前シテの名所教え…ロンギにまで続くこの長大なワキとのやりとりが、じつはそのほぼすべてが和歌を下敷きにした、いわば歌枕を目の前にして、お互いの和歌の知識の共有を確かめ合う問答なのですね。
具体的に例を挙げると、
ワキ「ただ今の御物語に落涙仕りて候。さて見え渡りたる山々は。皆名所にてぞ候らん御教へ候へ。
シテ「さん候皆名所にて候。御尋ね候へ教へ申し候べし。
ワキ「まづあれに見えたるは音羽山候か。
シテ「さん候あれこそ音羽山候よ。
ワキ「さては音羽山。音に聞きつゝ逢坂の。関のこなたにと詠みたれば。逢坂山も程近うこそ候らめ。
…音羽山おとに聞きつつ逢坂の関のこなたに年を 経るかな(古今集・在原元方)
シテ「仰せの如く関のこなたにとは詠みたれども。あなたにあたれば逢坂の。山は音羽の峯に隠れて。この辺よりは見えぬなり。
ワキ「さてさて音羽の嶺つゞき。次第々々の山並の。名所々々を語り給へ。
シテ「語りも尽さじ言の葉の。歌の中山清閑寺。今熊野とはあれぞかし。
…和歌そのものではないけれど『平家物語』の高倉天皇と小督の悲恋物語が底流か。
ワキ「さてその末につゞきたる。里一村の森の木立。
シテ「それをしるべに御覧ぜよ。まだき時雨の秋なれば。紅葉も青き稲荷山。
…我が袖にまだき時雨の降りぬるは君が心に秋や来ぬらむ(古今集・読人不知)
…時雨する稲荷の山のもみぢ葉は青かりしより思い初めてき(古今著聞集)
ワキ「風も暮れ行く雲の端の。梢も青き秋の色。
シテ「今こそ秋よ名にしおふ。春は花見し藤の森。
ワキ「緑の空も影青き野山につゞく里は如何に。
シテ「あれこそ夕されば。
ワキ「野辺の秋風
シテ「身にしみて。
ワキ「鶉鳴くなる。
シテ「深草山よ。
…夕されば野辺の秋風身にしみて 鶉鳴くなり深草の里(千載集・藤原俊成)
地謡「木幡山伏見の竹田淀鳥羽も見えたりや。
地謡「眺めやる。其方の空は白雲の。はや暮れ初むる遠山の。嶺も木深く見えたるは。如何なる所なるらん。
…眺めやるそなたの雲も見えぬまで空さへ暮るる頃のわびしさ(源氏物語・浮舟)
シテ「あれこそ大原や。小塩の山も今日こそは。御覧じ初めつらめ。なほなほ問はせ給へや。
…大原や小塩の山もけふこそは神代のことも思い出づらめ(古今集・業平)
地謡「聞くにつけても秋の風。吹く方なれや峰つゞき。西に見ゆるは何処ぞ。
シテ「秋もはや。秋もはや。半ば更け行く松の尾の嵐山も見えたり
…ついつい文章そのままに読んでしまっていたこの名所教え~ロンギが、じつはすでにワキ僧の中に賈島の詩とその心を知る豊かな文学的趣味に、みずからのそれとの合致を見た汐汲みの尉…すなわち源融その人が興に乗ってワキに文学問答を仕掛けているのです。この場面、直前には荒れ果てた河原院の有様を嘆く尉の姿が描かれていて、場面の唐突な変化はよく指摘されるところなのですが、考えようによっては…先に賈島の詩に興味を示した尉に対して、その気持ちを奮い起こさせようと、ワキ僧は歌枕と承知のうえで都の景物をシテに尋ねた。。とも解釈することは可能かもしれません。つまり最初から名所教えとは「お上りさん」であるワキにシテが都の景物をガイドしているだけではない、とも考えられると思います。
いずれにせよ(まんまと?)シテはワキの問いに対して、その土地にまつわる和歌をちりばめながら紹介し、その喜びのような感情は次第に熱を帯びて、ついにワキの袖をつかまえてあちらこちらと引き回すかのような興奮状態へと進んでいきます。であるからこそ、「忘れたり秋の夜の長物語よしなや まずいざや汐を汲まんとて」と興奮からの覚醒する場面が鮮烈なのですし、そこから汐汲みの型の流れるような連続、田子を捨てて。。すなわち突如としてシテの姿が消え失せるような中入、と能の前半のクライマックスに向けて舞台が盛り上がるのです。この中入の場面の構成は、ホント、上手いなあ、と思います。
