東京アイランド

OCNブログ人サービス終了に伴い、ここに引っ越ししました!

早くも最終日の朝(12月5日)

2022-05-02 00:00:37 | 2021_年末_九州・山陰・伯備


 2021(令和3)年12月のダイヤでは、益田始発の汽車が8時31分に着いて、1分後の32分に発車していましたが、今年3月のダイヤ改正で8時31分に着いて、33分後の9時4分発車に変わりました。
 また、昨年12月の伯備線経由の特急「やくも」が中国ウイルスによる利用者減少の影響を受け、間引き運行。例えば、10号の次は12号のはずなのに、飛ばして14号、18号。当初計画ではやくも16号で帰京のはずだけど、運休のため、出雲市駅で1時間以上の待ち時間。

 浜田駅は自動改札機ではなく、昔懐かしの有人改札。このきっぷを提示し、改札を通過。今日は日曜日なので、駅ホームでは閑散しているだろうとタカをくくったんですけど、人がわんさか~!!若い学生風さんが街歩きスタイルの姿。2学期の期末テストが11月下旬頃に終わり、12月に入って最初の日曜日なので、気分転換に都会へ、と思うんですけど、浜田から出雲市までの間に大きな都会はないんですけど、どこかへお出かけ!?
 私が若かった頃はしんと静まりかえった田舎より、にぎやかな都会に行きたがっていたんですけど、田舎暮らしに慣れた今はもう都会に出かけるのは苦手になってしまいました。

 ホームからお世話になったホテルがよく見えます。

 カーテンを開けて、チェックアウトしたのは覚えているので、私の部屋はあそこでした。あれこれ細かくリクエストをしたわけではないのに、ホテルスタッフの粋なお取り計らいで最上階の駅全体が見える部屋にしてもらったかも知れません。

 若い人がたくさんいるのに、たった1両のワンマンですかい!?30年以上昔の国鉄時代にさかのぼれば、DD51ディーゼル機関車が牽引する50系客車が昼間でも4両や6両、朝のラッシュアワーは8両連なっていたのに、時代がすっかり変わってしまいました。

 次は「しもこう」駅です。開業日はちょうど100年前の1921(大正10)年なので、駅舎もそのままになっているかも。古き良き時代の木造駅舎。日本各地でこういった趣のある駅舎は取り壊さず、永年保存であって欲しいと思います。

 この文字をみたとき、しもこうを漢字変換すると、「下向」になるのではと予想はしていましたが・・・

 下府でした。「府」は「府中(ふちゅう)」や「長府(ちょうふ)」の「ふ」の印象がありますが、四国の徳島線にある難読駅の「府中」は「こう」と読みます。

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夜が明けて12月5日

2022-04-30 00:01:18 | 2021_年末_九州・山陰・伯備

 中国ウイルスの感染者は全国で36,672名。「中国ウイルス」そのものが当たり前になり、2年ぶりに行動制限無しの大型連休が始まりました。中国ウイルスは2020(令和2)1月、日本国内で中国から帰国者の感染者が確認されました。その3ヶ月後の4月7日、東京都内の感染者が1000名程度であっても、初めて緊急事態宣言が発出。普段は多くの人が行き交っている渋谷や新宿では人影がまばらになり、一時はゴーストタウンとなった時期もありました。今日の都内における感染者は3000名ですが、ウィズ中国の生活様式に慣れてしまったのか、制限なしです。また、各企業のホームページでも2年前だと弊社に中国ウイルス感染者が出ました。事業所の名称や、陽性が発覚する前の行動内容などの情報が載っていたんですけど、今はもう掲載はありません。中国にかかってしまった感染者が多すぎたため、掲載するのも追いつかなくなったからでしょう。

 12月5日の朝7時50分頃。ここは西日本なので、夜明けは関東より3~40分遅いです。逆に日の入りは関東の方が早い。

 よーく見たら、医療センターへは駅構内からのコンコースで直結。

 ホテルの部屋からデジカメの遠望モードで駅名票を接写。浜田(濱田)さんの分布を見ると、大阪府が1位。鹿児島県、兵庫県、高知県・・・と続くが、島根県内の「浜田」さんは少ないらしい。

 昨夜と同じレストランで無料の朝食バイキング。中国ウイルス対策のため、マスク着用のうえ、ビニールの手袋をはめて、よそうスタイル。バイキングするよりも、和洋どちらかの定食形式で提供してもらったほうが楽なんだけどな・・・。
 肉じゃが、豆腐、ハム、ウィンナー、唐揚げ、オムレット、焼売、生野菜、味噌汁、御飯。
 

