている。

『父の庭』を読んで自らの父母のことが思い出された。彼らのことをどう表現したらいいだろうか。妹は母の人生を多くのカラー写真を網羅して仕上げた。父の本を母の生前に頼まれて完結していないことが、脳裏をかすめる。

やり残したいくつかのポケットが待ち受けている。

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