具体的に例を挙げると、
ワキ「ただ今の御物語に落涙仕りて候。さて見え渡りたる山々は。皆名所にてぞ候らん御教へ候へ。
シテ「さん候皆名所にて候。御尋ね候へ教へ申し候べし。
ワキ「まづあれに見えたるは音羽山候か。
シテ「さん候あれこそ音羽山候よ。
ワキ「さては音羽山。音に聞きつゝ逢坂の。関のこなたにと詠みたれば。逢坂山も程近うこそ候らめ。
…音羽山おとに聞きつつ逢坂の関のこなたに年を 経るかな(古今集・在原元方)
シテ「仰せの如く関のこなたにとは詠みたれども。あなたにあたれば逢坂の。山は音羽の峯に隠れて。この辺よりは見えぬなり。
ワキ「さてさて音羽の嶺つゞき。次第々々の山並の。名所々々を語り給へ。
シテ「語りも尽さじ言の葉の。歌の中山清閑寺。今熊野とはあれぞかし。
…和歌そのものではないけれど『平家物語』の高倉天皇と小督の悲恋物語が底流か。
ワキ「さてその末につゞきたる。里一村の森の木立。
シテ「それをしるべに御覧ぜよ。まだき時雨の秋なれば。紅葉も青き稲荷山。
…我が袖にまだき時雨の降りぬるは君が心に秋や来ぬらむ(古今集・読人不知)
…時雨する稲荷の山のもみぢ葉は青かりしより思い初めてき(古今著聞集)
ワキ「風も暮れ行く雲の端の。梢も青き秋の色。
シテ「今こそ秋よ名にしおふ。春は花見し藤の森。
ワキ「緑の空も影青き野山につゞく里は如何に。
シテ「あれこそ夕されば。
ワキ「野辺の秋風
シテ「身にしみて。
ワキ「鶉鳴くなる。
シテ「深草山よ。
…夕されば野辺の秋風身にしみて 鶉鳴くなり深草の里(千載集・藤原俊成)
地謡「木幡山伏見の竹田淀鳥羽も見えたりや。
地謡「眺めやる。其方の空は白雲の。はや暮れ初むる遠山の。嶺も木深く見えたるは。如何なる所なるらん。
…眺めやるそなたの雲も見えぬまで空さへ暮るる頃のわびしさ(源氏物語・浮舟)
シテ「あれこそ大原や。小塩の山も今日こそは。御覧じ初めつらめ。なほなほ問はせ給へや。
…大原や小塩の山もけふこそは神代のことも思い出づらめ(古今集・業平)
地謡「聞くにつけても秋の風。吹く方なれや峰つゞき。西に見ゆるは何処ぞ。
シテ「秋もはや。秋もはや。半ば更け行く松の尾の嵐山も見えたり
…ついつい文章そのままに読んでしまっていたこの名所教え~ロンギが、じつはすでにワキ僧の中に賈島の詩とその心を知る豊かな文学的趣味に、みずからのそれとの合致を見た汐汲みの尉…すなわち源融その人が興に乗ってワキに文学問答を仕掛けているのです。この場面、直前には荒れ果てた河原院の有様を嘆く尉の姿が描かれていて、場面の唐突な変化はよく指摘されるところなのですが、考えようによっては…先に賈島の詩に興味を示した尉に対して、その気持ちを奮い起こさせようと、ワキ僧は歌枕と承知のうえで都の景物をシテに尋ねた。。とも解釈することは可能かもしれません。つまり最初から名所教えとは「お上りさん」であるワキにシテが都の景物をガイドしているだけではない、とも考えられると思います。
いずれにせよ(まんまと?)シテはワキの問いに対して、その土地にまつわる和歌をちりばめながら紹介し、その喜びのような感情は次第に熱を帯びて、ついにワキの袖をつかまえてあちらこちらと引き回すかのような興奮状態へと進んでいきます。であるからこそ、「忘れたり秋の夜の長物語よしなや まずいざや汐を汲まんとて」と興奮からの覚醒する場面が鮮烈なのですし、そこから汐汲みの型の流れるような連続、田子を捨てて。。すなわち突如としてシテの姿が消え失せるような中入、と能の前半のクライマックスに向けて舞台が盛り上がるのです。この中入の場面の構成は、ホント、上手いなあ、と思います。