<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

力が授かるのを待つ。

2024年01月29日 18時28分05秒 | Weblog

新聞投稿する詩分野の作品を書き始めている。月初めに投稿をする。

今日午前中いっぱい掛かって、うんうん唸って、やっと1作品を書き上げたが、満足できていない。

詩の神が、宇宙銀河からわたし目掛けて飛んで来て、乗り移って、力を貸し与えないと、書けない。だからそれまで待つことになる。待つ間が長い。長いが待つ。

神は憑依する。見えない神は、見えるものに憑依することで、力を発揮することができる。詩を書いていないときでも、それは同じだ。多かれ少なかれ、パワーをもらっている。誰もが支援を受けているのだ。

で、書き上がった作品を見て、「こんなものおれには書けない」と実感するときに、いい作品が仕上がっている。50~90%は神の力が注入されているから、まあ一種の「神がかり」作品のようなものだ。

いや、おれはおれの力で書く。などと強がることもあるが、失敗作になることが多い。傲慢になるだけだ。

詩を書くときに限らない。すべてがそうかもしれない。大いなるものの、大いなる力を、分けてもらって、それを我が物顔して、生きているのかもしれない、我我は誰もが。

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我が家で漬けている高菜の塩漬けがおいしい。

2024年01月29日 18時16分40秒 | Weblog

高菜の塩漬け一夜漬けが、僕ほどに好きな人も少ないだろう。漬けてから三日四日したら出来上がる。それを水洗いして、辛い唐辛子刻みを捨て、刻んで、水を幾らか絞って塩分調節をして、一回分ずつラップに包んで、冷蔵庫保冷しておく。

それを朝ご飯の白いご飯に載せて食べる。薄く刻んだ鰹節を混ぜ、醤油を垂らして。おいしいおいしいを言いながら食べる。

一夜漬け用の容器が空になったらすぐに次の高菜を漬ける。高菜は前日に畑から抜いて来て、洗って、一日干しておく。

家内は塩分摂取を嫌ってあまり多くを食べない。僕は塩分摂取量なんかちっとも気にしていない。死ぬときはどんな病気予防をしていようと、いまいと、死ぬ。死ぬべきだから死ぬ。そんなふうに横着を決め込んでいる。

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そろそろ日暮れ、もう日暮れ。

2024年01月29日 16時34分39秒 | Weblog

16時半、そろそろ日暮れ。もう日暮れ。風がぴたっと止んでいる。

もらって来た朝日新聞日曜版の「朝日俳壇」「朝日歌壇」を、念入りに読んで、自分に分かる平易な作品に、赤丸をつけて、しばらく作品群の中を行ったり来たりして遊びました。

俳壇も歌壇もどちらも4人の選者がいます。選んだ作品がそれぞれ違っていて、なるほど選者次第なんだなと、面白く思いました。ダブル入選は○印がありました。

友人宅へ我が家の畑で収穫して、保存しておいた薩摩芋をどっさり運びました。彼も栽培しているけれど、食べ尽くしたというので、運んで行きました。

それから彼の案内でユメタウンに行って来ました。彼が勧めるあったか寝具(軽めの化繊の布団と毛布)を買って来ました。3割引になっていました。今夜からこれを使用します。

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春の大空が広がっています。

2024年01月29日 11時47分55秒 | Weblog

わたしはわたしをないがしろにしたくありません。わたしは<仏様に大切にされている存在>だからです。

わたしは仏様に大切にされている存在だから、けっしてつまらなくはないはずです。

日常、つまらないことを思い、且つはつまらないことをしていますが、つまらない存在ではないはずです。

お日様がわたしのところまで来て、なにしろ、わたしを明るく輝かせているのですから。それだけでも価値のある存在です。

1月29日、月曜日、まもなく正午。春の大空が広がっています。つまらないわたしであれば、わたしはおだやかな春の大空を仰げないはずです。

わたしの鼻先に空気が届けられて来ます。わたしが吸うだけの空気をいつも届けてきます。届けて来るのは、わたしを大切にしているからです。肉体をもらっているのも同じ理由からです。

そんなことを今日は考えていました。阿弥陀仏に願われているわたし。毘盧遮那如来に加護されているわたし。ガンジス川の砂の数ほどの諸仏に導かれているわたし。そう考えていると自己肯定が深まります。元気なこころになります。

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お日様には意思とこころと願いがあるのではないか。

2024年01月29日 11時33分01秒 | Weblog

ぽっかりぽっかりになりました。みんなみんなお日様のおかげです。

地球に生命が生きられるようにしてくれているのもお日様です。

お日様に、そうしようとする意思・こころ・願いがあったから、こうなっているのではないか。そんなことをふと思ってみます。

で、お日様の意思・こころ・願いはどこまで続くのだろうか? これも疑問です。

生命がここで生きられるというそこまでの段階なのか、それともそのさきにもそれが続いているのかどうか。

つまり、生命体のわたしが死んだあとでも、なお、お日様のような大きな意思とこころと願いが、途切れなくずっとずっと続行く行く、という恩寵がありそうにも思えて来るのです。なにしろお日様はとてつもなく巨大だから。ハタラキも巨大ではないか、と。

でもいささか凭れ過ぎかもしれませんね、お日様にそこまで要求するのは。

 

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光の輝き単位だとどれくらいなんだろう?

