3月18日(土)は、「NPO法人小田原まちづくり応援団」が主催する「街かど博物館体験ツアー『ものずくり』」に参加(1,500円)してみました。
尚、街博ツアーの行程は次の通りです。
(集合13:00)JR小田原駅改札前→ちん里う本店→柏木美術鋳物研究所→蓮上院土塁→田中屋本店→松崎屋陶器店→松原神社・旧清水本陣→山田呉服店→なりわい交流館(解散16:00)
※下線部分が街かど博物館です。
当日は朝から雨が降っていましたが、取り敢えず、JR小田原駅改札前に行ってみました。
<小田原駅>
小田急線の小田原駅に着くと、小田急ロマンスカーVSEのパネルがあったので撮ってみました。
集合時間に少し早かったので、東西自由通路の東側にあるステンドグラスを撮りに行ってみました。
尚、タイトルは「日月山海小田原」で、左から枝垂桜・太陽と海・富士・月と川・紅白梅を表現しています。
ついでに、小田原提灯をアップで撮ってみました。
集合時間になったのでJR小田原駅改札前に行ってみましたが、未だ来ていない人がいました。
東西自由通路の西側に、片岡鶴太郎が原画・監修した陶板レリーフ「小田原讃歌」があったので倍率を上げて撮ってみました。
最終的に、街博ツアーの参加者は6人(ガイドさんを含めると7人)になりました。
<ちん里う本店(ちんりうほんてん)>
JR小田原駅改札前(3F)から小田原駅東口(1F)に出て、ご覧のような家紋がある商店街に行きました。
商店街の入り口近くの右側にあった「ちん里う本店」に入りました。
尚、「ちん里う本店」は、明治4年創業の老舗梅干専門店です。
「ちん里う本店」では、社長(小峯孝子)の旦那さん(ゾェルゲル・ニコラ)が対応してくれました。
奥に行くと、天保5年(1834)や明治初期の梅干しが展示されていました。
昭和18年~昭和23年の梅干しが展示されていましたが、昭和20年・昭和21年はありませんでした。
昔(1900年頃)のレジスターが置いてあったのでアップで撮ってみました。
レジスターは、商品の販売金額を計算・登録する事務器で金銭登録機と云われていました。
又、アイスクリームを入れておく冷蔵庫(?)があったので撮ってみました。
後ろに、梅漬用の大樽があったので撮ってみました。
案内が終わると、旦那さんは早々に出掛けて行きました。
「ちん里う本店」を後に先に行くと、蒲鉾の籠清(?)に桜が展示されていたので撮ってみました。
又、いつも忍者がいる駅前調剤薬局「ういろう」があったので撮ってみました。
商店街からは「錦通り」に出て国道255号を渡って、次の柏木美術鋳物研究所に向いました。
途中、豊島鰻寮一月庵(旧豊島邸)の入り口で、登録有形文化財「豊島邸」の説明がありました。
<柏木美術鋳物研究所>
豊島鰻寮一月庵を後に5分程歩くと、柏木美術鋳物研究所に着きました。
尚、「ちん里う本店」からは20分程掛かっていました。
柏木美術鋳物研究所は、小田原鋳物の伝統を受継ぐ鋳物製品の工房で、砂張という技術で色々な鳴り物や鈴などを製造・販売しています。
後ろにあった打楽器(?)をアップで撮ってみました。
ご覧のような額がありましたが、何と書いてあるのか分かりませんでした。
黒澤明の映画(椿三十郎?)にも素晴らしい音を奏でる風鈴があったようです。
⇒ 風鈴を眺めている黒澤明が写真(右)がありました。
柏木美術鋳物研究所を後に、蓮上院土塁を通って次の田中屋本店に向いました。
<蓮上院土塁>
蓮上院土塁を歩いていると、新玉小空襲の爆弾投下跡があったのでアップで撮つてみました。
蓮上院土塁からは東海道(国道1号線)に出て、上り方面に5分程歩くと田中屋本店に着きました。
<田中屋本店>
田中屋本店は、大正11年(1922)創業の漬物・佃煮・惣菜などを製造及び販売しているお店です。
お店に入ると、ご覧のような漬物・佃煮・惣菜が販売されていました。
尚、男性陣は手持ち無沙汰でしたが、女性陣はいろいろ買い物をしていました。
