ふるさとの沼の匂いや蛇苺
水原秋桜子
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蛇が食べる苺。だからといってそれほどに毒々しくはない。たしかに小さい。シャツのボタンくらいの大きさでしかない。野苺だから赤い。蛇苺は湿地を好む。だから沼地の周辺によく生えている。ここにもそこにも生えている。そこを蛇が這い回る。
蛇苺はもちろん人は食えない。蛇も喰わないかもしれない。匂いもさしてしているわけではない。だから、蛇苺が沼の匂いをしているというのは感覚的な言い方である。池ではなく湖でもなく、沼の匂い。泥臭い匂いを発しているところが沼である。
ふるさとの匂いにしては、いささか泥臭い。冴えない。しかし、だからこそ、それを句にしたくなったのだ。都会に住んで贅沢な暮らしをしている人は、あえて、そういう異端をふるさとの遺品にしてみたくなるのだろう。釣り合いを、それで保ってみたくなったのだろう。
ふるさとは、まずしくして暮らしているからこそのふるさと。都会とは混じり合わない。