
(狂い風が咆哮する、ひねもす咆哮する日、恐ろしい風の力に震える日)
今日中に大阪で発表した論稿を紀要に投稿できる形態に仕上げて、あと二つを完成させなければならない。それで朝からパソコンの前で論稿を読みながら、また資料の後付けをして過ごしている。まず形を整え終わらせる。そうしないと時間がない。次に向かえない。ASIAN演劇の近代、その英文論文集にはエントリーしたい。英国での論文の中身と交代したいが、それが可能かも今は時間との勝負だ。
(リュックを背負って元気に歩く少年たち!台風が襲わない日!)
風の声に脅される台風の日
わめく風、哭いているような、叫んでいるような、アルミサッシの隙間からもれてくる。関係資料を読んでいると思いがけない発見がやってきたりする。それはいい。泣いているように見える彼や彼女の表情、笑っていても泣いている心もある。
台風8号、まだ今から沖縄へ接近とのこと、つまり、まだまだ心臓をドキッとさせる咆哮に包まれるのである。それでも、そうそれでも、続けよう。ネットで垣間見た表情は嬉しそうでもなく、哀しそうでもなくかといって能面のようでもなく、バランスを懸命にとっているような表情で、君は幸せなの?と聞きたかった。人は停車駅にそのままいるわけにはいかないので、それでも歩かないといけないので、歩いている。
死のモメントまでことばを編み出したらいい。それが君の生きる糧ならばそれを苦にすることなく悔やむことなく、意識のおのれの極地を極めたらいい。それが君の誇りであり、生きている充足ならば、それはそれで君は編み出したことばによって永遠を得るだろう。しかし永遠の愛は得られない。飾りをいくつも付けている姿はみっともないのでやめたほうがいい。みっともない道化を気が付かないうちに演じていたりする。彼もわれも道化で同じにするのは容易だけれど、ただどんなところにいようと、懸命に何かに取り組んでいる蛍の光のようなきらめきには救いがある。
彼女の明るさは誰にも歓びを与えた。懸命さが周囲を明るくした。その記憶が消えないままに残る。
投げた声が返ってこない。投げたままの声のゆくえが気になっている。声に声、ただ一瞬の永遠の滴!
夢を見ている二人は、いまは震えている。自ら生み出した檻と目線にふるえている。でも震えを震えのままにときめいたらいい。
時は情け容赦なく幕を引いてくれる。それまで止まることなく踊り続けるのよ。エールを!
(朝の色合い、台風が襲わない日常)