田中屋本店を後に、次の松崎屋陶器店に向いました。
<松崎屋陶器店>
東海道を上り方面に5分程歩くと「国際通り」にある青物町商店街に着きました。
青物町商店街を撮ってみましたが、雨が降っている関係もあって商店街は閑散としていました。
取り敢えず、松崎屋陶器店の入り口を撮ってみました。
店内(1F)には、ご覧のような陶器が販売されていました。
階段を上って2Fに行くと、階段の背後に「日本やきものガイド」があったのでアップで撮ってみました。
赤ん坊(社長のご子息?)が乗せられる大皿があったので撮ってみました。
江戸切子のクリスタルがあったので撮ってみました。
内側に文字が書かれている湯呑茶碗があったので撮ってみました。
⇒ 湯呑茶碗の内側に、逆さまに書く筆があるみたいです。
折角なので、湯呑茶碗を倍率を上げて撮ってみました(2個対で10万円)。
松崎屋陶器店を後に、青物町商店街の先に行ってみました。
青物町商店街を暫く歩くと、和食店「清風楼」がありました。
お店の裏側に行くと、昔の花街の時代を思わせる風情ある入り口がありました。
尚、清風楼は文久2年(1862)創業の老舗料亭で、商店街側に和食店の入口があります。
<松原神社>
清風楼から西の方に行くと、前にも来たことがある松原神社に着きました。
松原神社は、直近では2022年6月の「小田原宿場祭り~松原神社」で来ています。
取り敢えず、拝殿に行ってお参りをしました。
松原神社を後に旧東海道に出ると、向かい側に山田呉服店があったので撮ってみました。
尚、山田呉服店の右に行くと、「なりわい交流館」があります。
<旧清水金左衛門本陣跡>
山田呉服店の左に行くと、標石「明治天皇聖跡」があったので中に入ってみました。
石碑には「明治天皇小田原行在所址」と彫られていました。
左側に、案内版「明治天皇宮ノ前行在所跡(旧清水金左衛門本陣跡)」あったので撮ってみました。
案内板には、「明治天皇宮ノ前行在所跡は、明治天皇が宿泊した清水金左衛門本陣のあった場所です。・・」と出ていました。
旧清水本陣跡の左側に、案内板「8月15日の小田原空襲」がありました。
取り敢えず、案内板をアップで撮ってみました。
案内板に依ると、終戦当日に米軍の戦略爆撃機B29一機による焼夷弾空襲を受けたが、米軍の作戦任務報告書には小田原空襲の記載はなかったと云うことです(空襲の理由は分からないみたいです)。
旧清水本陣跡からは、旧東海道を戻って山田呉服店に向いました。
<山田呉服店>
店内に入ると、ご覧のよう手拭が置いてあったので撮ってみました。
尚、山田呉服店は明治8年(1875)創業の老舗呉服店です。
御主人からは昔の苦労話がありました。
<なりわい交流館>
街博ツアーのゴールになる「なりわい交流館」に着きました。
奥に、大漁を祝う漁師たちが参詣時に着た晴れ着「万祝(まいわい)」が展示されていたのでアップで撮ってみました。
最後に今回のツアーのアンケートを提出して、街博ツアーの解散になりました。
「なりわい交流館」の外に出ると、小田原宿の案内板・周辺案内図があったので撮ってみました。
折角なので、道路を渡って「なりわい交流館」をアップで撮ってみました。
案内板の裏側に、昔の小田原宿の写真があったので倍率を上げて撮ってみました。
「なりわい交流館」からは、国道255号線を経由して小田原駅東口に向いました。
<一膳飯屋 八起>
小田原駅東口に着いたので、馴染みの居酒屋「一膳飯屋 八起」に入って飲んで帰りました。
今回の「街博ツアー『ものずくり』を訪ねて」は、生憎の雨降りでしたが、いろんな「街かど博物館」に回れて勉強になったので満足しています。
特に、柏木美術鋳物研究所や松崎屋陶器店へは再度行ってみたい博物館です。
又、旧豊島邸や清風楼には入れなかったので、機会があれば食べに行ってみたいと思っています。
尚、万歩計は雨降りだったのですが、それなりに歩いたので14,000歩を超えていました。