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めぼしいところがなかったのでやはりホテルで・・・

2022-04-28 00:00:19 | 2021_年末_九州・山陰・伯備


 駅周辺の飲食店。寂しいところにあり、めぼしいところがありませんでした。駅周辺ではなく、もっと離れた場所に飲食店がたくさんあるかも知れませんが、やはりホテル内で済ませるしか・・・。サラダを注文して、お勧めのカレーも。

 浜田市を代表するグルメのカレー!?カレーのスパイスなども格別でした。全部平らげるほど美味しかったでした。ごちそうさまでした。

 今の時間20時頃。
  21:20 江津行き
  21:41 益田行き が最終です。21時台が最後なんて宵っ張りな東京から見れば早すぎるかも知れませんが・・・中国ウイルスのご時世。夜遅くまで出歩くってことはないでしょう。と言いつつも、自分も20代のときは若気の至りなのか深夜1時台の終電で帰宅、ということも多かった。
 中国のせいでJR東日本は2年連続で赤字決算とのこと。このたびのダイヤ改正で首都圏、京阪神圏の終電を繰り上げ。

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北口は・・・

2022-04-26 00:30:43 | 2021_年末_九州・山陰・伯備


 浜田市と江津市のガイドマップ。今は無くなっている三江線もまだ載っていました。三江線は2015(平成27)年7月に乗りに出かけてからもう7年経過。江の川沿いをくねくねと線路が敷設されており、秘境の校風明媚な風景が続いていたのに・・・。

 今度は北口に行ってみました。出雲市行きの汽車が入線。

 北口を出れば、すぐ病院の敷地に入ります。ここはもともと貨物列車のホームだったので、いくつかの線路が引かれていた跡地。病院が大好きなわけではないんだけど、高齢者になるとどうしても病院のお世話になってしまいます。
 左側を歩けば、東横インホテル、ゲオ(レンタル屋)、エディオン電気。
 信号機のない横断歩道で車が通り過ぎるのを待っていたら、停まってくれました。交通マナーが1番よい都道府県は島根県だと言われているとおりです。

 今度は益田行きの汽車が入線。学校帰りの学生さんがたくさん乗っていました。それで山陰本線の活性化につなげればいいですが・・・・。

 全国チェーンの居酒屋「魚民」がありましたが・・・今食べたい気分はホテルのエレベータで紹介されていたカレー。

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南口の様子

2022-04-24 00:00:38 | 2021_年末_九州・山陰・伯備

 ホテルの1階にレストランがあるので、外で美味しそうな飲食店が見つからなければ、ここにしようと周辺を散策。

 ルートインは「令和」の真新しい建物なのに、周辺は昭和のレトロっぽい雰囲気が・・・。

 駅前だというのに閑散しており、シャッター通り。

 週末の夕方だというのに、歩行者1人も見かけず・・・。

 左にラーメン屋さんがあります。

 美味しそうなお店がなかなか見つからなかったので、駅反対側の北口へ。

 私の部屋は最上階より1つ下の、駅ホーム側。

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今夜の宿はここ!

2022-04-22 00:00:54 | 2021_年末_九州・山陰・伯備


 駅の反対側、北口は医療センター、東横インホテル、西日本ではチェーンストアになっているエディオン(家電量販店)、ゲオ(ビデオレンタル)がありますが、南口は開けているところです。

 駅を出て、左側に・・・

 2019(令和元)年にオープンしたばかりのルートインホテル。平成ではなく、令和の香りがする目新しいものに走ってばっかり。

 特に部屋の位置とかをリクエストしていないのに、案内された場所は・・・・

 駅の様子がよく見える部屋でした。いつもどこに行っても、リクエストしなくてもおのずと鉄道が見える部屋に案内されます。到着時間と交通手段を入力する欄があり、「電車」(厳密に言うと、山陰本線は汽車だけど)を入れているので、ホテルの方が「鉄道ファンの方かも?駅がよく見える部屋にしましょ」と粋なお取り計らいなのかも知れません。お気遣い、ありがとうね。

 字幕ボタンあり。ヨシ!!朝食込みで予約したので、夕食は外食の予定。昨日(シーフレンズふたみ)、今日(東萩駅前の鮮魚丼)は魚ばかりなので、今夜も魚!?駅周辺を散歩して、適当に見つけたお店で食事にありつけようと。