2024年01月29日 09時53分13秒 | Weblog

もうすぐ午前10時になる。あんなに分厚く張り巡らしていた屋根瓦の霜が、解け出している。お日様のハタラキは偉大だ。部屋のエアコン暖房もオフにしよう。

ベランダの洗濯物干しの白銀のポールが、朝日を受けて、きらきらきらきら輝いている。目にまぶしいほど。

光の輝き単位だとどれくらいなんだろう?

暗黒の闇を、闇でなくするために光がある。光によって光の世界になれる。わたしがそこに暮らすことができている。光の貢献度合いはまことに大きいなあ。

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買うかどうかは分からないが。

2024年01月29日 09時40分48秒 | Weblog

今日はユメタウンに行く。友人が誘ったので、そうする。寝具を物色しに行く。友人曰く、軽くて柔らかくて温かくて、安い羽根布団があるそうな。友人もそれを買って使っているそうな。それでわたしにもしきりとそれを勧めている、というわけだ。

毎晩寒い寒い寒い夜を過ごしている。ふっくらした羽布団、毛布2枚、電気行火のお世話になっている。

買うかどうかはわからない。値も張るだろうし。ま、とにかく出掛けてみることにする。(我が家の大蔵省家内大臣は不要な支出には厳しい注文がつく)

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死ねば成仏する。誰もが。

2024年01月29日 08時58分36秒 | Weblog

昨日は唐津へ出掛けた。家内の実家に。家内の父の17回忌のお寺参りをした。家内は久しぶりのお参りを果たして安心したらしい。

三ツ瀬から七山へ越えて行くところで雪が降り出した。粉雪である。気温は2℃。道の両側には積雪が解けずに盛り上がっている。海の見える唐津に抜けたら雪は止んだ。

わたしは死ねばお浄土に往く。お浄土は仏国土だ。往生浄土を果たして、成仏している。成仏は文字通り「仏になる」ことである。これは救済仏の阿弥陀仏のお誓いである。お約束である。違うことはない。

だから墓石の中には居ない。冷たく暗いところに1万年鬱屈して過ごすことはない。わたしは阿弥陀仏の仏国土の、極楽浄土にいる。先へ先へ進んでいる。進歩の過程を進めている。後戻りはしない。輝きを増しながら前進している。

だから、わたしの遺骨の場所に来て読経をしてもらう必要はくなっている。お寺の仕事はそんなところにはない。死者が相手ではない。説法は生きている人に対してのみ行われているはずである。

死ねば成仏する。極楽浄土に往生している。安心していい。成仏は、<自己が本来仏である>ということの再認識再確認のことである。人は、そこで煩悩を離れて完成者の仏陀になる。仏陀としてのハタラキに目覚めて行く。安心を得ている。

家内の父も母も、死んだら直ぐに往生浄土を果たしているので、お位牌所になどたむろしているはずはない。わたしはそう思っている。死と、死のハタラキと、死の成果を、高く評価している。

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天地がくまなく急速冷蔵になったようだ。

2024年01月29日 08時39分09秒 | Weblog

今年これまでで今朝が一番厳しい冷え込みに違いない。隣家の屋根の全面に霜が厚くびっしり張り付いている。夜中、気温が下がって、天地くまなく急速冷蔵されたのだろう。

8時半を過ぎた。東の空に朝日が昇って来て、明るく輝いて、霜の屋根に斜めに差し込んでいる。小鳥が鳴いている。小鳥も寒いだろう。

霜は耐えられなくなって解け始めるだろう。手の指が悴(かじか)む。あいにくと手袋が見つからない。尻の下に両手を敷いて耐える。

朝ご飯に高菜漬け一夜漬けをのせて食べた。削った削り鰤も欠かせない。このごろいつもこうしている。ひさしぶりの納豆も。納豆ねばねばを30回搔き回した。

それから我が家の畑の大根の、味噌漬けが出来上がった。薄く切ってある。芳しい味噌の香りを楽しむ。味噌汁の具は三陸ワカメ。おいしいおいしいで頂いた。

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