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古典女踊の象徴は美らジュリ?表象としての両性具有

2015-03-05 23:25:06 | ジュリ(遊女)の諸相:科研課題

                            (少女たちの踊りにこめられたもの!カナーヨー天川)

古典女踊の象徴は美らジュリ?表象としての両性具有

   ―近世から近代へ「冠船芸能」を継承した遊郭、ジュリ -

                          

                          

 

この論稿の中で三つの仮説を取り上げたい。

まず一つは、いわゆる御冠船踊、現在の古典舞踊[1]を継承したのは、男性だけではなかった。1672年から公の遊里として設立された辻、仲島のジュリ(芸妓)も担ってきた。祭祀芸能、御冠船芸能に並ぶ第三極(あるいは第三層)の芸能集団が遊里、ジュリである。従来無視されてきたが、芸能史に確と位置づけられるべきである。

二つめは、男性「女形」が演じた「古典女踊」を遊里のジュリ(芸妓)も踊った。古典女踊の象徴は「首里士族」の女性や生活、あるいはいわゆる女性の近世の理想体(イメージ)が包摂されていると言えるが、歌詞のほとんどが男性(ユカッチュ)の美らジュリ(芸妓)への恋情である。芸妓の美が古典女踊の美の表象になった。薩摩の在番(役人衆)や王府支配層と辻や仲島との結びつきは大きかった。美らジュリは、女性たちが近代のとば口まで常に献上される存在(他者化された性)でありつづけた人類の歴史の規範の中で、琉球王府でもバッファー(緩衝装置)の役割を果たし、かつ甘美な美(陶酔)の源でもあった。

三つ目は、「女踊」は表象としての両性具有である。それは数少ない若衆踊もそうだと言える。「女踊」は、士族層の男性(ユカッチュ)の美らジュリへの恋情を女の男への恋情として反転させ、女装して(女になりすまして)女の心情を踊る。男性の心情が女性の衣装を纏って混性(両性具有)を帯びて表出された。男性舞踊家の女性のミメシスの対象は妻や王侯貴族婦人ではなく、分ジュリ(大名ジュリ、カイヤジュリ)である。琉球の美を象徴した彼女たちをこの論稿では美らジュリで統一する。

この三点の仮設を先駆者の著書、研究論文、絵図、写真を通して検証したい。まず冠船踊の演目を見てみたい。



[1] 「御冠船踊は古典舞踊とも称されています」と大城学は大野勇著『琉舞手帳』(ボーダーインク、2010)で書いている。しかし金城厚は「少年たちが円陣を組んで踊った入子踊が正統的な御冠船踊であった」(『沖縄文化』第48巻1号115、2014)と論じている。


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