尚、街博ツアーの行程は次の通りです。
(集合13:00)JR小田原駅改札前→ちん里う本店→柏木美術鋳物研究所→蓮上院土塁→田中屋本店→松崎屋陶器店→松原神社・旧清水本陣→山田呉服店→なりわい交流館(解散16:00)
※下線部分が街かど博物館です。
当日は朝から雨が降っていましたが、取り敢えず、JR小田原駅改札前に行ってみました。
<小田原駅>
小田急線の小田原駅に着くと、小田急ロマンスカーVSEのパネルがあったので撮ってみました。
集合時間に少し早かったので、東西自由通路の東側にあるステンドグラスを撮りに行ってみました。
尚、タイトルは「日月山海小田原」で、左から枝垂桜・太陽と海・富士・月と川・紅白梅を表現しています。
ついでに、小田原提灯をアップで撮ってみました。
集合時間になったのでJR小田原駅改札前に行ってみましたが、未だ来ていない人がいました。
東西自由通路の西側に、片岡鶴太郎が原画・監修した陶板レリーフ「小田原讃歌」があったので倍率を上げて撮ってみました。
最終的に、街博ツアーの参加者は6人(ガイドさんを含めると7人)になりました。
<ちん里う本店(ちんりうほんてん)>
JR小田原駅改札前(3F)から小田原駅東口(1F)に出て、ご覧のような家紋がある商店街に行きました。
商店街の入り口近くの右側にあった「ちん里う本店」に入りました。
尚、「ちん里う本店」は、明治4年創業の老舗梅干専門店です。
「ちん里う本店」では、社長(小峯孝子)の旦那さん(ゾェルゲル・ニコラ)が対応してくれました。
奥に行くと、天保5年(1834)や明治初期の梅干しが展示されていました。
昭和18年~昭和23年の梅干しが展示されていましたが、昭和20年・昭和21年はありませんでした。
昔(1900年頃)のレジスターが置いてあったのでアップで撮ってみました。
レジスターは、商品の販売金額を計算・登録する事務器で金銭登録機と云われていました。
又、アイスクリームを入れておく冷蔵庫(?)があったので撮ってみました。
後ろに、梅漬用の大樽があったので撮ってみました。
案内が終わると、旦那さんは早々に出掛けて行きました。
「ちん里う本店」を後に先に行くと、蒲鉾の籠清(?)に桜が展示されていたので撮ってみました。
又、いつも忍者がいる駅前調剤薬局「ういろう」があったので撮ってみました。
商店街からは「錦通り」に出て国道255号を渡って、次の柏木美術鋳物研究所に向いました。
途中、豊島鰻寮一月庵(旧豊島邸)の入り口で、登録有形文化財「豊島邸」の説明がありました。
<柏木美術鋳物研究所>
豊島鰻寮一月庵を後に5分程歩くと、柏木美術鋳物研究所に着きました。
尚、「ちん里う本店」からは20分程掛かっていました。
柏木美術鋳物研究所は、小田原鋳物の伝統を受継ぐ鋳物製品の工房で、砂張という技術で色々な鳴り物や鈴などを製造・販売しています。
後ろにあった打楽器(?)をアップで撮ってみました。
ご覧のような額がありましたが、何と書いてあるのか分かりませんでした。
黒澤明の映画(椿三十郎?)にも素晴らしい音を奏でる風鈴があったようです。
⇒ 風鈴を眺めている黒澤明が写真(右)がありました。
柏木美術鋳物研究所を後に、蓮上院土塁を通って次の田中屋本店に向いました。
<蓮上院土塁>
蓮上院土塁を歩いていると、新玉小空襲の爆弾投下跡があったのでアップで撮つてみました。
蓮上院土塁からは東海道(国道1号線)に出て、上り方面に5分程歩くと田中屋本店に着きました。
<田中屋本店>
田中屋本店は、大正11年(1922)創業の漬物・佃煮・惣菜などを製造及び販売しているお店です。
お店に入ると、ご覧のような漬物・佃煮・惣菜が販売されていました。
尚、男性陣は手持ち無沙汰でしたが、女性陣はいろいろ買い物をしていました。
田中屋本店を後に、次の松崎屋陶器店に向いました。
<松崎屋陶器店>
東海道を上り方面に5分程歩くと「国際通り」にある青物町商店街に着きました。