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浜田駅ウォッチング

2022-04-20 00:00:59 | 2021_年末_九州・山陰・伯備

 浜田駅の歴史はとても古く、1921(大正10)年開業。令和3(2021)年は開業100周年でした。

 新山口行きの特急スーパーおき号が入線。ここから新山口まで2時間。新幹線に乗り換えれば、九州最大都市の博多まで3時間で行けますが、上りの東京行きは新山口までだとかえって遠回りになるので、浜田から広島まで高速道路でつながっている高速バスを利用されたほうが速いかも。
 広島からの可部線も国鉄時代に浜田まで線路を敷設する構想がありましたが、赤字が続いていたため、三段峡駅で断念。さらに可部から三段峡間が2003(平成15)年に廃線。ところが・・・可部からの先に新興住宅が増え、鉄道復活を望む声が相次いでいたため、あき亀山驛まで一部復活。

 駅舎が新しくなっても、改札口は自動化されておらず、駅員さんが立っています。

 下関のとなりに浜田の途中下車印ゲット。

 改札口の横に「みどりの窓口」なんですけど・・・

 現在はオペレーターさんがリモートで対応する「みどりの券売機プラス」。JR西日本管内でオペレーターさんが操作するマルス端末は全部で何台あるか、情報は明らかにしていない。多客期など管内に設置されている券売機プラスからのコールが相次ぐと、さばききれず「しばらくお待ちください」と15人や20人待ちの状態だと、使えないんじゃないんですかねぇ・・・?
 基本的にみどりの券売機は顧客ご自身が操作して発券できますが、機械が対応できない「複雑な変な経路」または「乗車変更」や「株主割引券」などの割引証書の提示が必要になるときは、オペレータさんを呼んで対応になります。「しばらくお待ちください」の表示が長くなるときは、後ろで並んでいる人に迷惑がかかるのでは・・・。
 みどりの券売機プラスを積極的に使いましょうと動画による使い方のモニターが置かれていました。機械に触れるのが苦手な方は駅員さんに声をかければ、代わりに駅員さんが操作してくれます。だったら、対面のマルス端末で操作して発券したほうが手っ取り早いかと。

 16:42 特急まつかぜ12号鳥取行き。243.0キロを3時間。夏至の日だったら、ずっと明るい車窓を楽しみながら鳥取まで行けるはずなんですけど、12月は17時以降日没なので、旅はここで打ち切り。

 12月なので、クリスマスツリーが飾っています。

 明日のダイヤを確認。8時32分、出雲市行き。中国ウイルスのせいで伯備線の特急「やくも」号がダイヤ通りではなく、運休する便も出たりして、計画立てるのも大変。予約して置いた飛行機も突然欠航になり、福岡空港に変更させられたりして、中国に何度も振り回されては非常に迷惑だったなあ。ANAの無料マイレージで予約した飛行機が中国ウイルスの影響で欠航になり、前後の便へ変更を希望しない場合は取り消し。その場合が手数料無しでマイレージが戻ります。戻った時点から有効期限も延長。有効期限が切れそうなマイルを福岡行きに割り当て。

 この新しい駅舎は2008(平成20)年建て替え。もうかなり昔になりますが、今見てもピカピカな状態。先代の駅舎は国鉄の風格がする鉄筋コンクリート2階建て。

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なんと13年ぶり!?

2022-04-18 00:00:15 | 2021_年末_九州・山陰・伯備


 16時15分、終点の浜田駅到着。小倉駅を9時前に出発して、浜田まで215.8キロをおよそ7時間の汽車旅。浜田駅は山陰の旅で何度か素通りしているんですけど、下車したのはいつ頃でしたっけ?と調べてみたら、出てきました。

 2009(平成21)年。12月28日なので、ジローさんと年末の帰省。東京から出雲市まで寝台特急の「サンライズ出雲」。出雲市から普通列車で浜田までやってきて、ずーっと山陰本線で長門二見までとなると非常に時間がかかるので、特急で新山口へ。
 小倉を8時10分に出発する東京行きの「のぞみ10号」で新山口へ。新山口から特急スーパーおき2号で浜田に着くのは11時4分。新幹線と併用すれば、在来線特急券は乗継ぎ割引が適用され、半額になります。このルートだとおよそ3時間だけど、ずーっと山陰本線経由だと7時間かかります。

 2009年に下車したときはJR西日本の標準仕様、青帯だったんですけど、現在は地域ごとのカラーリングに変更されています。益田から米子まで米子支社なので、ピンク色。米子を過ぎると萌葱色、京都口は紫色に変わります。

