どうもいけない。酒を飲んだらすぐに寝てしまいたくなる。正体がなくなってしまう。力が抜けてしまう。ふわふわの雲になってしまう。どうもいけない。今夜もこうだ。ちびりちびり飲むわずか一合の酒なのにきける。熱燗だからか。ひとり酒だからかもしれぬ。
入茶室すればたちまち入母胎して安らけし、昇って天宮の客となる、客はまた此処に客を迎えて終いまでなごやかなり。人を迎え宮仙を迎うこと楽しや楽し。
*
先日初釜に招かれた。茶室は母の胎なりと座の隣客が耳打ちす。安けくして坐せば位上がって天宮となる。ここにてもまた客となる。次々となごやかな客が来る。これを迎える。客のやわらかなること、おだやかなること、あたたかきこと仙人の如し。仙と仙との遊や楽しや楽し。
大相撲初場所10日目。大関琴奨菊が横綱鶴竜を倒して連勝をキープした。明日はいよいよ白鵬戦。ともに無敗でぶつかる。最高の盛り上がりだ。残る2人の大関、稀勢の里、豪栄道よ、奮起せよ。(照の富士は怪我のため休場)
1
彼は無限の彼方から来て無限の彼方へ去って行く者である。
2
いまは此処にいて瞬間とどまっているけれども、此処をも去って行く者である。
3
阿弥陀仏のamitaの、mitaはlimit、 boundaryである。aは否定語。だからamitaは無限。無限の彼方の時間にある者で、且つ、無限の彼方の空間にいる者である。
4
そこから光を放っている。そこから慈悲を放って来る。
5
無限の彼方から無限の彼方まで光を放ち智慧を届け慈悲に包んでいるので、彼は阿弥陀仏と呼ばれている。
6
時間的な側面では彼は無量寿仏であり、空間的な側面では彼は無量光仏である。
7
無限の彼方から来て無限の彼方へ去って行く者を離れないためである。
8
ここを肯定するためである。
9
ここを保証するためである。この無限を守り抜くためである。
10
彼は無限の彼方からも来ることができたので、無限の彼方へも去って行くことが出来るのである。
11
阿弥陀仏は、出発した無限の彼方を到着する無限の彼方に重ね合わせたのである。
12
一つの点にしたのである。凝縮した点にしたのである。信仰の信がそうさせたのである。
13
信仰の信は、来所と去所の広がりを自由に活動させる空間にしたのである。自由に活動させる時間にしたのである。
14
無限を活動の無限大にしたのである。
15
これで大幅に広がったのである。大幅に拡大したのである。
16
無限大amitaを手に入れたわれわれは、阿弥陀仏の顕現によって、これを楽しみともすることが出来たのである。
17
宗教というのはもしかしたらマジックなのかもしれない。
18
ありえないことをありえることに変えるマジックが用いられている。
19
不安の事々が安心に変えられていく。
20
抱く恐怖のことごとくがいつのまにか絶対無畏に転じて行く。
苦しみはお迎えである/悲しみはお迎えである/迎えて正客にされるのだ/病と死はお迎えである/待ちに待ったお迎えである/迎えていよいよはっきりと正客にされるのだ/
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待ちに待った、というわけにはいかないけれど、その実はそうである。避けて避けて逃げて逃げ回るのだが、苦しみ悲しみの極点に立たされる。そしてそこでとうとう仏陀に捕獲される。正客にして迎えられるためである。これを待ち望んで来たのである。それがここへ来て成就するのである。成就して初めて、逃げ惑ったこれまでの背反のすべてがここへ辿り着くためであったことが了解される。人は徐々に徐々に「終わりよし」に追い込まれるのだ。正客とはもちろん仏国土の賓客、その堂々の正客である。
わたしのまちがいだった/わたしの/まちがいだった/草に座れば/それがわかる 「定本八木重吉詩集」より
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傲慢が人の体をとって暮らしているようなものである。我が物顔の善人になりたがる。神さまの鏡の前に来ると善人顔をした己の欺瞞が映し出されて小さくならざるをえない。彼はキリスト教の信仰に燃えている詩人である。詩人は野原に出て草の上に座った。青い草が匂った。見上げると春の空が広がっている。それですぐさま己の非を悟った。己のまちがいが分かると言うことは神の正しさ、神の清らかさ豊かさ、神の絶対性を信頼できたということでもある。
八木重吉はさぶろうの大好きな詩人である。高校生の頃に読み耽った。
雪はまだ降り止まない。道路の雪は解けている。午前中ずっと家の中に燻っていたさぶろうは、着替えを済ませた後に、鬱屈気分を転換するために外に出た。ドライブをしてきた。行く行く遠山の雪景色を堪能した。風が舞ったが思ったよりも寒くはなかった。途中、川久保の郵便局に立ち寄って当たり年賀状を切手と交換した。それから久しぶりに通帳記帳をした。残金がほとんどなかった。スーパー一階入り口にある本屋さんにも立ち寄ったが、買うことはなかった。買う気も起こっていなかった。食料品コーナーに回って干瓢が詰まった巻き寿司、小さめの稲荷寿司を合わせたパックを一箱買った。昼ご飯は抜くことにした。どうしたことか腹がちっとも減らなかった。しかし、帰宅後にお八つの焼き芋に口を付けた。軽く三口で食べ終えた。それから家内がいれてくれた珈琲を啜った。香りまでもおいしく感じられた。夕食は7時過ぎ。それまでには胃袋の調子を戻しておかねばならない。これからは大相撲観戦をする。大関琴奨菊が負け知らずの9戦全勝で突進している。お相撲さんたちにもインフルエンザが流行っているようである。