青物町商店街を撮ってみましたが、雨が降っている関係もあって商店街は閑散としていました。
取り敢えず、松崎屋陶器店の入り口を撮ってみました。
店内(1F)には、ご覧のような陶器が販売されていました。
階段を上って2Fに行くと、階段の背後に「日本やきものガイド」があったのでアップで撮ってみました。
赤ん坊(社長のご子息?)が乗せられる大皿があったので撮ってみました。
江戸切子のクリスタルがあったので撮ってみました。
内側に文字が書かれている湯呑茶碗があったので撮ってみました。
⇒ 湯呑茶碗の内側に、逆さまに書く筆があるみたいです。
折角なので、湯呑茶碗を倍率を上げて撮ってみました(2個対で10万円)。
松崎屋陶器店を後に、青物町商店街の先に行ってみました。
青物町商店街を暫く歩くと、和食店「清風楼」がありました。
お店の裏側に行くと、昔の花街の時代を思わせる風情ある入り口がありました。
尚、清風楼は文久2年(1862)創業の老舗料亭で、商店街側に和食店の入口があります。
<松原神社>
清風楼から西の方に行くと、前にも来たことがある松原神社に着きました。
松原神社は、直近では2022年6月の「小田原宿場祭り~松原神社」で来ています。
取り敢えず、拝殿に行ってお参りをしました。
松原神社を後に旧東海道に出ると、向かい側に山田呉服店があったので撮ってみました。
尚、山田呉服店の右に行くと、「なりわい交流館」があります。
<旧清水金左衛門本陣跡>
山田呉服店の左に行くと、標石「明治天皇聖跡」があったので中に入ってみました。
石碑には「明治天皇小田原行在所址」と彫られていました。
左側に、案内版「明治天皇宮ノ前行在所跡(旧清水金左衛門本陣跡)」あったので撮ってみました。
案内板には、「明治天皇宮ノ前行在所跡は、明治天皇が宿泊した清水金左衛門本陣のあった場所です。・・」と出ていました。
旧清水本陣跡の左側に、案内板「8月15日の小田原空襲」がありました。
取り敢えず、案内板をアップで撮ってみました。
案内板に依ると、終戦当日に米軍の戦略爆撃機B29一機による焼夷弾空襲を受けたが、米軍の作戦任務報告書には小田原空襲の記載はなかったと云うことです(空襲の理由は分からないみたいです)。
旧清水本陣跡からは、旧東海道を戻って山田呉服店に向いました。
<山田呉服店>
店内に入ると、ご覧のよう手拭が置いてあったので撮ってみました。
尚、山田呉服店は明治8年(1875)創業の老舗呉服店です。
御主人からは昔の苦労話がありました。
<なりわい交流館>
街博ツアーのゴールになる「なりわい交流館」に着きました。
奥に、大漁を祝う漁師たちが参詣時に着た晴れ着「万祝(まいわい)」が展示されていたのでアップで撮ってみました。
最後に今回のツアーのアンケートを提出して、街博ツアーの解散になりました。
「なりわい交流館」の外に出ると、小田原宿の案内板・周辺案内図があったので撮ってみました。
折角なので、道路を渡って「なりわい交流館」をアップで撮ってみました。
案内板の裏側に、昔の小田原宿の写真があったので倍率を上げて撮ってみました。
「なりわい交流館」からは、国道255号線を経由して小田原駅東口に向いました。
<一膳飯屋 八起>
小田原駅東口に着いたので、馴染みの居酒屋「一膳飯屋 八起」に入って飲んで帰りました。
今回の「街博ツアー『ものずくり』を訪ねて」は、生憎の雨降りでしたが、いろんな「街かど博物館」に回れて勉強になったので満足しています。
特に、柏木美術鋳物研究所や松崎屋陶器店へは再度行ってみたい博物館です。
又、旧豊島邸や清風楼には入れなかったので、機会があれば食べに行ってみたいと思っています。
尚、万歩計は雨降りだったのですが、それなりに歩いたので14,000歩を超えていました。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます