ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

扇の話(その4)

2008-02-01 03:13:04 | 能楽
地味な横縞だけの近衛引文様。。その名前の由来は ぬえはよく知りませんが、やはり近衛家との関係があるらしく、そうであるならば近衛家からの拝領品が出発点なのでしょうね。

そこで今日は近衛家について書こうかと思ったのですが、これはあまりに説明が多くなり過ぎて、「扇の話」という話題からかけ離れてしまいますので、今日は単刀直入に、近衛引文様に隠れた秘密、という事を先に記しておこうと思います。

近衛引文様の隠されたスゴさ。。それはひとえに製作に要する技術の高さにあります。前回の記事に載せた画像をよくご覧ください。。扇自体は白地で、いうなればもっともシンプルな地紙です。そして横段は、よく見るとグラデーションが掛かったいくつかの太い帯に描かれていることがわかります。。そうなのです。この横段は、やや細い刷毛を使って、何度も平行線を並べて描いて作られているのです。

つまり、職人さんはパレットのような、朱肉のようなものにあらかじめ「ぼかし」を入れた色を置いておいて、そこに刷毛を浸して、サッとひと筆 地紙に横線を1本引いて。それを繰り返すわけです。前回画像を載せたこの扇の場合、刷毛の両端だけに青色を染みこませて中央部分はそれが ぼかされて薄くなっている、という線が何本か。それと、刷毛の両端にだけ色があって中央部分は ぼかしてあるやり方は同じながら、アクセントのために片端は青、片端は金と配色を変えている線がときおり交えられています。

そうですね、考えてみれば近衛引文様とは「横段」だけではなくて、その段の文様には必ず「ぼかし」が加えられていますね。。そういう文様の呼称なのでしょう。

しかし。。スゴいのはここからで、これまた よくよく考えてみれば、扇面に文様を描くときは、まだ扇に仕立てる前の段階。。つまり蛇腹に折り畳む前の地紙に描くわけです。広げた一枚の扇面にサッと1本の横線を描く。刷毛に色を染みこませて、その下にもう1本の線をサッ。今度は金を入れた変わり線を1本。またもとの色合いの線を重ねて。。フリーハンドでこの平行線をすべて描き、さてこの地紙を折り畳んで扇の形に仕立てて。その完成したその扇をパチンとたたむと あら不思議。閉じた状態の扇を横から見ても、ピッタリとすべての横段が寸分の狂いもなく揃って見えるのです。

う~む、推測するに、扇に仕立てるために蛇腹に折り畳む その前の扇面というものは、扇の要を中心とした同心円の一部とは単純には言えないのではないか? 蛇腹に折り畳んだところで初めて現れる中心点=要=を想定しながら、折り畳む前の扇面はそれとは微妙に中心点が微妙にズレながら複雑な幾何学曲線を描いている用紙なのではないかしらん。

この地紙に、仕立てた完成品としての扇として、開いた状態でもまた たたんだ状態でもピッタリと文様が納まるように描かれた横段。。じつは これは神ワザのような職人芸で、ぬえが聞いたところでは「近衛引は、日本人の職人にしか描けないだろう」とさえ言われているんですって! ん~~恐るべし、日本文化。

この文様が現在単純に「横段文様」などと言われずに「近衛引」と呼ばれているのが、もともとは近衛家からの拝領品がもとになっているのだとしたら、一見地味なこの文様には、あるいは自らの財力を使って職人を育成した近衛家自身の自負による命名か、もしくはそれを拝領した人が その光栄を記念するとともに、この製作技術の高さに着目して一般的な「横段文様」とは独立させる意図を持って そう命名したのかもしれません。

。。命名の由来については ぬえの推測の域を出ない事ばかりで恐縮ですが、何気ない。地味。。こういう中にとんでもない技術が隠されているところが 日本の文化の特色の一つとして注目されるべきだなあ、と考えた ぬえなのでした。