あなたにお手紙をしたためます/手漉き和紙の便箋に/あなたへの想いを/一滴一滴/文字にしながら/これは/埼玉県比企郡小川町一町四ケ村で/生産されている小川和紙/指の肌になぞると/やわらかくやさしく反応します/文字は親しさをほしがる小鳥/ひとりではいられないのでしょう/親しく読む人を得たら/羽根を舞わして踊り上がります/森をめぐって声を立てます/あなたに/森にわきあがった声が/こだましてくるかもしれません/
あなたにお手紙をしたためます/わたしは森の精/いつもはひっそりと森で暮らしています/姿を見せることはほとんどありません/静かに物思うニンフです/男性なのに戦いを嫌うので/一人前に扱ってはもらえません/それで出る場もないのです/強くも逞しくもありません/ですから/人を恋うのは不似合いです/不似合いだから/森の木がが空の雲を恋うような恋い仕方が精一杯です/森の木は恥じらうばかりで/はっきりした行動がありません/
それでもわたしは/あなたにお手紙をさしあげます/よくよくの決心です/あなたの目の色が/わたしを魅了します/雪の野原を見ているあなたの目が/虹を作っています/虹の目蓋を作っています/そこに誰かいるのでしょう/あなたは膝を曲げて/静かにやさしく声を掛けています/わたしはそんなあなたを盗み見ています/盗むという罪悪に少しさいなまれながら/耳に小さなピアスが刺してあります/緑色をしているから/サファイアかもしれません。
わたしはあなたにお手紙を差し上げて/どうするつもりなのでしょう/あなたの愛が得られることはありません/文字の小鳥を鳴かせるのが精一杯で/そこで終わりです/それでもわたしはあなたの愛がほしいのです/ほしいということを表現していたいのです/誰に?/わたしを見てもいないあなたに?/なさけなくはありませんか?/自問します/あなたはまだやさしく声を掛けています/野原に誰かいるのでしょう/綿雪が舞っていて/ときおりあなたの姿を消してしまいます/
雪があなたを消してしまわないように/わたしはあなたにお手紙をしたためています/雪があなたの長い黒髪を消してしまわないように/文字を火にして愛をつづっています/
1
わたしの内面を豊かにするとわたしの外面が豊かになっていく。
2
ほんとうだよ。とわたしはわたしに囁きかける。
3
ほんとうだよを信じてみることにする。
4
それだけでもう豊かになったような。
5
「わたしは豊かになる」よりも「わたしは豊かである」の方が手っ取り早い。
6
現状否定よりは現状肯定の方が豊かだ。
7
「わたしは豊かになる」というのは「わたしはいま豊かではない」が下地になっている。「わたしは豊かである」は現状の肯定が土台になっている。
8
じゃ、どこが豊かなんだい。わたしの今の何処が豊かなんだい。もうそれ以上でなくともいいのかい。
9
豊かにして過ごして来た。欲しい物はなんでも手に入れて過ごして来た。黄金に輝くいのちを手に入れて過ごして来た。だから今日の日のわたしがここにあった。
10
今のわたしに「ありがとう」が言えるということがわたしの豊かさなんだ。
11
ありきたりの結論でがっかりした?
12
わたしの内面が豊かになるとわたしの外面が豊かになっていく。裾広がりに豊かさが広がって行く。
13
「ありがとう」はそのスタート地点。そこからありがとうの世界が無限大に大きく広がって行く。
14
制限しても制限しても制限しきれないくらいの宇宙の豊かさに行き着くときがやがて来る。
15
わたしはわたしを愛してやまない神々に出会う。わたしは毘盧遮那如来に抱きとめられる。わたしは蓮華蔵世界へと突入して行く。
16
わたしが進む行く先々のこの希望は豊かだ。豊かさがわたしの内面を美しく彩って行く。
朝ご飯は白菜の味噌汁だけにした。茸茸の炊き込みご飯が炊いてあったけど、腹がふっくら膨らんだままで凹まなくて、食べられなかった。デザートに少しだけの林檎と甘い干し柿を楽しんだ。
雪はまだ舞っている。今度はスペインの踊りを踊っている。カタラカッタカタラタラッタ、カッタタカラヲササゲタイ。宝を買っちゃったの浮き浮きした靴音は響いていないけど。でも、ふんわりふんわり浮かれている。
ジョウビタキが3mの近いところに下りたって、こちらを眺めている。首を曲げて窓の中を覗うようにして。ベランダの鉢物には雪がない。ミヤコワスレが濃紫の花の蕾を着けている。この小鳥は人欲しがり屋。遊んで欲しいとねだる。
男は誘惑が仕事。女はされるのが仕事。愛し合うのは二人の大事な共同作業。生きているということの証。悪ではない。生物界ではこれが普通。これが自然。これが終わると死に絶えて行く。これが普通、これが自然。悔いることではない。恐れることではない。
小鳥も誘惑が仕事。花も誘惑が仕事。空もそう。山もそう。海もそう。人間は自然界の誘惑を受けるのがこれまた大事な仕事。無視しないでね。わたしを無視しないでね。これは愛の基本。今朝は雪が踊りを踊って老いたさぶろうに誘惑を仕掛けてくる。
尾羽を振るから、さぶろうはこれに応じることにする。顔を合わせる。嬉しそうに首と尾羽を動かして応じるジョウビタキ。愛情は通い合わせるもの。いっとき通い合わせてみる。ここは静かな村里。昼になっても雪がしんしんと降っている。