 山陰自動車道などの整備がなかった昔はほとんど貨物列車の輸送が行われていました。ここで貨物のホームがありましたが、貨物列車の需要が減少し、貨物ホームの跡地に新しく国立病院の浜田医療センター建立。うちの住んでいる地域の大きな病院は3ヶ所あり、どれも車がないと不便な場所にありますが、ここは車を持たない高齢者にとっては便利かと思います。

 益田から1両編成のワンマンカーなのに、不釣り合いなほどホームはすごく長いです。長編成の列車が行き交っていた国鉄時代の名残でしょう。
東京から寝台特急「出雲」号の終点はここでした。

 ここからホテルが見えますが、区画通りにきちんと建てたのではなく、なぜかちょっとずれたような位置。今夜泊まるところはあそこではないんですけど、窓から見える景色がちょっと変わっているかも知れません。医療センターも駅ホームと並行するような形ではなく、ちょっと斜め横になっています。建築基準法に基づく許可は市がやっているので、なぜそうなっているのか聞かないとわかりません。

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西浜田駅

2022-04-16 00:32:35 | 2021_年末_九州・山陰・伯備


 折居駅。青系の明るい色で塗られていた駅舎があるのに気づきましたが、カメラを向けたときはもう動き出してしまいました。ありきたりな無人駅のイメージを払拭するようなデザインでした。

 12月なので、太陽は西に傾いています。

 周布駅停車。

 もしかしたら、大正11(1922)年開業時から現役なのかも知れません。

 千葉県の小湊鐵道沿線にも似たような風景があります。まもなく西浜田駅です。

 ここはもともと「島根県那賀郡長浜村」なので、駅名も「石見長浜」駅として開業。1940(昭和15)年、浜田市に編入されました。1949(昭和24)年、今の「西浜田」に改名。

 ここでも貫禄のある木造駅舎。このあたりは昔ながらの駅舎が残っています。次は終点、浜田駅。

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ここからやっと浜田市

2022-04-14 00:27:12 | 2021_年末_九州・山陰・伯備


 さっきから12月の日本海を眺めながら・・・・

 岡見駅。国鉄様式の駅名票だったら、(島根県那賀郡三隅町)と表示が付くのに、JR西日本様式は省略。JR東海およびJR四国は都道府県名、市町村名入りの駅名票です。ここは三隅町ではなく、益田市か浜田市に合併したのではと調べてみたら、やはり浜田市三隅町でした。
 駅前に家が建っているのが見えます。玄関を出て目の先が駅なんて贅沢な1等地。

 12月なので、15時台であっても日が傾いています。旧三隅町の中心駅、三保三隅駅。

 貫禄のある木造駅舎です。1922(大正11)年開業なので、もしかしたら、駅舎も築100年なのかも知れません。2021(令和3)年に無人駅になってしまいました。

 さっき、「長門三隅駅」を通って、再び三隅駅なんですけど、こちらは「三保」を冠しています。島根県の旧国名は「石見」のはずだけど、なぜ三保なのか、調査してみないと不明。三保は静岡県のほうが有名ですが・・・。

 次は折居駅です。

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鎌手駅

2022-04-12 00:00:48 | 2021_年末_九州・山陰・伯備


 12月の15時過ぎ。真っ赤に染まる夕陽と少しは期待していましたが、実際はご覧のとおり。

 石見津田駅。

 国鉄時代に遡ると、門司発福知山行きの長距離鈍行列車がありました。門司駅を朝5時20分に発車して、終点の福知山駅には日付が変わる直前の23時51分着。門司から下関までは関門トンネルなので、先頭は海水で錆びないようにアルミボディの電気機関車(EF30)。下関に着くと、DD51ディーゼル機関車に付け替え。こまめに山陰本線の各駅を停車しながらの旅。今もそういう長距離鈍行列車が運行されていたら、間違いなくずっと乗り通していたのであろう。
 当時の時刻表は福知山行きだけではなく、出雲市行き、浜田行き、益田行きなど、今では考えられないような行き先がずらりと。

 まもなく鎌手駅。長編成の客車を牽引していた国鉄時代の名残なのか、ホームがとても長いです。

 海岸から離れた、山間の静かな場所にありました。まわりは民家がたくさんあります。

 地下通路を通って駅本屋のある反対側へ行けるようです。

 再び海岸に出て、次は岡見駅。

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益田駅で浜田行きの汽車に接続

2022-04-10 00:00:53 | 2021_年末_九州・山陰・伯備


 益田駅に向かう途中でも日本海側。

 やがて市街地に入り・・・・

 終点、益田駅。12月4日撮影なので、まだ15時なのに西日が差し込んでいます。
ここは新山口(旧小郡駅)から益田に至る山口線への乗換駅なので、駅名票は「とだこはま/ほんまたが」の表示。

