やなせたかし作詞の「アンパンマンのマーチ」にはこうある。
なんのために生まれて/なにをして生きるのか/こたえられないなんて/そんなのはいやだ!
なにが君のしあわせ/なにをしてよろこぶ/わからないまま終わる/そんなのはいやだ!
*
質問は4つある。1,何のために生まれて来たか? 2,(それが分かっているのなら)(いま)なにをして生きているか? 3,(何かをして生きていてが)その中で幸せを感じていることはなんだ? 4,(幸せを感じているのだったら)(何かをしているはずだが)それが生きるよろこびになっているかどうか?
この4つの質問に答えれないで生きているのは嫌だ。アンパンマンはそう言っている。そう言っているからには答えが出ているはずだ。
答えが出たアンパンマンはもう自分のことには関わらないで、外へ向かって行って縦横無尽の活躍をする。
****
答は百人百様だろう。さぶろうはこの4つの自己質問に答えられるか。問うてみる。
1,さぶろうは法華経に出遭うために生まれて来た。1,生きていたので法華経に出遭った。(理解はしていないがそれは次章に回す) 3,(よく理解も出来ないでいるが)この世で法華経に出遭えたことは幸せだった。4,幸せを次に移せているか。それを具体的な喜びの実践に替えているか。さぶろうはここでぱたりと足が止まる。答えに窮したからである。
*
アンパンマンは「そんなのは嫌だ」と拒否している。答えが出ないままで人生が過ぎて行くのは嫌だ、何が幸せか、分からないままで死んで行ってしまうのは嫌だと叫んでいる。
*
「わたしがこの世を生きる目的はここで完遂された」ら、この世を満足して死んで行けるはずである。しかし、そんなに大上段に刀を振り回さないでもいいのかも知れない。目的は死んだ後になっておのずから分かってくるのかもしれない。ああ、そうだったのかとそこで合点してもいいのかもしれない。