ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

扇の話(その12) ~どの鬘扇? なぜ修羅扇?<3>

2008-02-16 23:53:10 | 能楽
前回の補足ですが、紅入鱗箔鬘帯という名称のうち「鱗箔」という言葉について ちょっと説明が足りませんでした。

鬘帯には「紅入(いろいり)」「無紅(いろなし)」という、ほかの多くの(すべての、ではない)装束に共通して、それを着る役の個性。。とくに年齢を表す区別があって、それは紅色がその装束に入っているか否か、という区別であることは以前にも簡単に触れました。また鱗文様も、織りであったり刺繍であったり、摺箔であったり、と様々な技法を駆使しながら、嫉妬の炎を燃やす女性の役(と、それにイメージが似た役にも流用しますが)に共通して用いられる文様です。

ところが、ほかの装束には用いられず、鬘帯と腰帯に限って用いられる製作技法。。それによる名称があるのです。それが「胴箔」(どうはく)で、前にも説明した合引以外の箇所~鬘帯であれば頭に巻き付けるところと、後頭部から背中に垂らす部分。腰帯であれば腰の前に垂らす箇所と、腰のうしろの、ちょうど袴の腰板にあたる部分~一面に金泥が塗ってあるものをこう呼びます。

胴箔の鬘帯や腰帯は非常に豪華で、もちろんシテ専用です。とくに本三番目のシテではまず間違いなく胴箔の鬘帯と腰帯が選ばれると考えてよろしいかと思います(ですから『熊野』などではシテが胴箔、ツレが紅地の鬘帯を締め、また同じ唐織でもシテが段のもの、ツレはやはり紅地のものを使い、さらにその下に見える摺箔もシテは金の文様、ツレは銀の文様、そして襟もシテは白を二枚、ツレは赤を一枚着る、と、こういうところで役の「位」の表現に差をつけています=もちろん一番大きな違いは掛ける面ですけれども)。

この胴箔、見所からは金地に刺繍で文様を施してあるように見えると思いますが、生地に先に金を置いてしまうと、もう地が堅くなってしまって刺繍の針が通らないので、実際には刺繍をしてから、その余白にすべて金を置くのです。で、ホントに胴箔の部分はカチンカチンでして、頭に巻き付ける程度はできるのですが、もうそれ以上折り曲げたら。。パチンと金の塗りが折れてしまうか、ヒビが入ってしまうでしょう。もっとも、それは最近の品物の場合で、昔の鬘帯を見ると非常に薄く生地のうえに金が載せられています。これなら金の上から刺繍ができるかもしれない。。今度機会があったらよく見てみよう。それに、刺繍も昔のものは良いですね。。むやみに時代があった方が すべからく良い、というものでもなく、大正から戦前の昭和の頃の品物というのは華奢で繊細。心がこもって作られています。現代のようにベタッと塗られた金の鬘帯ばかりをふだんは見馴れてしまっているけれども。。古いものを見ると、あ~あ、ホントに戦争で何もかも失ってしまったんだなあ。。と思ったりします。

え~、話は飛びましたが(またか。。)、紅入鱗箔鬘帯、と言った場合、鱗箔とは「鱗文様の入った胴箔」の鬘帯、という意味なんです。胴箔という技法を説明しないと鬘帯の説明は片手落ちなので、遅ればせながら申し添えておきました。

もっとも、同じ「鱗箔」と言っても、次回に説明しようと思っている「摺箔」ではまたちょっと違った意味で使われている呼び名ですね。これはまた次回に。。