 同じホームで浜田行きの汽車が待機中。このカラーリングは見覚えがあり、三江線で活躍していた汽車。2018(平成30)年3月をもちまして、廃線になってしまったので、活躍の場は山陰本線に転用。

 キハ120 310。もしかしたら、2015(平成27)年7月の三江線旅で乗った車両なのかと調べてみましたら、三次から浜原までは307。翌日の粕淵からは314なので、初めての車両になります。

 浜田まで41.6キロ、要所時間は50分。

 当初計画はあのホテルの予定でしたが、15時はまだ明るい時間帯。浜田まで行けば、16時15分頃到着。その頃から少しずつ日没になるので、今夜の宿は浜田。夏だったら、19時になってもまだ明るいので、出雲市にしていたかも。

 直営駅なのに、「みどりの窓口」のマルス端末は撤去。リモートの話せる券売機設置。長門市駅も「話せる」タイプ、東萩はオフラインのPOS端末、下関のとなりの幡生からずーっと「みどりの窓口」空白地帯を走行し、やっと益田だというのにマルス端末無し。浜田駅も「話せる」に置き換えられ、かなり合理化が進んでいます。リモートでも対面でも変わらぬのサービスを受けられるんですけれども、対面のほうがその場で確認ができたり、質問もできるので、そのほうが安心なのに。 

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戸田小浜駅(島根県)

2022-04-08 00:24:32 | 2021_年末_九州・山陰・伯備


 飯浦駅は秘境駅かと思ったら、駅を出るとご覧のような風景。駅だけ高台にあるので、もしかしたら、まわりは何もない!?かと見間違えるほどでした。

 撮影日は12月4日15時頃。

 12月の山陰本線旅がラスト。親を自宅に残して数日間旅行に出かけるのはちょっと難しくなっているし、中国ウイルスのオミクロン株・・・。定期的に趣味活動しておかないと、ストレスが・・・。

 もしかしたら、大正14年開業当時からそのままの姿になっているかも!?

 「戸田」だけだったら、埼玉県の埼京線にあります。埼京線はあくまでも路線名称で正式は東北本線の支線。山口県の山陽本線にも「戸田」駅があり、こちらは「へた」。子どもの頃、最初にこの駅名を見たときは「下手」と同じだったので、珍しい読み方だなって思ったことも。
 両方を区別するため、マルス券では埼玉県のは「(北)戸田」、山口県は「(陽)戸田」と印字。 
 次は終点、益田駅です。益田駅は米子支社なので、ここを出ると、広島支社と米子支社の境界を越えます。広島支社はキハ40などの国鉄車両が多量在籍していますが、米子支社のキハ40は縮小。

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秘境駅!?飯浦(いいのうら)駅

2022-04-05 00:00:09 | 2021_年末_九州・山陰・伯備


 島根県に入って、最初の駅です。飯浦(いいのうら)駅。

 この風景を見て、ちょっと違和感が・・・。かつて駅舎が建っていたのであろう土台の跡が見えます。

 ずーっと昔、国鉄時代に駅員さんが立っていた跡地にポツンと切符および運賃入れのポスト。

 もしかしたら、ここは秘境駅!?と思い、Googleマップで調べてみたら、ここはちょっと高台にあり、降りたところで民家がありますので、秘境駅ではありませんでした。
旧駅舎は開業時からあった貫禄のある大きな木造駅舎だったというのに、取り壊されるなんてもったいないこと。1927(昭和2)年、すなわち95年前の遺産をずーっと後世に遺せればよかったのに。

 木造の駅舎がなくなったかわりに、ホームに簡素な屋根付きの待合小屋が建っています。次は、戸田小浜駅です。

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ついに山口県最北端の江崎駅

2022-04-01 00:00:39 | 2021_年末_九州・山陰・伯備


 時間は14時50分頃。ついに、山口県最北端の江崎駅です。10時20分、下関駅を出発しておよそ4時間30分経過。

 江崎駅舎は長くてこのあたりはカーテンで閉じられていますが・・・


 改札口付近はこのような昭和のレトロっぽい雰囲気が漂います。無人駅かと思ったら、乗車券発行機(POS)設置の簡易委託駅でした。簡易委託なので、切符の回収や汽車の見送りなどはしていません。
 1928(昭和3)年開業なので、駅舎もその頃からずっと現役で使われているようです。


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